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農耕戦記ノボルサン~ちょべちょべしてるとぶさらうぞ~

 

 ――勝沼の夏はクソ暑い。



 山梨県甲州市勝沼町……甲府盆地の東端に位置するこの場所は、時々その日の最高気温で全国一位を記録することもあるくらいクソ暑い町である。

 またこの町は全国屈指の葡萄とワインの産地でもある。水はけの良い扇状地が多く日照時間も長い……そして何より、夜は一気に涼しくなる盆地特有の気候のため昼の暑さとの寒暖差がとても激しい。これらの環境が相まって美味(おい)しい葡萄そしてワインを作り出しているのだ。


 この勝沼にひとりの老人がいる……名前は「東雲(しののめ)()ボル」さん・七十九歳。この地で葡萄農家を営んでいる彼は、扇状地の斜面を利用した畑で現在二種類の葡萄を栽培している。

 それは「甲州」そして「シャインマスカット」だ。ノボルさんは昔から甲州という品種を栽培していて、それは主にワインの原料として出荷している。

 そしてもうひとつ……以前はビニールハウスで「デラウェア」という主に生食用になる品種を栽培していたのだが、二〇一四年の大雪によりハウスが倒壊。以前からデラウェアの需要も減少していたことも重なり、これを機に彼は「シャインマスカット」の栽培に切り替えた。

 するとシャインマスカットの人気は高くなり、ハウスと路地もの……二つの畑で生産しても追いつかないほど忙しくなった。ノボルさんはハウスを建て直した際の借金を返済し、現在でもシャインマスカットの栽培は軌道に乗っている……


 ……はずだったのだが。


 寄る年波には勝てず……今年の春、ノボルさんは剪定作業中に()()()()()()()()()(腰を悪くして)しまったのだ。

 辛うじて入院することなく、普段の生活は何とか支障なく過ごすことができるのだが無理な動作……特に腰を酷使する葡萄栽培に関してはドクターストップを掛けられて断念せざるを得ない状況だ。現在、畑仕事は長男の()サムさんとその妻・()ケミさんが担っている。

 だが連日何もせず暇を持て余し、さらに息子夫婦の畑仕事に不安を感じていたノボルさんは、一瞬でもいいから畑の様子が見たいと願っていた。しかし腰を悪くした彼は家から出ることすら出来ず、日に日に元気を失っていたのだ。



 ※※※※※※※



 ある日……ノボルさんの話を聞きつけた山場狩(やまばかり)大学農業テクノロジー科の雨宮(あまみや)という教授が、古谷(ふるや)という男子学生と広瀬(ひろせ)という女子学生の二人を引き連れて東雲家にやって来た。

 彼らはノボルさんに一台の「スピードスプレーヤー」を披露した。スピードスプレーヤーとは自走式の農薬散布車のことで、広大な葡萄棚を農薬散布するためには必要不可欠と言ってもいいほど勝沼ではお馴染みの農作業車である。


 だが腰を痛めて畑仕事が出来ないノボルさんにとって、スピードスプレーヤーが手に入ったところで何の意味もないし、すでに東雲家では一台所有している。

 なぜ教授たちはこのような意味のない物を持ってきたのか……以前から大学のことを「世間知らずのインテリ集団」と軽蔑していたノボルさんの家族は不信感を露わにしたのだが、当のノボルさんはなぜかこの車が共●製なのか丸●製なのか……と製造元を気にしていた。


 そして家族が戸惑う中、教授たちに促されたノボルさんがどこぞのメーカーかわからないスピードスプレーヤーに渋々乗り込むと、突然ボディが割れ出してあっという間に小型のロボットへと変形した。


 実はこの機械(マシン)、普段はスピードスプレーヤーの形をしているが、農作業時には変形してロボット(正確にはパワードスーツ)になる優れモノだったのだ。

 そう、雨宮教授たちの研究テーマは「農業従事者の高齢化におけるテクノロジーの可能性」である。彼らは高齢者がいつまでも畑仕事ができるように変形ロボット型のパワードスーツを開発、後期高齢者で農作業が出来ないノボルさんにモニターとして使ってもらおうとしていたのである。


