アヴィセンナの著書第7章に関する研究
これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。
次の章は終末後の話です。
人類が絶えて久しい地上では、狼たちが新たな支配者として世界を歩んでいた。
その中に、一匹の狼がいた。群れのために最も血を流し、最も傷を負い、最も犠牲を払ってきた狼である。だが、いくら身を削っても、彼には何の報いもなかった。
「もういい。私は群れを出る」
そう宣言した瞬間、ざわりと空気が震えた。群れの中心にいた老いた狼――長らく頂点に君臨してきたアルファが、ゆっくりと立ち上がる。
「ここを去ることは許されぬ。お前はまだ役目を終えていない」
低くうなる声が荒野に響いた。
そして、決闘が始まった。
若き狼は迷うことなく飛びかかり、鋭い爪と牙を閃かせた。
老いたアルファも応じたが、その動きにはかつての威厳と力がなかった。
戦いはわずか数瞬。若い狼の最後の一撃がアルファの身体を地へ伏せさせた。
だが、次の瞬間、若き狼は異様な気配に気づく。
――倒れたはずのアルファの身体は、すでに冷たく硬直していた。
そう、決闘が始まる前から、アルファは死んでいたのだ。
気づいたときには遅かった。周囲にいた群れの狼たちが、一斉に牙をむき、若き狼に襲いかかってきた。
彼は全力で駆けた。木々をかすめ、崖を跳び越え、泥を蹴り上げ、ただ生き延びるために走り続けた。
追いすがる咆哮は次第に遠ざかり、ついに背後は静寂に包まれた。
彼は、生き延びた。しかし、元いた世界から完全に追放された。
教授の見解
東都総合ホールディングスの村田教授は、この出来事を次のように解釈している。
「群れを離れようとした狼の行動は、臆病の表れです。進化の歴史を見れば、どんな生命も集団を形成し、役割を分担し、生存率を高めてきた。
その営みはシーシュポスのように重く、つらいが、それでも踏ん張り続ける姿こそが、生き物の勇気と言えるでしょう」
作者の反論
しかし、作者は村田教授の解釈に強く異を唱える。
社会とは、個を守るための構造ではない。
社会は、個を“道具”へと変える仕組みである。
役に立つ者が選ばれ、使い潰され、そして最後には群れの利益のために犠牲として捧げられる。
群れから離れようとした狼は臆病ではなく、むしろその構造を拒んだ者であった。
生き延びるためではなく、自分という存在を失わないために。
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