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淡きしるべは永久の詩。  作者: 津森太壱。
【世界を変えるために。】
13/14

13 : 十一番めの勇者。





 魔王が頭をくらくらさせながら執務に没頭していた頃、王佐ジャックの手配でガナン・セイル大陸を隔てている山の麓にある町に兵が送られた。百年前は村だったその街、ラダットは、魔王が魔王となってから栄え、また魔国でもっとも人間が多く見られる。

 ニアは、そのラダットで魔王と相対した。偶然だった。街の様子を見に来ていた魔王が、これからどうしようかと考えていたニアの目の前に現われたのだ。


「少し前のことなんだけど、なんか懐かしいなぁ」


 魔王のことは、見ただけですぐにわかった。格好は街の好青年そのものだったのだが、噂で聞いた黒髪と黒い双眸を持っていた魔王は、その内側に恐ろしいほどの魔力を隠していたからだ。

 そして魔王も、ニアを見るなり眉間に皺を寄せ、なにかを察した様子だった。すぐに隣にいた魔族、これがジャックだったのが、耳打ちするとふたりでガナン・セイル大陸側の町の外れへと移動したので、ニアはそれを追いかけた。

 ろくな準備もせず魔王と相対するのはどうかとも思ったが、ニアはこのとき四の五の言っていられる状況にはなかった。


『タモン、突っ走るな!』

『策も体力も、おれたちにはないんだぞ!』


 と、仲間には言われたが、今突っ走らないでどうしろというのだと、ニアは迷わなかった。結果的に言えばニアのその行動は間違いではなかったが、それは魔王の性格が思った以上に穏やかだったおかげだ。魔王は口の悪い魔族ではあったが、ニアの話を最後まで聞く姿勢を持つ、誠意ある魔族だったのだ。


 これはあとから聞いた話だが、仲間たちはニアをとにかくイグネシア国から脱出させることを優先していて、魔国へ渡る大海をどう乗り切るかに力を注いでいたらしく、魔王と相対したときのことはまったく考えていなかったらしい。魔王と相対したときはそのときだ、と大雑把に考えていたようではあるけれども、まさか魔国に入国してすぐの町に魔王がいたとは思いもしていなかったため、かなり焦ったようだ。


「噂は噂でしかなかったかと、今では思うがねぇ」

「どうやって生き延びようかと考えてた矢先だったからなぁ」


 ニアが迷わずに突っ走ったとき、仲間たちはもう終わりだと死を覚悟したらしい。ゆえに、魔王の温厚さに命を救われたと言っても、過言はない。仲間たちはそれぞれ魔王に感謝していた。ニアを頼む、とイグネシア国王から密命を受けた者たちだったので、ニアを護れれば言うことはないそうだ。


「わたし、魔王を殺す気はあったけど、その気も大海を越える頃にはどうでもよくなってたよ?」

「おまえ、すっげぇ腹鳴らしてたもんな」

「うん。まさか大海越えがあんなに大変だと思わなかったし。通貨が魔国で通用しないなんて思わなかったし」

「おまえ、腕っぷしは最強なのに、頭は残念だよな。一応、両替屋があったから、通貨は使えたんだぞ」

「え、そうなのっ?」

「ただ言語は共通してないから、おれたちが試行錯誤してなんとか両替屋に行こうとしたとき、おまえが魔王見つけたって走ってくから、その説明もなんもできなかったんだよ」

「……あれ? わたし、リカとふつうに話せたけど……そういえば魔族語ってあるんだよね」

「はぁぁ……おまえってほんと、頭が残念だ。魔王だよ、魔王がおれたちの言語に合わせてくれてんだよ」

「え……そ、そうなの?」

「今も、おれたちは魔族語なんてわからないから、合わせてくれてんだよ、向こうさんが」


 あのときはいろいろと考えていなかったと、今は思う。迷いがなかったのも、考えていられなかったせいだが、少しでもなにか別のことを考えていたら、なにか変っていただろうか。


「そういえば、リーガルヴェッカ……って、リカが言ってたっけ」


 意味までわかるように話してくれた魔族語を思い出し、ここに来てから言葉に戸惑うこともなかったと、今さら気づいた。


 ラダットの町を見渡しても気づかされることは多くある。大海を超えたばかりで疲弊が凄まじく、空腹もひどかったせいだろうが、ラダットの町がこんなに笑顔溢れた活気ある町だとは感じもしなかった。見える景色すべてがぼやけていたように思う。


