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落語【声劇台本書き起こし】

落語声劇「さんま芝居」

作者: 霧夜シオン
掲載日:2024/08/30


落語声劇「さんま芝居(しばい)」


台本化:霧夜(きりや)シオン@吟囁亭喃咄(ぎんじょうていなんとつ)


所要時間:約35分


必要演者数:3名

      (0:0:3)

      (3:0:0)

      (2:1:0)【性別準拠人数比率】

      (1:2:0)

      (0:3:0)


※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。

よって性別は全て不問とさせていただきます。

(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)


※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品

 に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。

 それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。



●登場人物



兄貴:弟分と二人で旅をしており、とある田舎の村に滞在(たいざい)している。

   芝居が大好き。


弟分:兄貴と二人で旅をしている。芝居は嫌いな方。


老婆:村の宿の女中(じょちゅう)さん。

   兄貴も姉(ねえ)やん呼ばわりは無いだろう。


百姓(ひゃくしょう)1:村の百姓(ひゃくしょう)さんその1。

     年老いてる。名前が戸左衛門(とざえもん)とかいうらしい。


百姓(ひゃくしょう)妻:百姓(ひゃくしょう)1の年老いた奥さん。

     一緒に芝居(しばい)を見に来ている。


百姓(ひゃくしょう)2:村の百姓(ひゃくしょう)さんその2。

     話からしてこっちは多分中年くらい。


文弥(ぶんや):劇中劇(げきちゅうげき)、「蔦紅葉宇都谷峠(つたもみじうつのやとうげ)」に登場する目の見えない人物。

   目の不自由な人に与えられる官位(かんい)を得ようと、京都へ向かう途中。


十兵衛:恩人にむくいるべく百両(ひゃくりょう)の金を用立(ようだ)てるも、返済に困って京都

    へ向かうも当てがすべて外れ、失意の中京都から帰ってくる途中

    、文弥(ぶんや)と出会う。

    劇中劇(げきちゅうげき)、「蔦紅葉宇都谷峠(つたもみじうつのやとうげ)」に登場する人物。


市川怨霊:村へ興行(こうぎょう)に来た歌舞伎(かぶき)役者。

     市川團十郎(いちかわだんじゅうろう)の弟子だというが…。


大道具:一座の大道具係。

    忘れ物をするなどそそっかしい。


語り:雰囲気を大事に。


●配役例


兄貴・十兵衛・百姓2・市川:

弟分・文弥・百姓1・大道具:

老婆・百姓妻・語り・枕:


※:枕は1セリフのみです。



枕:食べ物にも絶妙な取り合わせがあります。

  カレーに福神漬(ふくじんづ)け、すき焼きに生卵、秋刀魚(さんま)に大根おろし。

  秋刀魚(さんま)は安い、美味(うま)い、栄養価高いの三拍子(さんびょうし)そろった秋の味覚(みかく)です。

  もっとも、最近はとんでもなく値上がりしてしまい、昔ほど気軽に

  買って食べられなくなってしまいましたが。 

  大根にはすりおろした汁にビタミンCやジャスタウェイ…ではなく、

  ジアスターゼという消化酵素(しょうかこうそ)を持ち、血液が固まってできる血栓(けっせん)

  を防止したり、解毒(げどく)作用(さよう)もある成分が多く含まれています。

  これが油の強い魚である秋刀魚(さんま)にぴったり合うんですな。

  大根と言えば、大根役者て言葉がありますが、これは通常は煮(に)ても

  焼いてもオロシても、主役になる事がありません。そして食(しょく)あたりも

  しません。

  なので、何をしても当たらない役者のことを大根役者と言うようにな

  りました。

  また、真っ白な大根はしろ、素人とあてられ、どんなに頑張っても

  黒、つまり玄人(くろうと)にはならないとも言われます。

  ところが、ものの持っていき方によってはこの大根も主役級の活躍を

  するわけでして。


弟分:はぁ…。


兄貴:あぁー、食った食った。

   …って、なんでぇ、気のねェ溜息(ためいき)つきやがって。


弟分:兄貴の前だけどよ、この宿ってェものは実に呆(あき)れたもんだな!

