表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/10

アヴィセンナの著書第4章に関する研究

これはこの物語の最新エピソードです。皆さんに楽しんでいただければ幸いです。

アヴィセンナの失われた書物の第四篇には、一人の若き騎士の物語が記されている。彼は幼い頃より「故郷の宝石」と呼ばれることを夢見てきた。しかし彼の故郷であるアルマ=エルン村には、極めて特異な掟が存在していた――「英雄は個として称えられてはならない」、という掟である。

村人たちの思想によれば、個人へ過度な栄誉が集中すると、その者は自惚れ、やがて共同体を離れ、独断の行為に走る危険がある。ゆえに彼らはこう信じていた。

「勝利は常に共同体のものであり、個人のものではない」 と。

若き騎士が竜を退治したときも、盗賊団を討伐したときも、そして南方の帝国を退けたときでさえ、村人たちはあたかも自分たちが剣を振るったかのように胸を張り、祝祭の行列を繰り広げた。その光景を、騎士はただ静かに眺めていたという。

彼の名が讃えられることは一度もなかった。彼に与えられたのは、共同体の影に埋もれるという奇妙な栄誉だけであった。


この章について、東都総合ホールディングスの村田教授は、その事故で死んだ前に、興味深い註釈を残している。

彼はかつてこう語った。


「個人が共同体へ勝利をもたらすことは、まるで一人が家族のために働くのと同じだ。

その働きの結果は誇りであり、幸福でもある。」


村田氏の言葉には、確かに温かさがある。

しかし私は――どうしても首肯できない。



個人が個人としての名を失い、個としての達成が共同体へと溶解し、

努力が「皆の努力」であると塗り潰されるとき、

自分の存在の個性の側面を保つことができない。そして、あの人物は自分の可能性を最大限に発揮できない。

騎士は確かに村の誇りであった。

だが村が誇っていたのは彼ではなく、**彼の成果を横取りした「村そのもの」**であった。

だからこそ、アヴィセンナはこの寓話を第五篇に置いたのだろう。

それは、共同体という名の巨大な影が、しばしば最も献身的な者の光を呑み込むという、

古くて新しい問題を抉り出すためである。

私は思う。

その影に呑まれながら、それでもなお輝こうと足掻いた騎士こそ、

本当は「宝石」と呼ばれるべき存在だったのではないか、と。

村田教授は事故で亡くなりました。彼の最もの優秀な従業員が辞めた時、村田は彼を追いかけ、階段で止めました。二人は口論し、怒鳴り合いました。村田は従業員の腕をつかみ、事故の後、村田は階段から落ちて頭を打って亡くなりました。彼の元従業員はそれ以来、逃亡中です。私の論文のこの章は、村田教授の追悼に捧げられています。


このエピソードを楽しんでいただければ幸いです。次のエピソードもすぐにアップロードします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