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蝶々姫シリーズ

【ハルモニア誕生日2024】デートに誘われて【蝶々姫シリーズ】

作者: 薄氷恋

ハルモニアがまだ玉座についてない頃の設定です。

 ハルモニアが身に付けているイヤーカフがある日突然、ラゼリードの声を運んで来た。

 ハルモニアは執務室で書類にペンを走らせていた手を止めて、イヤーカフにそっと手を添わせた。愛おしむように。

「あ。あの。明日、貴方と初めて通った場所の数々を散策しない?」

 久しぶりに聞く可憐な声は緊張しているのか、少し硬い。

「初めて、とは……エイオンに逢った場所からか?」

「ええ、ルクラァンのアド市を駆け巡らない? さ、流石にヴァンティオンは抜きで」

「いいぞ。懐かしいな。明日の何時だ?」

 我ながらウキウキした気持ちだ。

 ラゼリードからそんな提案があるなんて、期待してしまう。

「朝から行かないとベルナンド号が停泊していた港町は楽しめないんじゃないかしら?」

「いや、食堂が立ち並んでいるからな。昼は昼で海の男達が舌鼓を打っている。それも魅力的だぞ。アド港でしか食べられない海鮮もある」

「わたくしは魚はちょっと……。ヨルデンに昼食を用意させるわ。2人分。それに忘れてはいけないのは」

「「エカミナ印の林檎」」

 2人の声が重なった。

 くすくすと笑うラゼリードの声が可愛らしく、もっと笑っていてほしいとハルモニアは思った。

 もう一度あの21歳の頃の冒険が出来るのかと、胸がわくわくする。

 それは簡単なようだが、今まで思いつきもしなかったデートコース。

「……デート、でいいんだよな?」

 素直に口に出してから、しまった!と焦る。ラゼリードはこういうノリが嫌いだ。

「──ええ、で、デート、よ。じゃ、じゃあ明日の朝食後にエカミナの店で待ち合わせね!」

 慌てた様な声でラゼリードは一方的に言うと念話を切ってしまった。

 怒らせただろうか? でもデートだと言ってくれた。

 弛む頬を抑え切れずにイヤーカフに手を添えたまま、ハルモニアは再び書類にペンを走らせた。


 ◆◆◆


 翌日、アド市の中央部にあるエカミナの店を訪ねると、既にフードを被った外套姿の人物がエカミナから林檎を買っている所だった。

「エイオン、か?」

 振り向いた顔は、左目に青硝子の片眼鏡(モノクル)を着けていたけれど、まぎれもなくラゼリードで。

 少しはにかんだ顔は薔薇色の頬が美しい。

 その下の服装もルクラァン風の襟の高い…女性用の冬服……細身の赤いスカートだ。

 初めて見るラフな姿のラゼリードに、途端にハルモニアは頬が真っ赤になってしまった。

 エカミナがニヤニヤと笑う。

「若様も隅に置けませんねえ~。アーシャ様がこんなに可愛らしく装ってくださったんですから、褒めたらどうです?」

「あ、ああ! ラゼ……アーシャ、似合っている。とても言葉で言い表せないくらいに美しい」

 ふいっと、そっぽを向いたラゼリードは小さな声で「ラゼリードでいいわよ」と言った。

 夢の様な展開に、ハルモニアは自分の頬を抓った。

「痛い」

「なにしてるのよ?」

 ラゼリードが怪訝な表情で振り返る。

「幸せ過ぎて夢かと思ってな」

「夢じゃないわよ。まずは港町を見に行きましょ。わたくし、魚は好きじゃないけどアグ二ー二の焼け跡……今は何が建ってるか知らないけどそんな所はうろつきたくないわ」

「確かに」

 ハルモニアは頷いた。

「『火の道』で連れて行って下さる? それとも『風の道』に入る?」

「その前に忘れてるぞ」

「?」

 怪訝な顔をしたラゼリードに、ハルモニアが少し屈んで頬にキスをする。

「『これが俺の気持ちです』」

