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0 プロローグ的な何か

僕が思うにこの世界には二通りの秘密があると思う。


これは別にそんな特別な事を言いたいわけじゃない。


単純にいつかは誰かに明かされる秘密と、秘密は秘密のまま、誰にも知られない秘密があるだろうという、ただそれだけ話だ。


でも、僕は思う。


きっと大切な宝物みたいな秘密は、秘密のままに忘れ去られるのはちょっとだけ寂しいのかな・・・て。


だから僕は考える。


この世界には、きっと人には知られたくない秘密とは別に人に知られたい秘密って奴があるんじゃないかなぁ・・・て、そう思うのだ。




◇◇◇◇◇




春爛漫。


桜が咲く季節だ。


桜がいよいよ咲き始めるともなれば、それは大変にめでたい話なのではないだろうか?


しかし、残念ながら、我が町自慢の桜たちは現時点で満開咲きをわずかに過ぎて、少々散り始めている。


そんな季節だから、と言う訳では無いのだが、僕はこの春、晴れて私立伊奈鶴高校に入学する運びとなった。


今日はその入学式。


私立伊奈鶴高校は、とある事情から、目標としていた高校で、僕にしては「まぁ、上手くやったもんね」と周りも誉めてくれていた。


否、皮肉っていたかもしれない。


僕はそう卑屈屋では無いのだけれど、周りがそう言いかねないとは常々感じていたのだ。


伊奈鶴高は結構な名門進学校なので、中学時代、大の勉強嫌いで通っていた僕が合格したのは何かの間違いかもしれないと親戚筋ではさぞ評判だったに違いない。


羨ましがられるほどに、地元人ジモッティ的には伊奈鶴高の学生になるという事は、一種のステータスなのだ。


僕としては周りの人たちのそういう評価には当然、不服を覚えるのだけれど、確かに中学時代の僕の成績の悲惨さを鑑みるに妥当な評価とも思えた。


確かに僕は勉強があまり好きではない。学校の授業も然りだ。


でも、学問や勉学自体は嫌いじゃない。いや、それどころか、たぶん相当に好きな方だ。


つまり、誰かにいられてやる勉学、勉強という行為自体が嫌いなのだ。


学ぶなら自由に好きな事だけ学びたいものだ。


そういう意味で言う知的好奇心は相当強いし、無駄知識だけはそれこそ無駄にある。


そして、まぁ、自慢じゃないが生まれてこの方、暗記や読解力、計算能力に不足を感じたことは一度も無い。


だから僕は自分をみんなが言うほど馬鹿ではない、とそう思う。


いつだったか、そう親に愚痴を言ったところ、僕の親は笑いながら言った。


「あんたの馬鹿はそう言う馬鹿じゃない。馬鹿を演ってる馬鹿だろ」


そう言われた時、僕は一瞬訳が分からなくて目を泳がせた。


でも、しばらくしてようやく合点がいって頷いた。


なるほど。


確かに僕はあまり頭が良くなろうとは考えなかった。


良く見せようとも思っていなかった。


つまり、規範的な勉強を好み、模範的にテストで良い点を取り、良い成績を納めるという一連のプロセスを好き好んでやろうとはしていなかった。


それは能力の不足では無く、実行力の不備だ。


うん、確かにそれは「馬鹿をやってる」馬鹿だな。


我が親ながら、なかなか的確に的を射た息子評だ。


もっともそんな風に納得させて貰うために愚痴った訳では決してないのだが・・・。


さてさて、そんな風に勉強嫌いな僕が何故、私立伊奈鶴高校という名門と言ってもおおよそ過言では無いような、・・・過言であるような、・・・たぶん名門の端くれぐらいには引っかかっているかもしれない程度の学校に進学する「羽目」になったのは何故か。


それは、一人の幼なじみのある発言がきっかけなのだ。




◇◇◇◇◇




僕には小学生の頃までは懇意にしていたが、それぞれに別の中学に進学が故に疎遠なった一人の知人がいる。


相手は女の子で、付き合いは幼稚園に遡るから、ちょっとした、いわゆる、幼なじみとか呼んでみても良いかもしれない。


さて、疎遠になった幼なじみのことを今も覚えているかと問われれば、皆さん、そう覚えてもいないんじゃ無かろうか?


