9 無関心の支配と奴隷王の極限状態
ルシフェリアの利用される悦びと、セシリアの無意味な奉仕の義務、そしてリーファの多重裏切りの秘密によって、混沌の因子エルの無関心攻撃を一時的に凌いでいた。
しかしその安定は長くは続かなかった。
俺たちが別邸の豪華な応接室で、次の無関心殺しプログラムを議論していた時、部屋の空気が冷凍されたように固まった。
スゥ!
部屋の隅、暖炉の前で一人の少女が立っていた。彼女はエリスによく似ているが、感情が完全に抜け落ちたような、無表情の白い顔をしている。
第二の混沌の因子エルだ。
「……見つけた」
エルの声は静かで抑揚がなく、まるで機械の起動音のようだった。彼女の視線は一直線に俺の胸元に向けられている。
「あなたの絶望は、あまりに不純」
エルはゆっくりと歩みを進めた。彼女が動くたびに部屋の温度が下がり、変態たちの愛の鎖が軋む音が聞こえるようだ。
「あなたの絶望は愛の支配という名の希望に塗れている。この甘ったるい感情の濁りが世界を不安定にしている」
エルはそう言うと、俺に向かって、なにも触れていない、ただの手を差し伸べた。
キィィィィィン!
その瞬間、俺の全身を規格外の冷気が貫いた。それは物理的な冷たさではない。感情そのものを凍らせる魂の冷たさだ。
くそっ! すべてが無関心になる!
アリシアの支配が、ただの命令となる。
セシリアの奉仕が、ただの行為となる。
ルシフェリアの被虐が、ただの衝撃となる。
リーファの裏切りが、ただの事実となる。
そして俺の永久の隷属契約も、ただの誓約となり、自由になれない絶望すらも、どうでもいい状況へと塗り替えられた。
「景!」
アリシアは焦り俺の首の鎖を強く引いた。しかし俺の心にはなんの影響も届かない。
俺は首の鎖に引かれているという事実を認識するだけで、屈辱も怒りも服従の意思もなにも感じない。
「駄目だ! 景の力が制御を失う! 感情の核が無関心によって凍結されている!」
ルミナが叫んだ。俺の身体から再び規格外の魔力が漏れ始めた。今度は暴走ではなく、制御不能の中立状態だ。
「ようやく純粋になったわ」
エルは満足げに微笑んだ。
「あなたの力はもう誰にも支配されない。最強の無感情な兵器として、私と共に世界の法則を破壊しましょう。それが私たち規格外の存在の真の絶望よ」
その時、エリスがエルと俺の間に割って入った。
「やめなさい、エル! 景の絶望は永遠の隷属によって保たれている! あなたにそれを無意味に変える権利はない!」
「あなたには関係ない。あなたは甘い愛憎に囚われ絶望を共有という名の希望に変えようとしている。それは私たちが求める純粋な絶望ではないわ」
エルはエリスに視線を向けると、一瞬でエリスの胸の契約の烙印に、無関心の冷気を注ぎ込んだ。
「アッ!」
エリスは激痛に顔を歪ませ、その場に倒れ込んだ。彼女の絶望を共有する能力が無効化されたのだ。
「絶望を共有する喜びさえ、無関心によって奪われる! なんて完璧な絶望!」
エリスは最高の屈辱を受けているにも関わらず、それを完璧な絶望として認識し歓喜と絶望の涙を流し始めた。
五人目の鎖が破壊されたことで俺の力は暴発寸前となった。
俺の無関心な目にアリシアが顔を近づけ必死に訴えかけた。
「貴様の支配者は私だ! 私を見ろ! 貴様が私を裏切るという、究極の感情を思い出せ! 貴様は私に服従するふりをして、セシリアの奉仕を受け、ルシフェリアを踏みつけ、リーファと秘密を共有している! その背徳の悦びを思い出せ!」
アリシアは俺の支配者への裏切りという感情を刺激することで、俺の感情の核を再起動させようとしたのだ。
セシリアは俺の足元に敷かれたルシフェリアを無理やり立ち上がらせ二人がかりで俺に抱きついた。
「景様! わたくしたちのねじれた愛の熱を感じてください! わたくしは無意味な奉仕を、ルシフェリア様は利用される絶望を! この二つの究極の歪みがあなたを無関心から救い出す!」
三人の変態たちの感情の波が、俺の凍結した感情の核に、無理やり愛憎という名の熱を送り込み始めた。
エルはこの狂気的な光景を見て、初めて動揺の表情を浮かべた。
「馬鹿な……無関心は感情の存在しない場所にしか浸透しない。この歪んだ愛の暴力は……私の法則を乱している!」
俺の無関心な瞳の奥でこの状況から逃れたいという切実な絶望と、この狂気的な愛の支配こそが世界の安定に必要なのだという冷酷な理性が激しく衝突し始めた。
俺の奴隷王としての道は、無関心という、これまでで最も冷酷な敵に直面し、愛憎という名の狂気による最後の抵抗を強いられていた。