 初めて逢った時のあの言葉とキスに、ラゼリードの薔薇色の頬がピンクから真紅に変わる。

「ば、馬鹿! アンタなんて『風の道』コースよ!」

「やめっ! 嫌だ!」

 荷物を持ったままラゼリードはハルモニアの襟首を引っ掴むと風がくるくると2人を中心に渦巻いて『風の道』に引きずり込んでその場から消えた。

 エカミナは背後に居るアレクサンドライトとけたけたと笑いあった。


 ◆◆◆


「『風の道』怖い、『風の道』こわい」

 ハルモニアは『風の道』の中で思う存分絶叫した所為で、声が少し枯れていた。

「わたくしが『火の道』を怖がっていたのはよく解ったかしら。はい、喉を潤して」

 2人が居るのはアド港の倉庫裏。

 コンテナを椅子代わりに、2人は寛ぐ。

 そこでラゼリードは林檎をナイフで2つに切って渡した。

 勿論、ハルモニアに渡した半分には飾り文字で「エカミナ」と捺されたシーリングワックス。

 厳しいエカミナの目で選別された、ルクラァンで1番美味しいと言われる林檎『エカミナ印の林檎』の証。

「ありがとう、ラゼリード」

 ごほっ、と1つ咳払いしてからハルモニアはシーリングワックスを丁寧に剥がし、しゃくっと齧り付いた。

「モニ、美味しい?」

 ラゼリードが笑顔で訊いてくる。

「ああ、あの時と同じか、それ以上に美味い。今は争いの火種も事件も無いし。隣には愛しいお前だ。エイオンじゃなくて、ラゼリード。……お前だ。エイオンも愛しいが」

 隣で林檎を齧っていたラゼリードが果汁で噎せた。

「ちょっと。何言ってるのよ、この天然口説き男は!」

「天然口説き男? 何かおかしな事を言ったなら謝るが」

 もぐもぐと林檎を咀嚼しながらハルモニアは首を捻った。

「驚いた。本気で無自覚なのね」

「何が?」

「もういいわよ。さ、港町を案内して頂戴。魚は嫌いだけど、見て回りたいわ。……あ、貴方と一緒に」

 ラゼリードはあの日、ハルモニアがしたように林檎の芯を海に投げ捨てると、彼の腕に自分の腕を巻き付けた。

 ハルモニアはまたもや真っ赤になり、空いている方の手で林檎の芯を海に投げた。

 それは綺麗な弧を描いて海に沈んだ。


 アド港は活気に溢れていた。

 ベルナンド号は航行中らしく停泊していなかったが、代わりに漁を終えた船がぷかぷかと浮いていた。

「あれは何かしら?」

 ラゼリードの目を引いたのは海硝子(シーグラス)の露店だった。2人は露店に近寄る。

「らっしゃい。恋人同士かい? お兄さん買ってあげなよ。綺麗な娘さんに」

 魚に混じって採れる海硝子は形が歪なまま簡素な指輪になっていた。

「綺麗な指輪ね……。1つ買って下さる? わたくしに似合いそうなのを小指に着けたいわ」

 ラゼリードはハルモニアを見上げた。

 ハルモニアはもう顔色が赤から戻らないんじゃないかと思う程真っ赤になって露店商に身を乗り出した。

「一番形が良いのを出してくれないか? 金ならある」

「一番いいのはこれだね。俺が彫った台座に海硝子をはめた一点物だよ。輪は繋がってないからどんな指にも合うよ」

「じゃあ、それを売ってくれ」

 ハルモニアは提示された金額のおよそ3割増しで払って、ラゼリードの左の小指に海硝子の指輪を嵌めた。

「ありがとう」

 本当に嬉しそうに笑うラゼリードに、ハルモニアは天に召されそうな気分だった。

「ありがとうございます! お幸せにな!」

 露店商の声を背後に聞きながら、2人は歩き出す。

「流石に冬の港は寒いわね」

「じゃあ、俺の隠れ家に行くか?」

「いいわね」

 どさくさに紛れてハルモニアはラゼリードの細い腰を抱くと『火の道』を通って隠れ家の時計台へと移動した。


 ◆◆◆


「ここまで再現したのか?」

「ええ、そうよ。ヨルデンお手製のサンドイッチにお茶」

 昔はパチパチと松明が燃えていた時計台の内部もいつの間にかガス燈が点っていた。