・・・いや、それは流石に覚えているか。


訂正しよう。


気にかけているかと問われればどうだろう?


あまり気にしたこともないんじゃないだろうか。


幼なじみなど、世間様では意外とありふれていて、意外と簡単に疎遠になるものなのだ。


と若輩者ながら勝手に思っている。


とんと音沙汰の無かったその幼なじみから、突然の電話が掛かってきたのは高校受験をあと半年後に控えた時期だった。


僕は「ぎょっ」とした。


彼女から電話があるなんてまったく想定していなかったからだ。


彼女、月埜つきの 美椰みやと僕、田仲たなか 伊織いおりとは(僕としては未来永劫、忘れたいくらいに恥ずかしい)とあるエピソードを得て、疎遠になり、今日に至っている。


あー、うん。


別に勿体ぶって隠すようなことでもないな・・・。


お恥ずかしい話で僕は彼女に愛の告白をして、


「うん、ないっしょ」


と言うわりかし軽いお言葉で振られて、疎遠になったと言う経緯がある。


いや、まぁ、告白したのが小学校の卒業式の日で、その日以降、中学が別になったので、それが主な理由と言えなくもなのだが・・・。


僕としては初恋だった訳でそれなりに、それまでの人生の一大決心だったように思える。


当時はまだ小学生だったけど。小学生なりの一大決心だった訳だ。


僕はそれはもう目も当てられないくらいに落ち込んで、そんだけ落ち込んだから竹を割ったようにきれいさっぱり忘れることができた。


と以前、親に話したら、親は随分と怪訝そうな顔で、


「そもそも、あんたが落ち込んでいるところを、あんたが生まれて来てこのかた、一度も見たことがないのだけれど・・・」


と言われた。


あれ、おかしいなぁ?


・・・まぁ、そんなわけで当時の淡雪みたいな恋の事なんてとっくに忘れてしまっていたのだが、こうして彼女の声を聞くのも妙に懐かしいのである。


実に3年ぶりである。


まぁ、一方で今も彼女が好きかと問われれば、僕の方も


「うん、ないっしょ」


と答えるのだけれども・・・。


僕としては失恋の時効がいつまでなのか、誰かに教えてほしいものである。


さて、くだりの彼女だが。


その彼女は僕に電話を掛けてくるや、言ったのだ。


「私、伊奈鶴受けるから、あ、推薦で受かるから」


僕の反応は、


「は?」


である。


僕は間の抜けた顔で相当に意味不明な彼女の宣言を聞いた。


合格宣言?


・・・えーと、それで?


「何、間抜けな顔してるの?あんたも受けるのよ!」


「へ・・・はぁ?」


いや、まるでどこかで見ているかのように間抜け面と断じられた事もそうだが、何故に僕が伊奈鶴を受けることになったのだろう。不思議でならない。


まず、色々、問いたい。


僕は口を開こうとした。


すると、


「じゃ、資料は送っといたから」


「え、」


ガチャ。


と、これは電話の一方的に切れる音だ。


え・・・。


・・・。


はて、これはどういう事なのだ?


僕が伊奈鶴を受ける?どういう事だ?


