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淡きしるべは永久の詩。  作者: 津森太壱。
【世界を愛するために。】
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04 : 涙せず臨んだ日々のこと。





 同盟を結んでからというもの、イグネシア国王レイエナイトこと、エイトは、時間に暇を見つけては魔王のところによく顔を出すようになった。


「てめぇの国ほっぽり出してんじゃねぇよ」


 と、魔王はよく言うのだが、同盟を結んでから臣に召し上げた者たちは随分と優秀らしく、今までの苦労がいったいなんだったのかと思うほどに気分が楽で、そうしてくれた魔王のことを考えるとついつい逢いたくなってしまうのだそうだ。


「暇だな、おい」

「暇というわけではないが、わたしにとってはこういう機会も勉強になる」

「どこに学べる要素がある」

「まあいろいろだ」


 にこにこと笑みを絶やさず、心底楽しんでいるエイトを、それが邪心のないものであるからなおさら、魔王は邪険にもできずこうして相手をしている。

 まあ魔王としても、打てば響くようにエイトとの会話はわりと弾むので、気分は悪くない。そもそも、灰汁の強い者には慣れている。


「ところでリカ」

「喧嘩売ってんなら買うぞ、きらきら国王」

「リカでいいだろう。よい名だ」


 気分が悪くなったから文鎮を投げてやった。


「おや、よい文鎮だな」


 残念なことに当たらなかった。なにげにエイトは反射神経が鋭いらしい。

 このままではリカという名で定着されそうでいやなのだが、魔王のその訂正はいつのまにか軌道修正が加えられるから困ったものだ。いや、非常に迷惑だ。


 いったいどうしてくれよう、欠食児童元勇者め。

 諸悪の根源は奴だ。


「ちっ」


 思いっきり舌打ちしつつ、返された文鎮を元の場所に戻した。


「昔話をいいだろうか、リカ」

「ああん?」


 エイトは王であるから、同じ王の魔王の凄みなど効くわけもないのだが、常に喧嘩腰なのは魔王の癖であるから、もはやそれを知っているエイトは最初の頃とは違って怯えもしない。堂々と意見を述べるし、同じように意見を求めてくるし、国に帰れと言ってもなにかと理由をつけて滞在し、漸く帰ったかと思えばまたすぐやって来る。

 魔国との交易交流に積極的であるのは嬉しいことだが、あまり入れ込むと魔国を快く思わない国に目をつけられ、立場も悪くなるだろうに、エイトはまったく気にならないようだ。

 誰か諌めろよ。

 と、思ったが、イグネシア王国で魔王は救世主扱いされているというから、魔王を勇者にする国ってどうよ、と魔王は少々引き気味だ。


「わたしの昔話ではなく、リカの昔話だが」

「なんだよ」

「魔国は、血筋が重んじられることはないそうだな」


 昔話というからなにかと思えば、そんなことか、と魔王は唇を歪める。


「当たり前だろ」


 魔国の歴史はそれなりに長い。勇者との長い戦いの歴史でもある。その歴史を振り返ってみれば、魔国が血筋を重んじていないのは明白だ。


「なぜ、と問うても? いや、すまない、わたしの勉強不足だ。わたしは魔国のことをよく知らない」


 無知であることを恥じつつ、それに素直なのはいいことだと思う。


「魔族ってのは、魔力の保有量に左右されるんだ」

「魔力とは、人間が持つ法力と似たようなものか?」

「少し違う。人間で言うところの生命力だ、魔力は」

「生命力が? では……魔力がなければ魔族は生きられない?」

「そうだな」


 たとえば魔王は、魔力を凝縮させて塊にし、それを兄に投げつけて部屋から追い出したりするわけだが、あの力は人間でいうところの生命力を外に丸投げしているような状態である。無闇に生命力を削っている、と言ってもいい。