「わたし……リカが魔王のときの勇者で、よかったかも」

「討伐に出た勇者が誰ひとり帰ってこない暗黒の百年、なんて言われてるけどな」

「これを見たら、もう帰れないし、なんで魔王を殺さなくちゃならないのか、わからないよ」

「この百年の間にでた勇者は、体よく逃げた奴もいるだろうが、たぶん今のおれたちと同じような気持ちなんだろうよ」


 魔国に来たのはついこの間のことなのに、ここに来るまでに思っていたことや考えていたことが、こんなにも懐かしく感じる。自分のなかでなにかが変わるなんてことがあるとは思っていなかったのに、魔王に出逢ってからすべてが変えられた。自分はなんて狭い世界にいたのだろうと、感慨深い。


「ニア」

「ん?」


 呼び声に振り向いたとき、ここにあるはずのない姿を見つけて、ニアは目を丸くした。ニアと同じようにその姿を見つけた元仲間たち、現騎士隊の仲間たちが、ゆっくりとその姿に礼を取る。


「リカ。こんなところでなにしてんの」

「様子見。ここに送られたのがおまえらだって聞いたから」

「心配してくれたの?」

「そういうわけじゃねぇが……」


 ニアの隣に並んだのは、漆黒の髪を風に遊ばせながら、真っ黒な双眸で町を見渡す魔王だ。ニアが初めて相対したときのように、一見しただけでは町の好青年な様相をしている。魔王はふだんからこんな恰好をしているが、髪と双眸の色に合わせているのか、いつも黒い服を着ていた。似合っているからとくになにか言ったことはないが、たまには白いものを着てもいいのではないかと思う。


「町の様子は?」

「とくに変わった様子はない、と思う。わたし、ここにそんなに来たことないから、断言できないけど」

「おまえらはどう思う?」


 魔王はニアの仲間たちにも問いかけ、それぞれ口にした町の様子に頷く。


「そろそろ危ねぇかなとは思っていたが……おまえらがいればだいじょうぶだな」

「なにが危ないの?」

「おまえも見ただろ。向こう大陸の国が、そろそろ戦争しそうな雰囲気」

「あ……そういえば」


 ニアがこの魔国に入るため、ガナン・セイル大陸で大海を越えようと立ち寄った町がある。そのときは物々しい雰囲気などなかったが、祖国の王を助けるためにイグネシア国へ戻るとき、その町は随分と様変わりしていた。魔王が長居を快く思わなかったのであっというまに通り過ぎたが、あれは戦争に巻き込まれようとしていた町だったからのようだ。


「あの町を制した国は魔国も制することができるとかなんとか、そんな噂があるらしい」

「聞いたことある。魔国を制したって話は聞いたことないけど、なんでか噂されてるよね」

「なんの根拠があるのか……大海を制してから言えってんだ」

「ははは、確かに。あの大海を乗り越えるの、大変だよね」

「……おまえでも?」

「わたし船酔い初めてだったよ」

「そっちか……」

「転移の法術が使えたらよかったんだけど、わたしそっち方面は苦手なんだよね」

「そもそも転移は高位魔法だ。そんな簡単に転移できたら、今頃世界は戦争だらけだろうが」


 うんざり、と魔王は睥睨する。戦争が嫌いだ、と魔王は言っていたが、真にその通りなのだろう。ニアも戦争は嫌いだ。たくさんの人が泣き暮らすだけの世界なんて、あまりにも寂し過ぎる。


「ねえリカ」

「あ?」

「いつか、誰も争うことのない、皆が笑って暮らせる日って、くるのかな」


 ふとそんなことを思って魔王に訊いてしまったのは、傭兵として暮らしてきた時間が長かったからだろう。気づいたときには今も背中にある大剣で、ニアは多くの人々を蹴散らしていた。強さを求めて走り続けていた。明日の食糧を得るために、必死に、生きていた。


「無理だろうな」

「そんなあっさり……夢持たせてよ」


 魔王はばっさりと夢希望のなく断言してくれた。


「平和が続けばそこにまた弊害が出る。どこにも争いがない、なんてことは、ねぇだろうよ」

「それは……そうかもしれないけど」

「見ろ」


 魔王が前方を、見ろ、と言ったとき、そこではなにか住民同士の揉めごとが起きている様子だった。どうやら誰かが盗みを働いたようで、傲慢にも剣を振り回しながら警備兵に追いかけられている。