   朝昼晩と三度三度サンマの塩焼きを出しやがる。冗談じゃねえよ。


兄貴:しょうがねえよ、ここはサンマの本場だからな。

   俺もそう思って宿のほうに言ったんだ。

   そしたら今晩はサンマの刺身だとよ。


弟分:うへぇ。

   江戸に帰って、マグロの赤身で一杯やりてぇなぁ。

   いや最初はね、サンマんめぇなぁって思ったよ?

   だけどこう、三日もサンマを出された日にゃ変な心持ちに

   なっちまわあ。

   あれかい? 三日だからサンマとかけてんのかね?

   それでさっき鏡を見たら口が少しこう、とんがってきた。


兄貴:気のせいだよ、つまらねえこと言うなぃ。


弟分:いや、つまらねえこと言うなったって…だけどなんだね、

   この大根おろしはうめぇな。


兄貴:だから気のせいだって。

   大根おろしは別に美味(うま)いわけじゃないよ。

   この大根おろしの中へサンマの油が染み込んでんだ、な。

   醤油(しょうゆ)の味がしみ込んでるから、美味(うま)く感じるんだよ。

   変なことばっかり言ってよ。


弟分:気のせいだって!?

   何かってっと兄貴は二言目(ふたことめ)に気のせいだ気のせいだって言うけどよ

   、じゃあ何かい?

   表(おもて)がバカに人通りが多いけど、これも気のせいかい?


兄貴:人通りが多いってのが気のせいってこたぁねえだろ。

   ちと聞いてみるか。

   おーい、姉(ねえ)や!

   姉(ねえ)や姉(ねえ)やー!


老婆:なんだぁねー?


兄貴:っ…、バカに人通りが多いようだけど、村になんかあったか!?


老婆:村の鎮守(ちんじゅ)様の祭りだぁよ。


弟分:祭りにしちゃ、バカに人が多すぎるな。


老婆:なんだか知らねぇけんどよ、江戸の歌舞伎役者(かぶきやくしゃ)の名人が来てござら

   っしゃると。


弟分:へぇぇ、江戸の歌舞伎役者(かぶきやくしゃ)の名人かい。

   なんて役者だい?


老婆:市川團十郎(いちかわだんじゅうろう)とかいう人のお弟子さんだかで、

   市川怨霊(いちかわおんりょう)に中村無念蔵(なかむらむねんぞう)だっちゅうね。


兄貴:なんだか化けて出そうな名前の役者だな…。

   そん中に人魂(ひとだま)ってのはいねえか?


老婆:そんなのおらァ知らねェよ。


兄貴:で、どんな芝居(しばい)やってんだい?


老婆:あんだか知らねェけんどもよ、坊さん化けて出るんだとよぅ。


兄貴:坊主(ぼうず)が化けて出る…?

   日蓮上人(にちれんしょうにん)さんが化けたって話は聞かねえな。

   弘法大師(こうぼうだいし)様も化けたって話は聞いた事がねェ。

   …ははは、そうか、そりゃあいいや。

   退屈してたんだ。

   どうでい兄弟、これからひとつ、その芝居(しばい)を見に行かねえかい?