「魔力が底尽きたとき、死を迎えるのか」

「まあな。原理は人間の生命力と同じだ」

「……きみは、確か、魔力をよく放出しているが……先ほどは兄君を」


 ちらり、とエイトは後方を見やり、先ほど吹き飛ばされたばかりで今日は珍しく気絶している兄を眇める。放っておけ、と魔王は促した。


「そいつは殺しても死なねぇから気にすんな」

「魔族は長命だと聞いたが……まさか不死身なのか?」

「だったら世界の死亡率は下がるな」

「む……」

「言っただろ。魔力の保有量に左右されるって」

「では?」

「そいつは、おれと同じくらいの魔力を持ってる。おれと力がほぼ均衡だから、いくらおれが攻撃したところで、そいつは相殺できるわけ」


 兄がなかなか死んでくれないのはそのせいだ、と説明すると、エイトは理解したようなしていないような顔をしつつ、魔王に続きを促してくる。


「魔力の保有量に左右される、ということは……重要視されるのはそちらか」

「血なんて関係ねえ、強い者が上に立つ。ま、獣の世界と一緒だな」

「なるほど……だが、血統というものはあるのではないか?」

「ねぇな」

「……ないのか」


 それは意外だ、というエイトの顔に、だから、と魔王は半眼する。


「魔力の保有量だって言ってんだろ。保有量は遺伝しねぇんだよ。器が遺伝するとか、あり得ねえ」

「そういうものか」

「魔族はそうだ」


 魔力は遺伝するが、だから魔族という種がいるのだが、その器は個々で異なるものだ。人間は器すらも遺伝するようだが、魔族はそうではない。魔力の保有量は、それぞれだ。


「リカが魔王だということは、魔国でもっとも魔力の保有量があると、そういうことでいいのだな?」

「そこのクソ兄貴も、魔王にはなれる。むしろそこのクソ兄貴が本来なら魔王だ」

「なぜリカが?」

「そこのクソ兄貴に国任せたら半日で滅ぶ」

「は……」

「って、ジャックが言ってたから、おれが魔王になった」

「王佐どのの独断か」

「まあ実際、やらせたら確かに国滅びそうだし、そんなのおれにとって迷惑なだけだし、姉ちゃんが可哀想だし」

「姉……姉君もおられるのか」

「旅行中」

「姉君も魔力の保有量が?」

「いや、姉ちゃんはふつう。王になれるくらいあんのは、おれとクソ兄貴だけだな、今は」

「今は……ということは、もしこれからきみを上回るくらいの保有者が現われたら、きみは魔王ではなくなるのか?」

「おれが生きてる限りは産まれねぇと思うけど」

「……そういうものなのか」


 魔族の世界は、弱肉強食というわけではない。確かに魔力の保有量で左右される世界ではあるが、強いから弱い者を食らうことはないのだ。強いのは、それに続く者たちを護るためだと、魔王は考えている。


「複雑だな」

「そうか? めちゃくちゃ簡単な仕組みと構図だと思うが」

「わたしは少し前まで、傀儡の王だった。王であるのに、とても弱かった」


 ああそういう意味か、と思う。

 強い者が王となる魔国は、人間の王に複雑な気持ちを喚起させるらしい。

 人間は元勇者ニアのように強くとも、王になることはない。人間は血筋に重きを置き、王の一族があって貴族の一族がある。魔国にも血筋はあるが、家族ということのほうに重きを置くので、人間のような感覚はなかった。


「……言っておくが」

「なんだ」

「力がすべての世界を、そう簡単に羨ましがるなよ」


 ちらりと思ったであろうことを指摘してやると、エイトの顔が引き攣った。


「べつに、羨ましいなど……」

「確かにおれは魔王で、魔国で最強だろうがな。てめぇが思うほど、この玉座は偉いもんじゃねぇよ」

「……玉座が偉いものではない?」

「てめぇら人間が魔族を忌避すんのは、おれらが恐ろしい生きもんだからだろ。そのとおりだ。魔族ってのは、恐ろしい生きもんなんだよ」


 勘違いして欲しくないから、敢えて言っておく。

 力がすべてのこの魔国で、それを傲慢に思う者は、少なからずいるのだ。強いからこそその下に続く者たちを護ろうという意志は、魔王が魔王となるまで弱かった。また実行に移す者もいなかった。魔王は長い時間をかけて、漸く、今の魔国を作ったのである。


「魔国の玉座は憎悪と怨恨の塊だ。おれだって、そんな玉座にはいたかねぇよ」


 吐き出すように呟けば、エイトは顔を歪めた。


「王になりたくなかったのか」

「いいや」

「では、どういう意味だ」

「王になれば国を変えられる。国を変えたくて、おれは王になった」


 時間はかかった。たくさんの犠牲も出た。挫けそうになったことは幾度もある。


 それでも。


 魔王は、魔国というわが国を、根本から変えたかった。


 だから欲した。


 憎悪と怨恨の塊である玉座を、手に入れた。


「……いろいろと、ありそうだな」

「当たり前だ。王の歴は、てめぇより長ぇんだよ」


 魔国と同盟を結ぶ、或いは中立となる国が、漸く現われた。飢餓や貧困に喘ぐ国が減ってきた。

 ここまで辿り着くのに、とても長い時間、かかってしまったけれども。

 魔王が動くたび、勇者という存在がよく邪魔をしてきたけれども、その勇者も魔王の側につくようになってきた今、魔王が幼い頃から渇望した世界は、少しずつ近づいてきている。


「今代の魔王が、きみでよかったと、わたしは思う」

「先代だったら、てめぇは確かに死んでただろうな」


 はん、と鼻で笑ってやると、それはエイトをバカにしたようなものであるのに、暢気にもエイトはくしゃっと笑った。


「そうだな」


 扱いにくい国王だ、とこのとき思った。











「なあ弟よ」

「……起きてたのか」


 珍しく気絶していたと思っていた兄が、エイトが客室に引き上げるとすぐに目を開け、左右で色の違う瞳で真っ直ぐ魔王を見つめてきた。


「おまえイグネシア王と楽しそうだったから黙ってたんだが」

「永遠に口閉じて、ついでに呼吸も止めてくれてかまわんぞ」


 狸寝入りでもしていたのだろう兄は、寝転がっていた床から起き上がると、魔王の向かいにある長椅子に腰掛けた。

 左右で色の違う瞳が、ひどく剣呑なのは言うまでもない。


「兄ちゃんが世界をぶっ壊してもいいんだぜ?」


 いつもの調子であれば、ではやってみろと言っていただろうが、このときはそれを口にすることが憚れた。

 エイトとの会話をしっかりと聞いていたのであろう今は、とくに。


「あんた、本当にめんどくせぇ生きもんだよな」

「なんだよ、今に始まったことじゃねぇだろ」

「だから、めんどくせぇんだよ」


 いつも、いつも、兄はうざい。

 けれどもたまに、ふと、真面目になるときがある。

 この落差についていくのは大変だ。どこまでが本気で、どこまでが冗談なのか、口調が変わらないからわかりにくいうえに、冗談だと思って流すと本気だったりすることがあるから、その行動には常に目を光らせておく必要がある。