 パワードスーツというと人体にバネがついたような往年の「大リーグなんちゃらギプス」のような姿が想像されるだろう。だがこのパワードスーツは、噴霧時に飛散した農薬が誤って皮膚に付かないよう全体が真っ赤なボディーで覆われ、収穫された葡萄がギッシリと詰まった農業用コンテナを一度に五箱以上持ち運ぶことができる……見た目も性能もスーツというよりロボットである。

 このロボット、正式名称を「農作業認識AI搭載電動式パワードスーツ機能付き変形農薬散布車Ver3.1」というのだが、ノボルさんはそんな長ったらしい名前など覚えられんと言って勝手に「柏尾山三号」という名前を付けてしまった。

 ちなみに……この「柏尾山」という名称は某洋菓子メーカーのどら焼きと同じであるが、この洋菓子メーカーは勝沼に工場を持っていた時期があり、そのとき近くにあった柏尾山という山の名前を付けたのがその由来である。


 柏尾山三号を装着したノボルさんを見て教授たちは不安になっていた。というのも、老人とは概ね頭の固い生き物……このような最新テクノロジーを使った機械など受け入れてもらえないかと心配していたのだが、赤いボディーに包まれたノボルさんはどうやら柏尾山三号を甚く気に入ってしまったようだ。


 そしてその日の晩……機嫌をよくしたノボルさんは、教授たちにおごっそう(ご馳走)をして「山梨流の」おもてなしをした。


 女子学生の広瀬が新鮮な魚の獲れる静岡県出身だというのに、ノボルさんは何と寿司の出前を取ったのだ。実は海のない山梨県民は「ほうとう」ではなく「寿司」で客をもてなす。

 本来「ほうとう」とは家庭料理であり、来客をおもてなしするような料理ではないらしい(諸説あり)。お店で提供されるのは「キレイなほうとう」であり、家庭で作る手打ち麺がぐっちゃぐちゃになったほうとう……特に翌日出される「二日目のほうとう」などという物はとてもじゃないが他人に見せるようなビジュアルをしていない。ちなみに作者は山梨県民だが家で作るほうとうが大嫌いだ。


 困惑した教授たちをよそに、ノボルさんの暴走(本人は普通のことだと思っている)が止まらない。学生たちを相手に放送コードすれすれの甲州弁でセクハラまがいのセリフを吐いたり……もちろん方言なので本人にその意図はないのだが。

 甲州弁しか話せないノボルさんに翻弄されながらも、彼から信頼された雨宮教授と学生たちはこの老人に柏尾山三号のモニターという大役を任せて、しばらくの間データ取りのため行動を共にするのであった。



 ※※※※※※※



 その翌日から、腰の負担が軽くなり元気を取り戻したノボルさんは農作業に精を出していた。自分が思った通りに動けばさらに強い力で動く……年のせいで重い物が持てなくなったノボルさんにとって、それは大変ありがたい機能だった。

 しかもスピードスプレーヤーに変形するので農薬散布も楽々、収穫した葡萄も大量に運べるため軽トラも必要ない……ノボルさんの作業効率は腰を痛める前と比べても飛躍的に向上したのだ。


 だがこの柏尾山三号に搭載された「農作業認識AI」という機能に思わぬ落とし穴が見つかった。柏尾山三号は農作業専用ロボット……つまりこのAIは人間のあらゆる行動のうち、農作業に関する行動だけを抽出して学習するものである。

 だがノボルさんはテレビの視聴や飲酒……挙句の果てには競馬にまで柏尾山三号を装着し、まるで自分の相棒のように行動を共にした。しかも柏尾山三号はそれら農作業以外の行動に対し、ノボルさんが見逃したテレビ番組を録画しておいたりG1レースの予想をして万馬券を当てたりと協力してしまったのである。