弟分:いや俺ァ実は芝居(しばい)が嫌(きれ)ぇなんだ。


兄貴:んなこと言うなよ、付き合いってことがあるじゃねえか。

   こういう村芝居(むらしばい)ってのはおもしろいんだよ。

   えーとこないだの、何て言ったっけな。

   あぁそうだ、鍋島(なべしま)の猫騒動(ねこそうどう)って芝居(しばい)だよ、うん。

   知ってるかい? 殿さまが碁(ご)を打ってるんだ。

   そしたら庭の池の向こうから、化け猫が出て来るんだけどよ、

   猫と殿さまの間に焼酎(しょうちゅう)を布(ぬの)っきれに浸(ひた)したやつ、歌舞伎(かぶき)とかで

   狐火(きつねび)や幽霊の出る場面に使うのがあるだろ。


弟分:ああ、なんだっけな、たしか焼酎火(しょうちゅうび)っつうんだっけな、それ。


兄貴:芝居(しばい)が嫌(きれ)ぇなクセによく知ってんな。

   で、それが化け猫と殿さまの間を行ったり来たりしてたんだ。

   だけどどう見当(けんとう)が違ったか、焼酎火(しょうちゅうび)を操ってた奴がうっかり化け猫

   の方に大きく振っちまったんだろうな。

   ぼっ、と火がつきやがったんだ。


弟分:おいおい、大丈夫なのかいそれ。


兄貴:大丈夫なわけがねェ。

   化け猫ったって綿(わた)でできた着ぐるみだ。中に人が入ってる。

   びっくりしたろうよ。

   「あちィーーーッ!」ってぇと、着ぐるみをぽーんッと投げ捨てち

   まった。

   だけどもっとびっくりしたのは見物客(けんぶつきゃく)だ。

   人間が猫に化けるのは話がわかるよ。

   その逆だってんで、

   「猫が人間に化けたァーーッ!」てよ、へへへ…。


弟分:いや信じるのかいそれ。

   とりあえず役者に怪我(けが)は無かったわけだな。


兄貴:ああ、だけど着ぐるみは燃えちまったからもう芝居(しばい)にならねェ。

   丸札(まるふだ)出して客に帰ってもらったんだ、大変な騒ぎよ。

   こういうところが村芝居(むらしばい)のおもしれェとこだ。

   こないだもよ、太閤記(たいこうき)十段目、光秀(みつひで)の出陣の一幕(ひとまく)。

   腰元(こしもと)たちが薙刀(なぎなた)を持ってずらっと並んでるんだ。

   ところがこれがいい加減(かげん)なんだ、田舎芝居(いなかしばい)だからさ。

   本物の薙刀(なぎなた)は二本しかねェ。

   後の腰元(こしもと)のやつをちょっと見たらね、竹の棒の先に鎌(かま)を結(ゆ)わえつけ

   てあるんだ、へへへ…。


弟分:まぁ、村芝居(むらしばい)だから物を揃(そろ)える金子(きんす)はさすがにねえだろ。


兄貴:とにかく、そういうところが村芝居(むらしばい)のおもしれェとこなんだ。

   だからどうでい、ひとつ見に行かねえかい?


弟分:いや俺は嫌(や)だよ。


兄貴:そう言うなよ。近いんだしさ。

   おーい姉(ねえ)やん姉(ねえ)やん!

   俺達ゃこれからな、その芝居(しばい)を見に行ってくるからよ、

   その間に床(とこ)を取っておいてくれ!


老婆:そうけぇ? 化(ば)け物(もの)芝居(しばい)見に行くけぇ?

   ハハ…。

   冥土(めいど)の土産(みやげ)に見て お か っ せ。


兄貴:嫌なこと言いやんな。

   じゃ、出かけようじゃねえか。


弟分:分かったよ…。


兄貴:しかしなんだな、田舎はいいなぁ。

   東京と違って空気が爽(さわ)やかだな。


弟分:なんか聞こえてきたな。

   祭囃子(まつりばやし)か…あれが村の鎮守(ちんじゅ)様かな。


兄貴:見ろ兄弟、掛(か)け小屋(ごや)が見えてきた。

   掛(か)け小屋(ごや)ってのはあまりいい芝居(しばい)掛からねえって言うけどな。

   出し物は何かな…ええと、「蔦紅葉宇都谷峠(つたもみじうつのやとうげ)」の文弥(ぶんや)殺しの場…。

   兄弟、蔦紅葉宇都谷峠(つたもみじうつのやとうげ)、知ってるかい?


弟分:冗談じゃないよ。


兄貴:そんな顔してるんじゃねえよ。

   付き合いってことがあるんだからさ。

   木戸銭(きどせん)は俺が払うから。

   さ、入ろうや。


語り:二人が中へ入りますと、ちょうど舞台もお中入(なかい)りというやつです。

   ざわざわざわざわしている間を仲売(なかう)りというのが首から下げた荷(に)を

   触(ふ)れ売りしておりました。

   田舎なことですから、売りに来る物もだいぶ違っております。


   え~草鞋(わらじ)は良しかな?

   え~小田原提灯(おだわらちょうちん)はどうだね。

   え~ロウソクはいかが?

   え~握(にぎ)り飯(めし)はどうだね?


弟分:兄貴、聞いたかよ。

   握(にぎ)り飯(めし)にろうそくだってよ。

   変なもの売りに来やんな。

   ろうそくをおかずにして握(にぎ)り飯(めし)を食うかい?


兄貴:おい変なこと言うんじゃないよ、ええ。

   他の客に聞かれたらなんか言われるぞ。

   あのな、ここは田舎(いなか)だぜ?