 うざくても兄の相手をするのは、読めないその行動を見張るためだった。

 つくづく、この兄は疲れる。


「面倒がるなよ、弟。おまえが望むなら、兄ちゃんは本気で、世界ぶっ壊すぜ?」

「んな話、してねぇよ」


 ぴりぴりとした空気を感じながら、魔王は慎重に言葉を選ぶ。兄の本気が、冗談なのかどうかがわからなかった。


「おまえはいつでも兄ちゃんに王位を預けていい。そしたら兄ちゃんが、世界を綺麗さっぱり、ぶっ壊してやる」

「だから、んな話してねぇだろ。なに勘違いしてんだ、クソ兄貴」

「だって兄ちゃん、可愛い弟のためなら、なんでもしちゃうからな」


 にぃ、と笑った顔に、怖気が走る。どうやら今は本気でものを言っているらしい。


「……やめろ。やっと、国が変わってきた、世界が変わってきた、在り方が変えられてきた。邪魔すんな」

「それこそ面倒だ」

「あんたよりマシだ。おれが作ったもんを、そう簡単にぶっ壊してくれんじゃねぇよ」

「ま、それもそうだな。んでも忘れんなよ、弟、兄ちゃんはいつでも世界をぶっ壊してやるから」


 不意に伸びてきた手のひらに、ぽんぽんと頭を撫でられた。あまりにも不愉快で弾いたら、にっかり笑った兄は椅子を離れた。


「……おい」


 どこに行く気だ、と言うまでもなく問うも、手のひらを振った兄はそのまま無言で部屋を出て行った。

 ちっ、と舌打ちし、魔王はパチンと指を鳴らす。


「兄貴からしばらく目ぇ離すな」

「御意」


 姿はなく返事だけが届き、魔王は長く息をつく。


 なんたってこう、あんな面倒な生きものに、こんなに疲れなければならないのだろう。

 そもそも、なんであんなのが、兄なのだろう。そして、どうしてあんな生きものの、自分は弟なのだろう。


「姉ちゃん、早く帰ってこねぇかな……」


 緩衝剤になってくれる姉の帰還は、もうしばらくかかる。そもそも旅行といっても、同盟国や中立国へのお忍び視察であるから、短時間で帰って来られても困る。道中の心配は、兄と対を成す将軍を随行させているから問題ないとしても、最初から行かせるべきではなかったかもしれない。しかし、今さらそう思ったところでもう遅い。魔王は、王という立場から、姉を視察に送り出したのだ。


「はあ……魔王はめんどくせぇな」


 王は孤独なものだとジャックが言っていた。それは間違っていないと思う。王の判断一つで、国は左右されるのだ。それが当然のことだから、国の頂点に立つ王は孤独になる。


 面倒だ、と思ったところで。


「……おれは魔王になる必要があったんだ」


 孤独であろうが、面倒であろうが、なんであろうが、魔王は魔王という場所を求めたのは違いない。


 魔王は、どうしても魔王にならなければいけなかった。


「おや、珍しく黄昏ておりますね」

「……なあジャック」


 入室してきたジャックに、魔王は背を向けて問う。


「国は、世界は、おれが魔王になったことで少しは変わったか?」


 問いに、すぐに返事はなかった。僅かな静寂が室内を満たし、そしてジャックが魔王に歩み寄ってくる。


「なにを憂いておられるのか知りませんが、あなたが作られたこの国、この世界を、わたしは愛していますよ」


 ちらりと見上げたジャックの横顔は、満足そうだった。


「……そうか」


 ほっと息をつき、魔王は窓の向こうを眺める。


 兄は、魔王が望むなら世界を壊すと言ったけれども。


「おれも……今のこの国、この世界を、好きになりつつある」


 壊したくないから、失いたくないから、そのために魔王は魔王という存在を求め、それになることを望んだのだ。


「兄上さまになにか言われましたか」

「あいつはめんどくせぇ生きもんだよ、ほんと」

「そうでしょうか? 兄上さまほど短絡的な思考の持ち主はおりませんが。少なくともわたしはそう思いますが」

「おれにとっては、姉ちゃんにとっては、めんどくせぇよ」

「……そうかもしれませんね」


 兄のように極端に考えることができたなら、魔王は明日にでも世界をこわしていたかもしれないけれども。

 その前にできることがあるはずだと、そう希望を持って臨んだ結果が、今のこの国、この世界だった。







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