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4 神官の試練と俺のチートの異常な副作用

 水場で冷たい水を汲んできた俺を待っていたのは、当然ながらドS勇者アリシアの理不尽な評価だった。


「遅い、奴隷。私が喉の渇きを感じ始めてから、すでに三十秒が経過している」


「すみません、できるだけ急いだんですが!」

「言い訳をするな。この水……ぬるい」


 アリシアは俺が捧げた水を入れた皮袋を軽く一瞥しただけで地面に叩きつけた。


「水場で汲んできた冷たい湧き水ですよ! これ以上どう冷たくしろって言うんですか!」

「ならば貴様の冷たい血潮で冷やして献上しろ。それもできぬのならば奴隷として無能だ」


 俺の言い分などアリシアには一切通用しない。彼女の目には「私の機嫌を損ねたオモチャ」としか映っていないのだろう。


「罰だ。靴を舐める回数を十回に増やす。ついでに私の大剣を貴様自身の体液で磨き上げろ」

「体液って汗とかですか? 変態ですかあなたは!」


「私を変態だと罵るのか? 面白い。その言葉は気に入った。だが罵るならば、跪いて、私の足の裏から罵れ」


 結局、俺はアリシアに徹底的に屈服させられ、その日の夜は、屈辱と疲労で意識を失うように眠りについた。


 翌朝、俺たちは魔王城に続く山脈の難所を越え、ようやく人間族が管理する大きな要塞都市「聖都エルダ」へと辿り着いた。


「ふん、ようやく文明の地だな。この要塞の奥には私の勇者パーティ仲間が待っている。くれぐれも失態を見せるな、雑魚」


 アリシアは俺を引っ張るようにして要塞の門をくぐった。


 要塞内は兵士や商人、そして多くの神官が行き交い、活気に溢れていた。アリシアが持つ大剣は、この世界の英雄の証らしく、誰もが彼女に敬意の眼差しを向ける。そしてアリシアの隣で重い荷物を背負い、泥まみれの制服を着た俺を見て誰もが憐れみの目を向けた。


 要塞都市の中央にそびえ立つ壮麗な神殿。その広間に勇者パーティの他のメンバーが待っていた。


「アリシア様! 無事のご帰還、心より感謝申し上げます!」


 俺たちの姿を見るなり、一人の少女が駆け寄ってきた。彼女は純白の神官服に身を包み、優しそうな顔立ちをしている。だが、その瞳の奥にはどこか鋭い光を宿していた。


「神官セシリアだ」


 紹介されたセシリアはアリシアの手を取って恭しく挨拶を済ませると、すぐに俺の方を向いた。その視線は一瞬にして査定に変わった。


「そちらの方がアリシア様が新たに加えられた奴隷、夜月景殿でございますね」


「奴隷じゃないです、ただの高校生です!」


 俺が反射的に訂正すると、セシリアは微笑んだまま反論した。


「ですが、アリシア様はあなた様を『奴隷』と呼んでおられます。勇者様の御言葉は、この世界における絶対の真実。つまり、あなたは奴隷です。ご自身を偽ることは神への冒涜ですよ」


 セシリアの言葉は穏やかだが、その論理的な支配力は、アリシアとはまた違うベクトルで俺を追い詰めてくる。この人もドSの気がある!


「セシリア。こいつは私に逆らうことに快感を覚える厄介なゴミだ。その異常な力が暴発しないように、私の奴隷として飼い馴らしている」


「なるほど。アリシア様がそのように仰るということは、彼には悪しき魔力が宿っているということですね。私、神官セシリアが彼の真の力を試す『浄化の試練』を執り行わせて頂きます」


 セシリアはそう言って俺の前に立った。彼女は両手を広げ、光を放つ神聖な魔法陣を床に展開した。


「魔王を討伐するためにはパーティに邪悪な力が混じることは許されません。夜月景殿。この魔法陣はあなたの心の奥底にある最も強き感情を具現化させます。もしそれが悪意であれば、あなたは即座に光に焼き尽くされるでしょう。さあ、正直に身を委ねてください」


