第六話 スクールカースト
準備学校(Gymnasium)初日。
生徒たちは講堂に集まり入学式が行われた。入学式でジークの訓示や学校役員の挨拶が終わると、ゲオルグたちはそれぞれ教室へ向かった。
準備学校(Gymnasium)は男女共学の学校であったが、帝国の伝統に則り、学部は男子部と女子部に分かれていた。しかし、食堂や講堂は共同であった。
ゲオルグと悪友二人は、講堂から男子部の教室へと繋がる廊下を歩いていた。
三人が教室に入ると、先に教室に入っていた級友たちは一斉に起立し、直立不動の姿勢で右手を斜め前へ挙手して歓呼を始める。
「帝国万歳!」
「皇帝万歳!」
ゲオルグは、予想さえしていなかった突然の歓呼に驚きながら、引きつった顔でたじろぐ。
「い、いあ……みんな。そういうのは、いいから」
登校時のジークやゲオルグと留年した二人組との一件で、『学校に皇子がいる』という噂は学校内に広まっていた。
級友のひとりが緊張した面持ちで答える。
「しかし、殿下……」
ゲオルグは苦笑いを浮かべながら答える。
「その『殿下』ってのも、よしてくれ。名前で呼んでくれよ」
先程の級友は、おそるおそる口を開く。
「その……では……ゲオルグ様」
「ま、それでいいや」
級友たちは、ゲオルグがラインハルトやジークのような厳格な人物ではなく、親しみやすい人物だと知り、安堵の息を吐く。
ゲオルグは、悪友二人と窓際の最前列の席に座り、一息つく。
「ふぅ……」
悪友の一人、オズワルドがゲオルグに声を掛ける。
「ゲオルグ。アレ……」
オズワルドがそう告げると、悪友のもう一人マティスが無言で教室の入口を指差す。
「ん?」
教室の入口には、女子部のドレス姿の女の子たちが『入学してきた第四皇子を一目見よう』と集まっていた。
帝国では、皇宮に参内できるのは上級貴族である侯爵家と伯爵家であり、下級貴族の子爵家や男爵家、準貴族の騎士爵家の者は、皇宮に参内することすら許されていなかった。
下級貴族の女の子達は教室の中には入ろうとせず、入口からゲオルグの方を見ては、互いにヒソヒソと話していた。
「殿下は?」
「殿下はどの御方なの?」
「ほら……窓際の席の……」
「あの方が第四皇子殿下」
「あの方が……」
ゲオルグがマティスの指差す教室の入口に顔を向けると、集まっている女の子たちが騒ぎ出す。
「きゃあ!」
「こっちを見た!」
「殿下がこっちを見たわ!」
「私、殿下と目が合っちゃった! どうしよう!」
「えぇ〜!」
オズワルドがゲオルグに告げる。
「あの子たち。みんな、ゲオルグ目当てなんだろ」
マティスもオズワルドに続く。
「ゲオルグ。お前、モテるなぁ~」
ゲオルグは、頭の後ろで両手を組むと座っている椅子の背もたれに寄りかかり、呆れた顔で答える。
「こういうのは『モテる』って、言わないだろ。……ったく。オレは珍獣かよ」
男装のクラウディアが教室の入口に集まっている女の子たちの中から現れると、得意げな顔で三人の女の子たちを連れて男子部の教室の中に入って来て、ゲオルグの席の前で立ち止まり、口を開く。
「ねね。ゲオルグ」
「ん? クラウディア。どうした?」
「この子たちがね~。ゲオルグに『挨拶したい』んだって」
「へ?」
クラウディアはそう告げると、唖然とするゲオルグが座っている席の隣に移って並つ。
すると、クラウディアが連れてきた三人の女の子のひとり、淡い水色のドレスを着た、長い栗毛を肩で結っている碧眼の女の子が頬を赤らめながら歩み出る。