大体、僕が伊奈鶴を受けても受かる訳がない。


ひとまず、丁重にお断りの電話を入れようと考えて僕の動きは止まった。一つの重大な問題が発生したのだ。


僕は彼女の電話番号を知らない。


僕は電話機を握りしめたまま、しばし、呆然としたのだった・・・。




◇◇◇◇◇




翌日、僕のもとに一つの段ボール箱が送られてきた。


配達業者から、玄関先でそれを受け取った僕は思わずよろけた。


「うわ・・・」


一体、何が入っているのか分からないが異様に重たい。


大きさは八百屋の軒先に並ぶ蜜柑箱ぐらいだろうか。


書かれ宛先に見覚えは無いが、書かれた宛名には覚えがあった。


彼女、月埜さんだ。


つまり、この荷は彼女の言うところの「資料」という奴なのだろう。


僕は一瞬、嫌な予感が脳裏をかすめて、このまま開封はせずに荷物を月埜さんに送り返そうかな、と思い迷った。


その誘惑はかなり強かったのだけれども、そうした場合、どういう事になるのか、想像もつかず。


良い方便も見つからないので、ひとまず開けて見ることにした。


中を見て後悔した。


段ボール箱の中につまっていたのは彼女のノートのコピーと思われるものだった。


丁寧に小分けになったそれを手にとって僕は眺める。


う~ん、彼女は中学生の二年間、随分と熱心に勉強したのだろうなぁ…。


そのノートからは何となくその苦労が忍ばれる。


確かにこれは随分と分かりやすいノートだとは思うけれども、これが伊奈鶴に受験する為の直接的な「資料」になるとも思えない。


ならば、資料はどれだろうと見ていく。


膨大なプリントをめくっていくと新品同然の伊奈鶴の過去問集と学校案内のパンフレットが出てきた。


ふむ、こっちが本当の資料かな。


ふと見るとなにやら紙切れも一緒に挟まっている。


「絶対受かれよ!」


だそうだ。


僕は困った。


なんだが詫び状の一つでも添えて、この荷を送り返したとしても、彼女が簡単に引き下がる様にはとても思えなかったからだ。


この大量のプリントの山は用意するのにいくらかかったんだろうか?


積みあがったプリントの山になんだか異様な執念を感じて、怖くなった。


僕は彼女に何かしたっけ?と不安になった。


たぶん、何もしてないはずだけど・・・。


それこそ、この3年間、何の接点もない僕たちだ。


しかし、だ。


諸君等、考えて見てほしい。


かつて愛の告白をした相手が、時を越えて僕と一緒の学校に通いたいなどと言っているという状況はどうなのだろう?


実はあの時、振られたのは何かの間違いで3年越しの恋が実ってしまったりしたのだろうか?


もしかして、もしかするのか?


その可能性を考えて僕は頭を掻いた。


まいったなぁ、うん、まいった。


もしかして、今度は逆に僕の方が想いを寄せられているかも知れないなんて状況に、僕の心は色めき立った。


ちょっと頑張って伊奈鶴に合格したら僕は凄いハッピー野郎になれるんじゃないだろうか?