   山越(やまご)しでみんな芝居(しばい)を見に来るんだよ。

   提灯(ちょうちん)で足元を照らさねえってぇと帰りなんざ危ねぇってもんだ。

   ロウソクが切れちまうといけねえってんで親切に売って歩いてるん

   だよ。

   わかったか?


弟分:ぁそうか。

   俺はまたロウソクが油(あぶら)っ気(け)あるから、握(にぎ)り飯(めし)のおかずに食べるのかと思っ

   た。

   しかし騒がしいね、なんだぃ?


百姓2:そこにござらっしゃるは、戸左衛門(とざえもん)さんでねえか!?


百姓1:あれまぁ、誰かね…。

    !!あーーーこりゃ久方ぶりでねえかぁ!?


百姓2:ははは…ばあ様あんべぇ悪ぃっちゅってたけどどうだね?


百姓1:あぁーおかげ様でもうすっかりよくなってなぁ。

    今晩な、芝居(しばい)見せに一緒に連れてきたぁ。


百姓2:そうかいそうかい。

    おぉーばあ様、陰に隠れて見えなかったぁ。

    どうだい、あんべぇは?


百姓妻:おかげさんで、ありがとうごじぇますぅ。

    あんべぇ悪(わり)ぃ時に見舞(みめ)ぇ来てもらぇやしてなぁ、

    刈(か)り入れ時にゃあ人手(ひとで)が足らねえで手伝うてもらって、

    まだお礼にも上がりませんでよ。


百姓2:ああ、そんなのお互い様だぁ。


百姓妻:おじい様がねぇ、今晩、芝居(しばい)見に連れてきてくれたんだぁ。


百姓2:そうかぁ、良かったなぁ。

    まぁ夜道(よみち)は寒いでなぁ、風邪(かぜ)ぶり返さすといけねえから、

    注意した方がええぞぅ。

    そうかあ、ばあ様連れて芝居(しばい)見に来たかぁ。


百姓1:そうなんだよぅ。

    まああんべぇ良くなったようなもんだけど、年が年だでな。

    いつおっ死(ち)なねえものでもねぇが、おっ死(ち)んだとなれば、

    ひょっとしたらひょっとして化けて出ねえもんでもねえからね。

    どうせなら化けて出てもらう時に、できるだけ様子(ようす)よく化けて

    出てもらいてえと思ってな、ははは。

    化けて出る時の参考のために、今晩芝居(こんばんしばい)を見せに連れてきたぁ。


百姓妻:あぁら嫌ですよぅおじい様。

    あたしゃまだまだ向こうへは行きませんよぅ。


弟分:おいおい兄貴、聞いたかよ、ええ?

   ひでえこと言ってんな、年寄りつかまえて。


兄貴:まあまあ、あれが田舎(いなか)の人のいいところだ。

   あんまり目に角(かど)を立てちゃあいけねえ。


語り:などとわいわいわいわいやっておりますうちに、舞台の方では柝(き)が

   ちょーんちょちょちょんと刻みに入り、定式幕(じょうしきまく)がす~っと開きます

   。

   ご存じ、「蔦紅葉宇都谷峠(つたもみじうつのやとうげ)」

   鞠子(まりこ)の宿(しゅく)も過ぎましたか、長源寺(ちょうげんじ)。

   上手(かみて)に継道(つぎみち)、下手(しもて)に杉松(すぎまつ)の木立(こだち)、藪畳(やぶだたみ)どうもよろしくとありますが

   、そこは田舎(いなか)の事、だらしがない。

   黒幕(くろまく)一枚張ったっきり。

   辻(つじ)やゴミ溜(た)めから拾(ひろ)って来たような赤(あか)っ茶(ちゃ)けた笹(ささ)っ葉(ぱ)、

   二、三十枚差して藪畳(やぶだたみ)のつもり。

   花道(はなみち)から本舞台(ほんぶたい)へ。

   座頭(ざとう)の文弥(ぶんや)、続いて伊丹屋十兵衛(いたみやじゅうべえ)、旅姿(たびすがた)。



【※ここから劇中劇・蔦紅葉宇都谷峠(つたもみじうつのやとうげ)の一幕が始まります。】



十兵衛:文弥(ぶんや)殿、文弥(ぶんや)殿。

    それはそうと、さっきから聞こう聞こうと思っていたのだ。

    神奈川から護摩(ごま)の灰が尾(つ)けてきた。

    こなたのその懐(ふところ)の包み、もしや金子(きんす)でも入っておるのか?