 時代の流れとは早いものだ。

「いただきます」

 ハルモニアの外套を敷いて貰った上に座ったラゼリードは、優雅な手つきでサンドイッチを口に運んだ。

 その手に海硝子の指輪が光るのを見てハルモニアは幸せそうに微笑みながら、サンドイッチに手を付ける。

 食べ終わってラゼリードを眺めながらヨルデン謹製のお茶で喉を潤してると、ラゼリードが訝しげにハルモニアを見た。

「何よモニ」

「幸せだな、と思ってな」

 ヘラリと表情を崩したハルモニアに、ラゼリードがいつもの癖で首を傾けながら言う。

「貴方の誕生日くらいとびっきり幸せになってもいいじゃない」

「あ」

 そういえば今日は俺の誕生日だった、とハルモニアはようやくラゼリードのデートプランに合点がいった。

「それでデートに誘ってくれたのか。忙しいだろうにすまない。……ありがとう」

「わたくしこそプレゼントも思い付かなくて。逆に指輪を買わせてしまったわ」

「いいんだ。俺の気持ちだから」

「モニ……」

 2人の距離が近くなる。

 ラゼリードがハルモニアの頬に両手を添えた。

 く、口付けか!?

 ハルモニアの鼓動が早くなる。

 そっと目を閉じたラゼリードが顔を近付け……ハルモニアも目を閉じた。


「や、や、や、やっぱり無理ぃー!!!」


 ラゼリードはハルモニアの頬に添えていた手を下に滑らせると、全力でハルモニアの胸を突き飛ばした。

「うわっ!?」

 完全に虚をつかれたハルモニアが転がる。 その先は時計の針を調節する扉だった。

 中空に放り出されるハルモニア。

 下はアド市の大パノラマ。


「うわあああ!!」

「キャーーーーー!!」


 少し落ちた所で、ふわりとハルモニアの身体がラゼリードの風魔法で受け止められる。

 そのまま風魔法はハルモニアを扉に押し込んだ。

 扉から時計台に戻ってきたハルモニアは目が怒りで爛々と輝いていた。

「ひっ、ごめんなさい!」

 座ったまま後ずさるラゼリード。

 膝を付いたまま四つん這いで這い寄るハルモニア。

「次はキスをすると言っただろう!!」


 ドサッとラゼリードはハルモニアに押し倒され、深くて激しい口付けに翻弄される。


(なにこれ、なにこれ!? モニがこんなにキスが上手だなんて聞いてないわ!!!!)


 ハルモニアが、ぷはっと口を離した時にはラゼリードは蕩けきっていた。

 ノロノロと起き上がるラゼリードに手を貸したハルモニアは真っ向から怒声を浴びせられる。

「モニ! 貴方、誰と練習したの!? こんなに上手だなんて聞いてない!」

「誰って…誰もいない。座学だけ」

 ラゼリードの目が丸くなる。

「座学? 座学だけ? 本当に座学だけ?」

「ああ」

 訝しげに聞くラゼリードに、ハルモニアの曇りなき(まなこ)が真実を伝える。

「末恐ろしい……」

「お前の為にイメージトレーニングはした」

「……」

 威張って言うハルモニアにラゼリードがドン引きする。

「それより続きはしなくていいのか?」

「続き?」

「キスの続き」

 ワナワナと震えるラゼリードが真っ赤な顔を更に赤くしていく。

 ハルモニア本人は『もう一度キスをしよう』と言ったつもりだったが、ラゼリードは当然違う意味に受け取ったのだ。

 当たり前だ。


「婚約してから言いなさい!!」


 誕生日なのに、またしても怒られるハルモニアであった。


~完~

ハルモニアは気付いているのでしょうか?

「婚約してから言え」=「婚約を受けてもいいわよ」の意味なのに。

ラゼリードは久しぶりにツンデレですね。


Happy Birthday ハルモニア。

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