不肖、この田仲 伊織、生涯初の春の到来である。


…となるかも知れない訳だ。


いや、しかし、こまったなぁ。


記憶の中の少女は色黒、短髪で、活発な、どちらかというとかっこいい少年のような少女だった。


今の僕の好みではないんだけどなぁ、などと暢気に考えていた。


ひとまず、そこら辺は逢ってから考えよう。


浮かれ気味の僕がいそいそとプリントに向き合い、親が「想定外」と称する程、熱心に勉強を始めた経緯はかような次第だった。




◇◇◇◇◇




馬鹿が一念発起して、有名校に合格したようです。


と、まぁ、言う次第で僕は志望高校に合格した。


僕が伊奈鶴に合格して問題が一つ発生した。


僕の家庭はごくごく一般的な家庭である


穀潰しと目された不肖の息子であるこの僕が、よもやの名門校に受かった事はまさかの珍事であった。


適当な公立校に通うと思われていただけに、両親としてはまさに「想定外」だったわけだ。


実は、僕には2つ程、年下の妹が一人いる。


煮ても焼いても食えなさそうな僕に比べて、普通に可愛い女の子だ。


うちの両親は、妹を本人たっての希望と言う事で、妹を葛野原高校という私立校に通わせるつもりだったらしい。


妹の志望理由は制服が可愛いから。


こっちは伊奈鶴に比べれば普通の学校だ。いや、憧れている妹には申し訳ないが馬鹿校だ。


別に頭の良い高校に行くほうがステータスなんて僕は思わないけれど。


それで兄妹を両方、私立に…とは行かないのが我が家の家計の悲しいところである。


両親の間で話し合いがあって、僕の方を伊奈鶴に通わせることに決まったらしい。


妹はその事を聞いてショックを受けたらしい。


そんなことがあって妹は僕に、


「にぃちゃを一生呪う!毎晩、呪うから!」


と宣言した。


まったく、後ろ向きに一生懸命なやつだな…。


ちなみに「にぃちゃ=お兄ちゃん」である。恥ずかしい渾名だと僕は思う。


妹はちょっと天然だ。可愛いとは思うのだけれど…。


さすがに僕も、一生、妹に怨まれ続けるのも敵わないので親と話し合いを持った。


とある条件付きで妹が葛野原に通える可能性を残した。


まぁ、ただ、僕が学校指定の授業料免除の奨学生になれば、そして、その期間が1年程度続いたら、妹も私立に通って良いと言うそれだけなのだが…。


返さなくても良い方の免除は学年で30位内らしい。


うわ、ハードル高いなぁ。


伊奈鶴高は1学年に350人程いるから、常に1割以内に入る必要があるわけだ。


どうやら、高校に入っても僕は嫌いな勉強を継続することになりそうだ。


上手く行くかは不明。


と、言う感じで、僕はなんとか無事に伊奈鶴高校に入学する運びとなったのだ。




◇◇◇◇◇




さて話は最初に戻る。


入学式だ。


僕は彼女を探して目を泳がした。


見当たらない。おいおい、まさか、僕は受かって彼女は落ちてたとか!?


もしかして、僕はとんだピエロなのか?


呆然と立ち尽くしてるいると突然、肩を叩かれた。


「よ!やっぱり、受かったのね」


この声は。僕は久方ぶりの再会に胸躍らせながら、振り返った。


後ろに立つ少女を見て、そして、僕は、


「…え?誰?」


と呟いた。


「何?分かんないの?わたし、月埜 美椰」


そうなの?


僕は信じがたい思いで少女の姿を眺めた。思い出の中の少女とのギャップに戸惑う。


どうして、こんなに美少女然としてらっしゃるのかしら。


均等の取れたプロポーションに、しっとりと長く伸ばした黒髪だとか、透ける様に白い肌とか、大きくてつぶらな瞳だとか。


やばい。


もしかして、もしかしなくても。


僕って勝ち組?


「さ、再開できて嬉しいよ!」


思わず熱のこもった僕の台詞に彼女は怪訝そうな顔で言った。


「そうね。私も舎弟と再会できて嬉しいわよ。いおりん」


え?しゃてい?


「なんで距離が関係あるんだい?」


「そりゃ、射程ね。私の言った舎弟は手下の方よ」


僕はふと思い出した。幼い頃の彼女と僕の関係性。


ご近所で評判のガキ大将の月埜美椰とその下っ端一号だった田仲伊織。


待て、待て、僕らはもう高校生だよ。


「しかし、あんたも結構根性あるじゃない。声掛けて回った舎弟で実際に受かったのあんただけよ」


釣り針でかいよ。


いや、あの時の、電話越しの、適当な問答を考えれば、そうなのかもしれないけど…。


「…ねぇ、最後にあったときの事覚えてる?」


僕の質問に彼女は首を傾げて言った。


「…え?あんた何、勘違いしてるの?」


「さ、さぁ…なにかなぁ」


はは、死にてぇー。


すると、彼女は意地の悪そうな顔で言った。


「ははん、もしかして私と付き合えると思ったわけ。そりゃ、頑張っちゃたわね。いおりん」


からかうような口調の少女。


うわ、傷口に塩を塗りこむようなことはやめてほしい。


僕のヒットポイントはとっくにゼロだよ?


「だから、前もいったしょ。わたしといおりんはないんだって」


「…さいでっか」


こうして僕、田仲伊織は、またも彼女に振られましたとさ。


いや、失恋って言うよりとんだ勘違いだけど…。


うーん、でも、まぁ、あんまりショックじゃないなぁ…。


耐性ついたかな?



とにかく、僕、田仲伊織に春遠く、月埜美椰との再開を果たした。



このような次第なのです。

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