 本来なら農作業に関係ないことなので、これらの行動をすると自動的に機能が停止するはずなのだが……ノボルさんは柏尾山三号のAIに「休養も仕事のうち」と教え込んでしまったため、農作業と直接関係ない行動にも作動してしまったのだ。


 データ取りを続けた雨宮教授たちも、AIの学習効果に驚きそして戸惑った。一時は柏尾山三号を回収し、AIを初期化しようとさえ考えた。

 だが実際に農作業の効率が上昇し、ノボルさんが活気を取り戻した姿を見た雨宮教授はこのままデータ取りを続けることを決意した。機械によるサポートも必要だが、これを使用する高齢者の心のケアも必要だと考えを改めたのだ。

 このロボットが普及されれば、全国の農業に従事している高齢者が活気を取り戻しそれが日本の農業の活性化へと繋がるだろう……教授は手応えをつかんだ。


 このように柏尾山三号を甚く気に入り朝から晩まで有効に使いこなしているノボルさんであったが、このままではただの日常系小説で終わってしまう……当然のように事件は起きてしまった。



 ※※※※※※※



 ある日……ノボルさんの友人で、同じく葡萄農家を営む「樋貝(ひがい)合造(あうぞう)」さん(七十五歳)の畑からシャインマスカットが大量に盗まれるという事件が起きた。

 山梨ではこの時期になると、収穫前の高級葡萄や桃などの農産物が盗まれる被害が後を絶たない。普段は放送するネタがないローカルニュースのトップで報じられるほどだ。そこでノボルさんたちは自警団を結成し、深夜の葡萄畑をパトロールすることになった。


 しばらくの間は何も起こらず、連日の見回りで自警団の高齢者たちは()()()()()()(大変だ疲れる)と疲労がピークに達していたが、ノボルさんそして柏尾山三号は絶好調だった。なぜなら柏尾山三号には自動運転機能があり、パトロールの間ノボルさんは何と寝ていたからなのである。


 そんなある日の夜……いつものように自警団がパトロールをしていると、ノボルさんの畑に怪しい人影を見つけた。どうやら窃盗団が現れ、今まさにノボルさんの畑から収穫前のシャインマスカットを盗もうとしていたところだったのだ!

 自警団はすぐさま捕まえようと考えた。だが相手は犯罪者……自衛のために何か武器を隠し持っていてもおかしくはない。ここは見つからないようスマホで動画を隠し撮りし、警察に捜査資料として提供しよう! と自警団のメンバーで申し合わせていたのだが……


 正義感と、丹精込めて育て上げた自分の畑が荒らされた怒りに駆られたノボルさん……が装着した柏尾山三号は窃盗団に向けて飛び出した! 突然の奇襲に驚いた自らを「ブドウ(とう)」と名乗る窃盗団は、やはりというか鉄パイプなどの武器を取り出し応戦した。


 元々は農作業専用ロボット……戦闘用の機能など持ち合わせておらず、しかも操縦するのが八十歳近い老人である。あまりにも無謀な行為だが、柏尾山三号に搭載されたAIが「シャインマスカット泥棒の排除=農作業の一環」と判断し、柏尾山三号は迫りくる武器をかわしながら、ノボルさんオリジナルの格闘技によって窃盗団を次々に倒していった。


 これは敵わない! と車で逃げ出した窃盗団のメンバーを、ノボルさんとスピードスプレーヤーに変形した柏尾山三号が追いかけた。

 実はこのスピードスプレーヤーモードに変形した柏尾山三号、大型バイク並みのスピードを出すことができるのだ。しかも自動運転なので、高齢運転者であるノボルさんの運転テクニックは必要ない。


 こうして道路交通法を振り切り窃盗団の車に追いついた柏尾山三号は、次々とメンバーを捕まえると最後の相手……窃盗団のボスを、ノボルさんの意思とAIによってその場で編み出された技「西広門田(かわだ)」によって見事倒すことができた。


 ――だが、ここで安心したノボルさんに悲劇が襲いかかる!


