第八話 クラウディアの想い
まどろむ夢の中。
幼い頃の記憶。
クラウディアは、両親と馬車に乗っていた。
馬車は別邸の屋敷を出て大通りを進み、程なく馬車は巨大な城門をくぐる。
クラウディアは、馬車の窓から見えてきた宮殿に目を見張る。
広大な敷地にそびえ立つ、白く壮大な宮殿は、皇宮であった。
両親と一緒に馬車を降りると、中庭でドレス姿の女性が三人を出迎える。
母がクラウディアに告げる。
「クラウディア。ここに居なさい。私とお父様は、皇妃様とお話があるから」
「はい。お母様」
中庭は、芝生と植え込みの樹木が広がる広大な空間であり、石畳の通路に沿って、花壇や大理石の白い彫像があり、噴水や東屋が作られていた。
クラウディアが絵本を手に東屋のベンチに腰掛けると、三人の大人たちは部屋の中へ入っていく。
クラウディアは、大好きな『騎士物語』の絵本を開いて、描かれている挿絵を眺める。
いつの間にか男の子が現れ、ベンチに座るクラウディアに話し掛ける。
「君、だれ? ここで何しているの?」
クラウディアと同じ位の年齢の、金髪でエメラルドの瞳をした男の子が不思議そうな顔で東屋をのぞき込んでいた。
「私、クラウディア。お母様がここに居なさいって」
「ふぅん」
そう答えると、男の子は何かを思い出したように走り出して花壇へ行って、戻って来る。
「僕、ゲオルグ。はい、これ。…あげる」
男の子はそう名乗ると、手に持っていた一輪のスミレの花をクラウディアに手渡す。
クラウディアが満面の笑みでスミレの花を受け取ると、ゲオルグは照れたような笑顔で告げる。
「ありがとう」
「父上が『女の子には、お花をあげるものだ』って。…それなに?」
ゲオルグは、クラウディアの隣に座り、クラウディアの絵本に興味を示す。
クラウディアは、ゲオルグに絵本の挿絵を見せて答える。
「これ、私の好きなお話なの。お姫様は、悪い魔法使いを倒した皇子様と結婚して幸せになるの」
「ふぅん」
クラウディアは、目を輝かさせながらゲオルグに告げる。
「私、大きくなったら、お姫様になりたいなぁ」
ゲオルグがクラウディアに告げる。
「僕がクラウディアをお姫様にしてあげる。大きくなったら、僕と結婚しよう」
「えっ?」
ゲオルグは、自信ありげにクラウディアに語る。
「僕は皇子だ! だから、僕と結婚したら、クラウディアはお姫様だね!」
クラウディアは笑顔で答える。
「ありがとう。嬉しいな。約束よ!」
「うん! 約束だよ!」
クラウディアは、幼い頃の記憶を夢に見て、目覚める。
まだ、日の出前の早朝であり、東の空が明るくなり始めていた。
クラウディアは、ベッドの中で横になったまま、首から下げているロケットを開く。
ロケットの中のゲオルグの肖像と、あの時に貰ったスミレの押し花を眺める。
クラウディアの心の中で、ゲオルグを信じる気持ちがある一方で、一抹の不安が残る。
ゾフィーの実家は伯爵家の筆頭であり、祖父アキックス伯爵は皇帝ラインハルト直属の幕僚で、帝国最強の軍団『帝国竜騎兵団』を率いる団長で北部方面軍二十万の軍勢を率いる総司令も兼ねていた。
同じ伯爵家でも、序列が末席に近いクラウディアの実家とは、持っている政治権力の桁が違う。
『釘を刺した』とはいえ、ゾフィーが実家の政治権力を使って横槍を入れてきたら、クラウディアの側に勝ち目は無い。
(ゲオルグ……)
クラウディアはロケットを閉じると、祈るような気持ちで握りしめる。
バレンシュテット帝国において、『誰を正妃にするか』は、男の側であるゲオルグが決めることであった。