10 魔王領の罠とドM魔王の献身
俺は今、セシリアが用意した純白の神官服を纏っている。だがその服は泥とルシフェリアの血の代用品である赤い液体で徹底的に汚され、堕ちた神官奴隷という最悪の姿に成り果てていた。
その不浄な姿にセシリアは満足し、ルシフェリアは興奮し、アリシアは「奴隷がこんなにも卑屈で無様な姿を晒している」という究極の支配快感に浸っている。
「いいか、景。魔王領では絶対に私から離れるな。お前の役割は泥にまみれた従順な奴隷だ。魔物や魔王軍に見つかっても抵抗するな。私が雑魚の奴隷を助けてやったという構図が支配を強固にする」
アリシアはそう指示すると、セシリア、リーファを引き連れて霧の立ち込める魔王領へと足を踏み入れた。ルシフェリアは俺の足元を這うようにして追従する。
魔王領の空気は重く、瘴気が肌を刺すようだ。俺のチートの防御力のおかげで肉体は平気だが精神的な圧迫感は増していく。
セシリアの屈辱的な潜入作戦は功を奏し、俺たちは魔王軍の斥候と何度か遭遇したが、奴らは俺の姿を見て鼻で笑い無関心に通り過ぎていった。
「ふふ、景様。やはり屈辱の力は偉大ですね。魔王軍に哀れみを抱かせるほどの完璧な堕落の演技です」
セシリアは小声で囁き、その褒め言葉もまた、俺にとっては屈辱でしかなかった。
魔王領を進むこと半日。俺たちは巨大な岩が折り重なる複雑な地形の峡谷に入り込んだ。
「アリシア様、ここです。この峡谷は魔王軍が仕掛けた魔力封印の罠の可能性があります。迂回を推奨します」
リーファが鋭いエルフの感覚で危険を察知しアリシアに進言した。
「チッ、回り道など時間の無駄だ。景、行け」
アリシアは俺の首筋を鞭で軽く叩いた。
「はい、我が支配者様」
俺が峡谷に足を踏み入れた瞬間、地面に仕掛けられていた魔法陣が起動した。
ブオンッ!
空間に歪みが生じ凄まじい魔力の奔流が俺たちを襲う。それは単純な攻撃魔法ではない。魔力そのものを強制的に奪い取り封印する罠だ。
「まずい! これは力喰らいの鎖! 魔力を持つ存在の力を根こそぎ奪い去る!」
セシリアが叫んだ。アリシアも顔色を変える。この罠にかかれば勇者パーティの戦闘力はゼロになる。
俺は瞬間的に身体から力が抜けていくのを感じた。
くそっ! チート能力が奪われている?
規格外の俺の力でさえ、この罠の前では無力化され始める。力が奪われれば俺の防御力(耐久値カンスト)も無意識の衝撃波もすべてが消える。
「貴様の力はどこへ行った! 馬鹿な、私の最高のオモチャが!」
アリシアが焦燥の声を上げる。彼女にとって俺の力の喪失は支配の崩壊を意味する。その時、俺の足元を這っていたルシフェリアが驚くべき行動に出た。
「景様! あなた様の最強の力を奪うなど、この魔王決して許しません!」
ルシフェリアは身体を魔法陣の中心に押し込み始めた。
「魔王! なにをっ!」
アリシアが止めようとするがルシフェリアは聞かない。
「わたくしはこの世界の魔力の渦の頂点に立つ存在! この罠は最も大きな魔力を持つものから力を奪います! 景様の規格外の力よりはわたくしの魔王としての魔力の方が質量が大きい!」
ルシフェリアは力喰らいの鎖の標的となった。
ゴゴゴゴゴ!
罠がルシフェリアの身体に集中し、彼女の全身から魔力が光となって吸い上げられていく。
「ルシフェリア様!」
リーファが悲鳴を上げる。しかしルシフェリアの顔には苦痛ではなく恍惚の表情が浮かんでいた。
「ああ! わたくしの力が景様を守るために、残酷に非情に奪われていく! なんて素晴らしい自己犠牲! 景様のためにわたくし自身を虐待しているこの感覚……最高です!」
ルシフェリアは献身が最高の被虐快感をもたらすという、究極のドMの献身を実践していたのだ。彼女の膨大な魔力が罠に集中することで、俺のチート能力への影響はピタリと止まった。俺の体には再び規格外の力が満ちていく。
「馬鹿な。魔王が勇者を守った?」
アリシアはあまりの異常な献身に呆然としていた。ルシフェリアは魔力のほとんどを罠に吸い取られ、衰弱しながらも、俺に顔を向け力のない声で囁いた。
「景様……わたくしが、あなたの肉の盾であり、魔力の盾であり、永遠の奴隷であることの証です! さあ、わたくしのこの無防備で衰弱した身体を踏み越えて魔王城へお進みください! そしてわたくしに無力で役立たずの魔王という、最高の罵倒を浴びせてください!」
俺はルシフェリアのあまりのMの献身に言葉を失った。
こいつら本当に俺を魔王城に連れて行きたいだけなのか? 俺を弄ぶことが目的じゃないのか?
アリシアはルシフェリアの前に立ち剣の柄で彼女の頭を叩いた。
「チッ、ふざけた献身だ。だが、お前のおかげで私の奴隷の力が守られたのは事実。景。ルシフェリアの無様な身体を乗り越えていけ。それが支配者から奴隷への命令だ」
「はい、我が支配者様」
俺は意識を失いかけているルシフェリアの身体を、踏みつけることなく、そっと跨いで前に進んだ。ルシフェリアは俺のその行動に弱々しくも歓喜の涙を流した。
「わたくしを踏みつけないという、最高の優しさ! それはわたくしの被虐の魂を優しさという名の凶器で抉る究極の精神的虐待です!」
俺の行動は彼女にとって最高の精神的虐待となった。
俺の異世界での戦いは物理的な脅威ではなく、変態たちの尽きることのない異常な欲望と、俺自身の行動が引き起こすねじれた快感の連鎖に完全に支配され続けていた。