 倒された窃盗団のボスがうずくまったまま懐に手をやると突然立ち上がり、ノボルさん……が装着した柏尾山三号に何かを向けたのだ。

 それは拳銃であった。ただの葡萄泥棒が銃を所持しているなど普通は考えられないことなのだが、ここはフィクションの世界……場を盛り上げるためには必要不可欠な展開なのである。

 窃盗団のボスが撃った弾は、FRP素材で出来た柏尾山三号のボディーを突き抜けた。元々農業用の機械なので軽量化を優先した……金属の装甲が必要とされることなどもちろん想定外だ。


 ボディーを突き抜けた銃弾はノボルさんの左胸に命中……ノボルさんと柏尾山三号はその場に倒れてしまった。

 通報を受けて駆け付けた警察により、拳銃を撃ったボスも含めて窃盗団は全員が逮捕された……だがノボルさんは仰向けに倒れたまま動かない。


 自警団のメンバー、ノボルさんの家族、雨宮教授たち、警察官、地元消防そして樋貝合造さんの全員がノボルさんの死を悲しんだ。そしてノボルさんの勇気と柏尾山三号の活躍に感謝した。


 ――するとそのとき……奇跡が起こった。


 ノボ……柏尾山三号の指先がピクッと動くと、顔を覆っていたアクリルカバーが開き、中に入っていたノボルさんの目が開いたのだ!

 そしてスピードスプレーヤーモードに変形した柏尾山三号から降りたノボルさんは、ポロシャツの胸ポケットから『ある物』を取り出した。それは前日に、とある施設でもらった金属製の容器だった。

 ノボルさんはたまたまその容器を胸ポケットにしまい込んでいたため難を逃れたのだ。作者は本物の銃を所持したことがないので、あの容器が銃弾を止める強度があるのかどうかなど皆目わからない……そもそもフィクションだし。


 こうして葡萄泥棒から畑を救ったノボルさんは、今日も美味しい葡萄を作るため相棒「柏尾山三号」と共にクソ暑い勝沼の地で農作業に勤しむのであった。



 ……葡萄(&桃)泥棒、絶対にダメ!




(農耕戦記ノボルサン・おわり)

 最後までお読みいただきありがとうございました。


 この作品は幼少期よりロボットアニメを見て育った昭和生まれの私が、最近すっかりロボットアニメが減ってしまった状況を憂いて考えたものです。身長57メートルの巨大ロボットも好きですが、個人的には「ボトムズ」や「モスピーダ」のような小型のロボットが登場するアニメが好きでした。


 本当は連載小説(中編小説?)として後々書く予定でした。しかし今回「バンダナコミック」の存在を知り、応募を兼ねて「短編」として書いてみました。まぁ正直「お門違い」と言われそうですが、楽しんでいただけるだけで幸いです。


 先ほど述べた通り、中編を短編にするため文章はできる限り「あらすじ」風にして、初めての試みですが「セリフ」をあえて無くしてみました。

 セリフを書かない理由として、主人公のノボルさんはネイティブ甲州弁使い……普通にセリフを書くと全てに「ルビ」を振らなくてはなりません! 執筆に倍以上の時間を費やすことになります……面倒くさいです(笑)。


 もし好評でしたら連載します。連載版ではノボルさんの甲州弁ネタと山梨あるあるネタ、そしてアクションシーンをふんだんに取り入れた作品にします! 不評ならこのまま封印します……ま、たぶん封印でしょうね(苦笑)。


 よろしければ感想、または「こういう方向性がいい」などのアドバイスを頂けるとありがたいです。まだ「あらすじ」のみの未完成作品なので、方向性は変えることができます。よろしくお願いします。

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