 ニアはすぐに背中の大剣に手を伸ばしたが、それを魔王に止められた。


「なにするの。捕まえないと」

「あれが現実だ」

「え?」


 ニアを止めた魔王は、言うなり駆け出した。手のひらに小さな黒い塊を持っている。魔力を凝縮しただけの塊だ。それを強盗めがけて投擲し、魔力の塊に強盗は吹き飛ばされる。強盗を追いかけていた警備兵の者たちは、唖然として立ち止まっていた。

 ニアは仲間を促して魔王を追いかける。

 剣も持たず丸腰の魔王は、魔力の塊に吹き飛んで呻く強盗を捕まえ、抵抗もあっさり封じてしまった。


「なにが不満だ」


 魔王は強盗に問う。強盗は魔族ではなく、人間のようだった。


「働けば充分に食っていける給料がもらえる。働く場所がねぇなら、紹介所に行けばいい。食いもんが高価なわけでもねえ、屋根がねぇ家もねえ、雨風がしのげる一時的な措置もある。いったい、なにが不満だ」

「うるせぇ! てめぇには関係ねぇだろ、魔族さまがなんだってんだ!」

「人間の地で生きられねぇから、大海を越えてまで魔国に逃れたんだろ。意味ねぇことしてんじゃねぇよ」


 魔王に表情はなく、なお暴れようとする強盗を気絶させると、深々とため息をついた。

 活気づいて賑やかだった町の通りは、魔王の捕り物帳に呆気に取られて静まっていたが、警備兵が真っ先にわれに返ると、また賑やかさを取り戻していつもの町となる。


「陛下、御手を煩わせて申し訳ありません」

「いや。それよりこいつ、牢に十日ぶち込んだら、おまえらのところで鍛え直せ。いただろ、こういうの」

「はい、お任せください」


 この町の警備兵は、魔王の顔がわかるらしい。臆するところが見られないのは、たぶん魔王がよくこの町に来るからだろう。そして魔王の温厚さ、けれどもその力の強大さを、充分に理解している。


「怪我人は?」

「かろうじて」

「そうか。あと、あそこにいる奴らだが、しばらくおまえらと一緒に働かせろ。向こう大陸の情勢が怪しくなってる。気をつけろ」

「勿体ないお言葉です。ありがとうございます」

「おい、ニア」


 警備兵と話をつけたらしい魔王に呼ばれ、ニアたちは慌てて彼らに走り寄った。


「ラダット周辺の警備隊、大隊長のシュネスだ。世話になんだから挨拶くらいしとけ」

「ユウシ騎士隊のタモンです。よろしく、シュネス大隊長」


 まさか魔王と話をしていた警備兵が大隊長だったとは思わなかったが、差し出した手を握手だと察してくれるくらいには、人間に好意的な魔族だった。

 簡単な挨拶を済ませると、大隊長は日暮れまでに詰所のほうに来るよう言って、その場を立ち去った。日暮れまでは町の観光をし、様子を見て、明日からその役目を果たしてくれたらいいそうだ。


「ここに来たばっかりの頃は、自分がこの町を護ることになるとは、思わなかったなぁ」

「だろうな」

「あ、リカどこ行くの」

「町を見て回る。おまえらも、地理くらいは把握しとけ」

「待って、わたしも一緒に行く」


 そばを離れて行こうとする魔王をニアは追い、ニアの部下となっている仲間たちも地理には疎いため魔王について行くことにしたらしい。魔王は嫌そうな顔をしたが、ついて来るなとは言わなかった。


「リカ、仕事はいいの?」

「これも仕事だ」

「これも?」

「しばらくこの町にいる。ジャックもあとから来るぞ」


 そういえば魔王はひとりだ。王佐のジャックがそばにいないと思っていたが、合流するのは明日の予定らしい。王がひとりで出歩くなんて、と思ったが、ひとりで出歩いても魔王なら刺客など恐ろしくもない対象だろう。なにせニアが大剣で挑みかかっても、無手で相手をしてくれるような魔族だ。むしろ、魔王がなにを恐れるのか知りたいところである。