文弥:はい。

   京へ上(のぼ)って官位(かんい)を授(さず)けていただく為の、百両(ひゃくりょう)の金子(きんす)でございます。


十兵衛:百両(ひゃくりょう)!

    これはまた物騒(ぶっそう)な…。

    ところでわしは、こなたに頼みがある。

    なんとか聞いてはくれまいか。


文弥:はい、大恩(だいおん)受けしあなた様。

   そのお頼みとおっしゃるは?


十兵衛:その金子(きんす)、どうかわしに貸してもらいたい。


文弥:えぇぇぇ、なんと…!


十兵衛:その驚きはもっともなれど、その理由(わけ)というのはこういう次第(しだい)、

    文弥(ぶんや)殿、わしの言うこと、気を落ち着けて聞いて下されぃ。


    何を隠そうわしは元、さるお屋敷の若党(わかとう)にて、

    友朋輩(ともほうばい)と喧嘩(けんか)をし、すでに命の無いところ、

    ご主人様のお情けにて、命(いのち)助かり町家(ちょうか)の暮らし。

    そのご主人の娘御(むすめご)が、悪い奴にかどわかされて、廓(くるわ)のつとめ。

    ご恩返(おんがえ)しに身請(みう)けせし、金の残りにつまりし所、

    その金貸して下されたは、ご主人様のご舎弟(しゃてい)にて、

    金は殿より預かり金(きん)、一つ良ければ二つもと、

    借りたる金を調達せねば、ご舎弟(しゃてい)様のご難儀(なんぎ)ゆえ、

    金の工面(くめん)に京都まで、はるばる行(ゆ)けばその先の、

    主(あるじ)が死んだ後へ行き、いすかの嘴(はし)とすごすご帰る道すがら、

    夕(ゆう)べ鞠子(まりこ)の宿(しゅく)において、金を持ったこなたと出会い、

    いっそ盗(と)ろうか借りようかと、

    千(ちぢ)々の心で切り出す無心(むしん)…。

    これ文弥(ぶんや)殿。

    決して長いこととは言わぬ。

    ほんの三月(みつき)か四月(よつき)の間、その金貸して下されば、

    利に利を添(そ)えて返そうほどに、

    どうぞこの無理聞き入れて、その金わしに貸してくだされい。


文弥:貸せとおっしゃるこの金子(きんす)、

   夕(ゆう)べ鞠子(まりこ)の宿(しゅく)にて、

   護摩(ごま)の灰(はい)めに盗(と)られるところ、

   あなた様のおかげにて、無事に手にあるこの百両(ひゃくりょう)、

   義理にも貸さねばならぬところ、義理を欠(か)いてお断り致しますは、

   こちらにも切(せつ)ない訳(わけ)あっての事、

   十兵衛(じゅうべえ)様、まず、お聞きなされて下さりませ。


   三つの時から目の見えぬ、わしを不憫(ふびん)に思われて、

   母者(ははじゃ)姉者(あねじゃ)の艱難苦労(かんなんくろう)、

   この百両(ひゃくりょう)の金も、姉者(あねじゃ)が苦界(くがい)へ身を沈め、こさえてくれた身代金(みのしろきん)

   、官位(かんい)も得(え)ずに途中にて、人に貸したの盗られたの、

   とあっては江戸(えど)へ帰れません。

   十兵衛(じゅうべえ)様、お慈悲深(じひぶか)い十兵衛(じゅうべえ)様、

   どうぞこの金ばかりは、お許しなされて下さりませ。


十兵衛:…これは、わしが悪かった。

    そういうわけの金と聞いては、よしんば貸そうと言われても、

    こればっかりは借りられぬ。

    文弥(ぶんや)殿、いま言うたことは聞かぬ事と忘れて下され。


文弥:それでは、それではこの金は思い切って下さいますか。


十兵衛:思い切るとも。

    思い切るとも。

    わしはすっぱりと思い切りました。


文弥:それで、安心いたしました。


十兵衛:文弥殿、こなたとわしはここで別れよう。


文弥:それはまた、何故でございます?


