第七話 風紀委員現る!
三日後。
初日はぎこちなかった準備学校の生徒たちも少しづつ互いに打ち解け始め、ゲオルグの級友たちもそれぞれ爵位の近い者や仲の良い者たち同士でグループができ始めていた。
ゲオルグは、大勢でつるむことを好まず、男子部にいる時は悪友二人と、昼休みは悪友二人にクラウディアを加えた四人で行動を共にしていた。
この日、昼食を終えた四人は、屋上の日陰で談笑していた。
屋上の出入口から帝国軍の軍服姿の女の子が現れ、ゲオルグたちの元へ歩いてくる。
燃えているような赤い髪を結い上げ、黒い軍用長靴と太腿まわりの広い黒色の騎乗用ズボンを履き、黒のブレザー型の将校用上着、その中には白い開襟シャツ着ている。
目鼻立ちのはっきりした気の強そうな顔立ちの美人で、薄く化粧をして『大人の女性』を装っているものの、全体的に幼さが残っていた。
女の子は、日陰に座るゲオルグの前に立つと、ゲオルグを正面から見据えながら口を開く。
「失礼致します。帝国第四皇子ゲオルグ殿下でいらっしゃいますか?」
「そうだけど……君は?」
女の子は、ゲオルグに対して片膝を着いて右手を胸に当て目線を落とすと、口上を述べ始める。
「我は皇太子正妃ソフィアの妹、筆頭伯爵家ゲキックス家次女、ゾフィー・ゲキックスと申します」
「ソフィア様の妹!?」
ゾフィーの口上を聞いたゲオルグたちは驚く。
ゾフィーが帝国四魔将アキックス伯爵の孫娘であり、筆頭伯爵家である名門ゲキックス家の令嬢であるならば、皇宮にも出入りしていたばずである。
しかし、ゲオルグは、ゾフィーと皇宮で会ったことがあるはずであったが、彼女のことは覚えていなかった。
ゲオルグは立ち上がると、顔を近づけてゾフィーをまじまじと見つめる。
ゲオルグが顔を近付けてきたため、ゾフィーも驚いて立ち上がり、照れて頬を赤く染めながら後ずさる。
「あ、あの。ゲオルグ様……お顔が……」
ゲオルグの目に映ったゾフィーは、憧れのソフィアの顔を幼くして、身体を二回りほど小さくしたような女の子であった。よって、ゲオルグよりも背が低い。
だが、髪の色や目鼻の形、瞳の色、気の強そうな顔立ち、声など、ゾフィーはソフィアにそっくりであり、『ソフィアの妹』と名乗ったのは本当の事のようであった。
確認を済ませたゲオルグは、ゾフィーから顔を離して尋ねる。
「それで、ゾフィー。オレに何か用か?」
ゾフィーは気を取り直すと、ゲオルグに熱弁を振るって答える。
「私が準備学校に入学する際、皇太子殿下が帝国本土の貴族たちの堕落に御心を煩わせておられると伺いました。そこで、この私めが学長に掛け合い、『風紀委員』を拝命致しました。これから成人式を迎える帝国貴族の子弟や子女たちの堕落を防ぐべく指導し、綱紀を粛正、風紀を糺していこうという所存!」
ゾフィーはここまで熱弁を振るうと、左腕に着けている『風紀』と書かれている腕章をゲオルグに示して見せる。
「そ、それは……立派な心掛けだな」
ゲオルグは、自分が苦手な堅苦しい話に苦笑いしながら答えると、周囲の三人に救いを求めるように、同意を求める。
「あ、ああ…」
「そ、そうだな」
「そうね」
ゾフィーは、ゲオルグに詰め寄ってくる。
「ゲオルグ様。ゲオルグ様は、皇族の皇子なのですから、臣下である他の貴族たちの手本になって頂かなければ困ります。屋上は、解放されている時以外、立入禁止です。ゲオルグ様御自身が校則に違反されるなど……」
ゲオルグは、詰め寄ってくるゾフィーに焦りながら答える。
「おいおい、屋上は『解放されていた』んだ。だから、入っても問題無いだろ?」
「左様でしたか」
ゾフィーは、納得したというように引き下がると、今度はクラウディアに詰め寄る。
「そして、クラウディア様も」
「えっ!? 私?」
「クラウディア様。白昼堂々と校内で『不純異性交遊』されるなど、困ります!」
ゾフィーのクラウディアに対する敵意を含んだ物言いと、ゲオルグと悪友二人を見る時の目つきの違いから、クラウディアはピンと勘付く。
クラウディアは、少し意地の悪い笑顔を浮かべながらゾフィーに告げる。
「はは〜ん。さては。貴女、ゲオルグのことが好きなんでしょ?」
図星であった。
言い当てられたゾフィーは、みるみるうちに顔だけでなく耳まで真っ赤に染め、焦ってしどろもどろに答える。
「わ、私は、ふ、風紀委員として、き、貴族子弟や子女たちの交際は、清く正しくあるべきだと!」
クラウディアは、余裕たっぷりの笑顔で胸の前で両手を合わせると、芝居掛かった口調でゾフィーを挑発する。
「それなら心配いらないわ。私は『清純異性交遊』だから。私が一緒にお風呂に入ったのも、同じベッドで寝たのも、ゲオルグだけよ」
「い、一緒にお風呂!? お、同じベッドで……」
ゾフィーは、クラウディアの『既に男女の関係にあること』を匂わせる告白に、眉尻を引きつらせて絶句する。
クラウディアは、両手でゾフィーの両手を握ると、顔を近付いて耳元で囁く。
「帝国は一夫多妻制よ。貴女が彼の第二妃を望むなら許してあげる。どうしたら彼が喜ぶか、教えてあげても良いわ」
「それは、い、いったい……な、何を……?」
クラウディアは、驚くゾフィーにそう囁くと、右手の人差し指と中指を揃えて親指と合わせて輪を作ってゾフィーに見せ、それを口で咥える仕草をして見せる。
ゾフィーに限らず、家庭教師から閨教育を受けている貴族子女には、その仕草の意味が理解できた。
クラウディアからの挑発に堪えきれなくなったゾフィーは、クラウディアと握っている手を離すと、顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「ふ、不潔ですっ! 不純ですわ! 成人式前に! 結婚の誓いの前に、男女が淫らな行為をするなど! 赤ちゃんができたら、どうするのですか!?」
クラウディアは、口元に手を当ててクスクスと笑う。
「口で奉仕しても、赤ちゃんなんてできないわよ?」
「うっ……うっ……ううっ……」
クラウディアにからかわれたゾフィーは、悔しさのあまり目に涙を浮かべると、俯きながら屋上から去っていった。
「クラウディア。ゾフィーはソフィア様の妹だぞ? イジメるなよ」
「イジメなんて、していないわ。ちょっと、からかっただけじゃない」
ゲオルグがクラウディアをたしなめると、クラウディアは勝ち誇った笑みを浮かべながらゲオルグに答えた。
クラウディアとゾフィーは、同じ爵位である伯爵家の生まれであった。
しかし、クラウディアの実家は、伯爵家の序列としては末席に近く、家柄では筆頭伯爵家のゾフィーには及ばない。
だが、クラウディアはゲオルグの正妃の座をゾフィーに譲るつもりはなく、ゾフィーの本心を察して『釘を差した』のであった。