 魔王は、見て回る、と言ったように、誰かに声をかけるわけでもなくゆったりと街を眺めて歩いていた。たまに巡回している警備兵に頭を下げられていたが、軽く手を振る程度だ。この町に知り合いが多い、というわけでもなければ、声をかけられるほどのこともしていないらしい。誰も魔王が魔王だと気づかないのは不思議だが、そもそも魔王は民のために祭などで顔を出すということはしていないらしい。なぜ、と問うたら、単に苦手だからだ、と魔王は肩を竦めて答えてくれた。

 このラダットの町や、王都もそうだったが、民はべつに、魔王を慕っていないわけではない。むしろ魔王の御世を喜び、安定した情勢に感謝し、魔王を慕っている者が多い。そこいらに魔王の象徴とも言うべき黒い鳥を模した旗が見られるくらいに、魔王は慕われている。


「少しでも顔を出してくれたら、すっごい喜ばれると思うけど」

「そうされたくて王になったわけじゃねえ」

「でも……」

「なんだよ」

「嬉しいものだよ。わたしたちのために、頑張って国を護ってくれてるひとだから。王サマが頑張ってくれてないと、わたしたちは生きていけないからね」


 少しくらい民の要望に応えてやってもいいのでは、と言ってみたが、魔王は肩を竦めて苦笑しただけだった。


「……リカは、どれくらいの勇者と戦ったの?」

「は? なんだよ、今さら」

「わたしたちは勇者って言うけど、リカにとっては、刺客、でしょ? どれくらい戦ったのかなって、ちょっと思って」

「……そういや、おまえと逢ったのはこのラダットだったか」

「憶えてくれてたんだ?」


 ニアは忘れることができない日となっているけれども、魔王にはそうではないのだろうなと思っていただけに、憶えていてくれたのは少し嬉しい。あの出逢いを、あのときの想いを、あのときの景色を、共有しているというのはなんだか心が温かくなる。魔王に惚れてしまったからだろうか。


「おれはなに一つ、忘れちゃいねぇよ」

「え?」

「それくらいしかできねぇからな」


 さらりと言った魔王の横顔は、なんの感情も見られなかった。


「これまで十人、おまえ入れて十一人か。おれのところにまで辿り着いた勇者は」

「十人……辿り着いたの?」

「いちいち勇者の都合に合わせてられるか」

「あ。まあそうだけど」


 勇者は数年にひとり、どこかの国から出立している。そのことを魔王が知っているかはわからないが、今代魔王の御世は百年、つまり五十人近く勇者と名乗る者たちが国を出ているはずなのに、辿り着いたのはたった十人、ニアを入れて十一人だという。

 暗黒の百年、と言われていることを、魔王は知っているのだろうか。


「勇者と魔王の力が対になるって、リカ聞いたことある?」

「ああ、それか……知ってはいるが、おれと釣り合う力を持った勇者に、これまで逢ったことねぇんだよな」


 勇者と魔王の力が均衡なんて信憑性は薄い、とニアが思っていたように、魔王もそれは思っていたらしい。そもそも力が均衡なのであれば、魔王のところに勇者が十人も辿り着くはずがない。ひとりで充分であるし、魔王が今こうしてニアの目の前にいることもない。いたとしても、過去に十人の勇者が辿り着いた、と言う魔王ではないだろう。

 ニアが思うに、勇者と魔王が力を均衡に持ち戦い続けているというのは、単なる種族間争いだ。決着がつかないのも、人間が魔族を理解しないからで、また魔族も人間の愚かさに辟易としているからだと思う。こうして話してみれば、人間も魔族も同じ世界に生きているだけだとわかるのに、その一歩がどうしても難しいから、戦いは終わらないのだ。いや、ニアは終わらせているつもりだが、勇者はニアのほかにもいる。またいつか、勇者が魔王のところに辿り着くのだ。

 この戦いは、いったいいつまで、続くのだろう。


「辿り着いた十人を、リカはどうしたの?」

「四人めくらいまでは相手したな。若かったから」

「残りは?」

「泣いてたなぁ……話と違う、って。ま、そうだろうな。魔国と繋がりを持とうとする人間の国は、今でも少ねぇし、情報があまりにも少ねぇんだから」

「どうなったの?」

「さぁな。国に帰ったんじゃねぇの」


 魔王は、知らないらしい。


「……この百年、勇者と名乗って国を出た人たちは、誰ひとりとして帰ってきてないよ」


 暗黒の百年、と言われていたのだ。それを口にすると、魔王は目を丸くしてニアを見つめてきた。


「帰ってねぇのかよ」

「わたし、今ならわかる。わたしも国にはもう帰れないから。帰る気もないけど」

「……まあ」

「もちろん、こっそり帰った人もいると思う。逃げ出した人もいると思う。だってリカの前には、十人しか辿り着かなかったんだから。でも、その十人も、たぶんこの魔国を見て帰れなくなったと思う」