十兵衛:いったん無心(むしん)を言い出したわしが一緒では、

    さぞこなたも怖(こわ)かろう。

    幸(さいわ)いこれから峠(とうげ)も下(くだ)り道、夜明けにも間近(まぢか)いこと、

    怪我(けが)せぬように行(ゆ)かっしゃれぃ。


文弥:そんならどうでも旦那(だんな)には…。


十兵衛:別れて行くが、こなたの安心。


文弥:とはいえ…。


十兵衛:気を付けて、行(ゆ)かっしゃいよ。


文弥:あ、ありがとうございましたぁ。


語り:礼を言って行きかける文弥(ぶんや)の後ろに回った十兵衛(じゅうべえ)、

   腰に差しておりました道中差(どうちゅうざ)しを抜き払い、文弥(ぶんや)の肩先(かたさき)目がけて!


文弥:!!ひっ、ぎっ、ひぃああぁぁぁ!!

   そんならどうでも、このわしをぉぉ、殺すのじゃろぉぉぉう!


十兵衛:割(わ)っつ口説(くど)いつ事情(いりわけ)を、話したとても貸さぬは道理、

    さらさら無理とは思わねど、その金この手に入らねば、

    大恩(だいおん)受けた、あるじの難儀(なんぎ)。

    道に背(そむ)いたことながら、わしも以前は若党奉公(わかとうほうこう)、

    武士の禄(ろく)を食(は)んだからは、切り取りなすも武士のならい。

    あるじの為にはかえられぬ。

    その代わりに一周忌、遅くもこなたの三年までに、

    金こしらえて身寄(みよ)りを尋(たず)ね、仇(かたき)と名乗って討たれる心、

    京三界(きょうさんがい)まで駆(か)け歩き、工面(くめん)の出来(でき)ぬその金を、

    持っていたのがこなたの因果(いんが)、

    欲(ほ)しゅうなったがこっちの因果(いんが)。

    因果(いんが)同士の悪縁(あくえん)か、殺す所も宇都谷峠(うつのやとうげ)、しがらむ蔦(つた)の細道(ほそみち)に、

    血汐(ちしお)の紅葉(もみじ)血の涙、この引明(ひきあ)けが命の終わり。


    許して下され、文弥(ぶんや)殿ぉぉぉぉ!!


文弥:眼界(めかい)の見えぬこのわしを、殺して金をとろうとは…!

   人里(ひとざと)離れた宇都谷(うつのや)で、殺して金をとろうとはぁぁ…!!

   世に頼もしき人と思い、仏(ほとけ)頼んで地獄とかや、

   こなたは鬼か、獄卒(ごくそつ)かぁぁ…!

   この事知らぬ江戸の母人(ははびと)、廓(くるわ)に行かれし姉者人(あねじゃびと)、

   今日は彼処(かしこ)、明日は何処(どこ)と、指折り数えて待ちわびる、

   その陰膳(かげぜん)の高盛(たかもり)が、枕飯(まくらめし)と聞かれたら、

   さぞや嘆(なげ)きはいかばかり…!

   こここここれ皆(みな)こなたの成(な)す仕業(しわざ)、かかる非道(ひどう)な心と知らず…!

   …殺さば殺せ、人でなし。

   たとえ殺されるともこの恨(うら)み、五百生(ごひゃくしょう)まで生き変わり死に変わり、

   虫けらにまで生(しょう)を得て、


   恨み晴らさでおくべきかぁぁぁぁぁ……!!

   ……。


十兵衛:…南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)、なむあみだぶつぅぅぅ…!


語り:十兵衛(じゅうべえ)、文弥(ぶんや)の懐(ふところ)から金を奪い、

   死骸(しがい)を人目(ひとめ)にかからぬようにと、谷底(たにぞこ)へ放(ほう)り、

   花道(はなみち)まで参りますと…!


【※劇中劇(げきちゅうげき)・蔦紅葉宇都谷峠(つたもみじうつのやとうげ)、終了】


   ーーと、ここで市川怨霊(いちかわおんりょう)て役者が幽霊になって出ようとしたんですが

   、演出に必要な煙(けむ)が無い。


市川:おい、煙煙(けむけむ)、煙(けむ)はどうしたぃ!!

   煙(けむ)が無けりゃ幽霊が出らんねえじゃねえか!

   煙(けむ)はどうしたァァ…!


大道具:親方(おやかた)、申し訳ございやせん!

    あの、花火、宿へ忘れやしたァ!!