 その試練の内容は俺にはあまりにも危険に思えた。俺の最も強き感情? それはアリシアへの怒りと魔王への恐怖だ。そんなものが具現化したら、なにが起こるかわからない。


「いや、ちょっと待ってください! 命に関わる試練は!」

「静粛に。これは神の御前での試練です」


 セシリアは俺の抗議を無視し、魔法陣を起動させた。眩い光が俺の全身を包み込む。


 ――チートの副作用、愛情の具現化。

 光の中、俺は強烈な精神的な重圧を感じた。全身の力がなにかに引き出されていくようだ。


 セシリアが言っていた「最も強き感情の具現化」――アリシアへの強い支配への反発。ルシフェリアへの異常な愛への恐怖。そして俺を巻き込んだこの世界への憤り。


 これらのネガティブな感情が、力を伴って暴走するのではないか? 俺は恐怖で目を閉じた。


 しかし光が収束したとき、俺の周りに現れたのは、悪意に満ちた魔物ではなかった。


 俺の足元、すなわち魔法陣の中心に現れたのは三つの光の球体だった。


 一つ目の球体は、燃えるような赤色。


 二つ目の球体は、儚げな銀色。


 三つ目の球体は、透明で巨大な、純粋な魔力の塊。


 その三つの球体から俺の脳内に、言葉ではない、強い感情の波動が流れ込んできた。


 赤色の波動:貴様は私のものだ。誰にも渡さない。その力を、私への絶対的な服従で満たせ。


 銀色の波動:勇者様……踏みつけて。虐待して。あなたの存在こそが、わたくしの愛の全てです。


 透明な塊:世界あなたを受け入れる。その規格外の力は我々の生存本能に刻まれた至高の輝きである。


 俺の最も強き感情が具現化したのではない。俺のチートの異常な副作用――俺の周囲に存在する、強い感情、特に俺への執着を、そのまま具現化し、定着させてしまう力が発動したのだ。


 アリシアの支配欲(赤)、ルシフェリアの愛と服従(銀)、そしてこの世界そのものの俺への依存(透明)。これらが具現化し、俺の周囲を漂っている。


 セシリアはその光景を目の当たりにして、驚きと興奮で声が上擦っていた。


「こ、これは……なんという神々しい力! 具現化したのは三柱の守護精霊! そしてこの圧倒的な魔力の光は……世界そのものに愛されている証! 夜月景殿は邪悪などではなく、世界を救うための神の御子です!」


 セシリアの瞳は崇拝の色で輝き始めた。


「アリシア様! この方は奴隷などではございません! この方の持つ力を私たちが崇拝し、制御してこそ真の勇者パーティです!」


 セシリアは先ほどの冷静な神官の顔をかなぐり捨て俺の前に跪いた。


「夜月景様。私はあなたの聖なる力を守護し管理させて頂きます! さあ、私に清めの試練を与えてください! 例えば神に仕える身として、あなたが望む最も汚れた行為を命じてください!」


 セシリアもまた、アリシアやルシフェリアとは違うタイプのドS/ドM混合型へと変貌した。彼女は景を崇拝するがゆえに、景に汚れた行為を強要されることを望む、一種の逆転したドSなのだ。


 俺は顔を引き攣らせ、思わずアリシアの方を見た。


 アリシアはセシリアの豹変を前にしても、驚愕というよりは、苛立ちと嫉妬の色を浮かべていた。


「セシリア! 誰が奴隷を神の御子だと認めろと言った! そして私の奴隷に触れるな! お前も私の獲物を横取りしようというのか?」


 アリシアは剣の柄を強く握り締めた。


「ふざけるな、夜月景。お前は私以外の人間から崇拝される資格はない。お前はただの私のオモチャだ。その神々しい力を私への服従のために使い、私だけを楽しませろ!」


 ドS勇者は新たに現れた変態と、その変態が俺に示した崇拝の念に激しく嫉妬している。


 奴隷として支配したがるドS勇者と、神の御子として汚れた行為を懇願するドS/ドM神官という、二人の異常な女性の間に挟まれて、要塞都市の中心で立ち尽くしている。


 俺の異世界生活は最強の力を持ちながら、その力が生み出す異常な魅了効果によって、ますます混沌としたハーレムへと突き進んでいた。


「もう嫌だ! なんで誰も俺の意見を聞かないんだよ!」

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