 勇者が祖国に帰られなかったのは、魔王に責任があるわけではない。むしろ、この魔国を見て、魔王になんらかの責任を押しつけようなんて、おこがましいと思う。そんな傲慢を魔王に押しつけていいわけがない。

 いったい人間は、どうして、そんなにも魔王を殺したいのだろう。悪の象徴にされている魔王は、今ニアの目の前にいる青年は、悪とされるようなことなどなに一つしていないというのに。


「本当の平和って、なんだろう」


 わからなくなる。世界が、国が、人々が、その思考が、わからない。

 誰も争うことのない日が、と言ったニアに、魔王は無理だと言って、これが現実だと言って、先ほどは強盗を捕まえた。平和の中にある、それは悪だ。国と国、種族と種族が争うことを止めても、人と人が、魔族と魔族が、争いを止めることはないと言う意味だったのだと思う。

 その通りだ。

 人は人を貶める。魔族も魔族を貶める。

 日常に不満を持ち、日々に苛立ちを覚え、生活を疎ましく思い、心が暴走する。

 争いのない日なんてない。

 なんて、悲しい世界だろう。

 なんて、寂しい世界だろう。

 この連鎖を、断ち切ることはできないのだろうか。


「おれも、模索しているが……それは難しい問題だ」

「リカも考えてるの?」

「おれの目がどこまでも届けば、解決の糸口も見つかるかもしれん。だがそれは、ただの独裁だ。おれだって正しいことばかりできるわけじゃねえ。正しいってのがどれを示すのかわからねぇときだってある。だから、模索するんだ」

「……平和を捜して?」

「とりあえず民が飢えることのない国、悲しみに明け暮れることのない国に、しようとしている」


 ここにも戦いがあった。

 断ち切ることのできない連鎖を、どうにかしようと戦う、魔王がいた。


「民が潤えば、国も潤う……そう願って、毎日を見ている」


 どうしてこんなひとを、殺そうなどと思ったのだろう。こんなにも世界を想っているひとを、なぜ、殺そうなどと思えたのだろう。

 ばかだ、とニアは自嘲する。

 ニアが生きてきた世界よりも、もっと広い世界を見ているひとを、矮小な自分が殺そうとしたことを恥じた。


「リカが、王でよかった……ほんとに、そう思う」

「おまえにそう言われてもな……」

「わたしなんかに言われても嬉しくないだろうけど、でも、ほんとにそう思うの。わたし、ほんと、ちっさい生きものだ」


 これまでの人生を悔いることはない。ただ一点、魔王を殺そうとしたことだけは悔やまれる。無知であった自分が、ひどく、惨めだ。


「おまえな……」


 情けなくて俯き、拳を握っていたニアの頭に、ぽん、と手のひらが乗った。


「おまえは明日を生きることに必死だったんだ。当たり前だ、誰も産まれた瞬間から死を望んだりしねぇんだから。おれに感化されんじゃねぇよ」

「でも……っ」

「生きる場所が違ったんだ」


 ニアが歩んできた道と、魔王が歩んできた道は、違う。確かにそうだ。今だって、随分と違う立場にある。


「言っておくがな、おれは望まれた王じゃねえ。望まれてる王でもねえ。おれがなにをしようと、おれ以外には誰も、関係がねぇんだ」


 考えなくていい、と魔王は言ってくれた。それは、無知であったニアを、優しく慰める言葉だった。


「わたし、平和がわからない。なにが正しいのかも、わからない。リカが、なんで殺さなくちゃいけない魔王なのか、わからない」

「それでいい」

「わからないままなのはいやだ」

「探せばいい。おれが、模索してるみてぇにな」


 だからそんなに力むな、と魔王はニアの頭を撫でる。完全な子ども扱いだ。けれども、ニアを見て苦笑している瞳は、真摯だった。







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