市川:煙(けむ)が無けりゃ幽霊が出らんねえじゃねえか!

   煙(けむ)を持ってこぉぉぉいぃ!!


大道具:へ、へぃぃぃ!!


語り:てぇやってると、楽屋(がくや)の裏では晩飯(ばんめし)のおかず、

   七輪(しちりん)の上にサンマをのせて焼いております。


   【扇子(せんす)でも団扇(うちわ)でもいいのでとにかくバタバタ手に当てて扇(あお)ぐ

   演技】


   この煙(けむり)がちゅぷちゅぷぱぁーっ、ちゅぷちゅぷぱぁーっ、って

   まぁ勢いよく出てる。


大道具:おっ、こいつぁもっけの幸いだ!

    おいっ、そいつを七輪(しちりん)ごと舞台(ぶたい)に持ってきてくれ!

    煙(けむ)だ、煙(けむ)が必要なんだよ!


語り:とまぁ、渡りに船とばかりに舞台袖(ぶたいそで)まで持って参ります。

   客席へ向けて、


大道具:そりゃぁぁぁぁっ…!!!

    【扇子(せんす)でも団扇(うちわ)でもいいのでとにかくバタバタ手に当てて扇(あお)ぐ

    演技】


語り:この煙が、ほわほわほわぁ~~って、漂(ただよ)っていきます。

   やっとひゅ~どろどろと幽霊のお出ましかと客席が湧(わ)きたつ。


百姓1:見てみろぉぉ、

    さっきの坊さん化けて出たぁ、怖(こえ)ぇでねぇかぁぁ…!


    …ん?

    【鼻をクンクンさせて匂いをかぐ】


    あんだか知らねぇけど、バカに生臭(なまぐせ)ぇ臭(にお)いして来たな。


百姓2:何(なに)こくだぁ、生臭(なまぐせ)ぇこと、あぁあるでねぇかぁ…えぇ?

    昔から言うでねえかぁ、

    幽霊の出る時は、生臭(なまぐせ)ぇ風が吹くて…!

    ははぁ、ここが江戸の歌舞伎役者(かぶきやくしゃ)の芸の細(こま)けぇとこだ…!


弟分:おい兄貴、聞いたかよ。

   冗談じゃねえよ、ええ?

   何を言ってやんだよ、あんなとこにサンマの七輪(しちりん)持ってきて

   パタパタ扇(あお)いでやがる。

   何か言ってやろうか?


兄貴:おう、言ってやれ言ってやれ!

   ったく、とんだ大根役者だ!


弟分:ぅおいッ! サンマの幽霊ッ!!

   生臭(なまぐさ)幽霊ィーーッ!!


兄貴:精進(しょうじん)忘れたかァーーーーッ!!


語り:ってぇとこの市川怨霊(いちかわおんりょう)て役者、すきっ腹(ぱら)な所へ好物のサンマの匂(にお)い

   が漂(ただよ)ってきた。

   鼻にツーンと刺さってきた。

   それで本来のセリフ、「うらめしいぃー」って言うところを

   ついうっかり言ってしまった。


市川:ばぁんめしぃぃ~~。


弟分:ハハハなぁにを言ってやんでェ、日本一の大根ーーーッ!


市川:その大根おろして、晩飯が食いたい。




終劇



参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)


三笑亭笑三

三遊亭金時

桂歌丸(古典落語「毛氈芝居(もうせんしばい)」の蔦紅葉宇都谷峠(つたもみじうつのやとうげ)のくだりを聞き使用)



※用語解説


・イスカの嘴(はし):イスカという鳥は、雀より少し大きい。

       上下のくちばしの先が食い違っているところから、

       物事が齟齬(そご)をきたし思うようにゆかぬことにたとえる。


・割つ口説いつ:(わっつくどいつ)割りつ口説きつ、が変化したもの。

        事情を打ち割って説明し、説得する。

        すべてを打ち明けて口説く。           


・京三界:(きょうさんがい) 京都およびその付近。

     京界隈(きょうかいわい)。京あたり。


・護摩(ごま)の灰:昔、旅人姿で道中、他の旅人の持物を盗む泥棒。

      高野聖(こうやひじり)の姿をして、弘法大師(こうぼうだいし)の護摩(ごま)の灰だといって押し売り

      して歩いた者があったところからの名という。


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