彼女は、席に座るゲオルグに対してドレスの裾を摘んで優雅にカテーシーを行うと、目線を落として跪き、右手を胸に当てて挨拶の口上を述べる。
「お初にお目に掛かります。第四皇子殿下。私は、アルスバッハ子爵次女エミリアと申します。なにとぞ、お見知り置きのほどを」
「あ、ああ……」
エミリアが挨拶を終えると、入れ替わりに二人目の女の子、淡い緑色のドレスを着た茶目茶毛の女の子がゲオルグの前に歩み出て、エミリアと同じように挨拶する。
「お目通りをお許し頂き、ありがとうございます。第四皇子殿下。私は、ホーエンロイベン子爵三女カタリナと申します。私のこと、心に留め置き頂ければ幸いです」
カタリナが挨拶を終えると、ゲオルグの返事を待たず、入れ替わりに三人目の女の子、淡いピンクのドレスを着た黒目黒髪の女の子がゲオルグの前に歩み出て、エミリアやカタリナと同じように挨拶する。
「お目に掛かれて光栄です。第四皇子殿下。ビルンバウム男爵息女エリーゼと申します。この度は格別のご厚情を賜り、厚く御礼申し上げます」
「いあ……うん……よろしくな」
ゲオルグは、引きつった苦笑いで挨拶をしてきた三人に答えると、席を立って隣にいるクラウディアの手を引きながら教室を出る。
「クラウディア! ちょっと、来い!」
「ちょっと! ゲオルグ!?」
悪友二人も慌ててゲオルグとクラウディアの後を追う。
「ゲオルグ!?」
「どこに行くんだよ?」
四人は、校舎の屋上に行く。
--校舎 屋上。
ゲオルグは困惑した顔でクラウディアに告げる。
「クラウディア! どういうつもりだよ? まるで『謁見の儀』じゃないか!」
クラウディアは、悪びれた素振りも見せず、口元に手を当ててクスクスと笑いながら答える。
「良いじゃない。挨拶くらい受けてあげれば。淑女からの挨拶には、キチンと応じるのが礼儀よ」
ゲオルグは、困り顔でクラウディアに告げる。
「おいおい、ここは皇宮じゃないだろ。ああいうのは苦手なんだ。勘弁してくれよ」
オズワルドがゲオルグに告げる。
「くっ……なんて贅沢な! ひとりくらい、オレに紹介してくれてもいいのに!」
マティスは、少し興奮気味にゲオルグに告げる。
「ゲオルグ。あの子たちの顔を見たか? 三人とも、照れて赤くなって可愛かったな! ……きっと、お前が『脱げ』と言ったら脱ぐだろうし、『一緒に風呂に入れ』と言ったら、大人しく従うクチだぞ? どうするんだ?」
ゲオルグは、困惑しながら否定する。
「そんなこと、するワケねぇ~だろ!? 父上に殺されちまうよ!」
クラウディアは、男三人のやり取りを聞いて、あっけらかんと口を開く。
「あら? ゲオルグは、ずっと私と一緒にお風呂に入って、同じベッドで寝ていたじゃない」
クラウディアからの暴露に、悪友二人が驚いて騒ぎ出す。
「なにぃ!?」
オズワルドは、しみじみとゲオルグに告げる。
「ゲオルグ! お前、親友のオレたちにも内緒で、ひと足先に大人になっていたんだな! それも、こんなにかわいい女の子と……」
マティスは、大げさな身振り手振りをしながらオズワルドに続く。
「くっ……ゲオルグ。お前が抜け駆けして、遥か遠くに行っちまったようだぜ」
ゲオルグは、焦ってしどろもどろに答える。
「待て! 待て! ちょっと待て! それは、小さな子供の頃の話だろ!?」
クラウディアは、焦ってしどろもどろになっているゲオルグを見て、口元に手を当ててクスクスと笑う。
『スクールカースト』とは、学校内での生徒間の社会的階層や序列を指す。
平民の学校ならば、生徒たちは、外見、性格、部活動、成績、交友関係などの要因に基づいて、『人気』や『地位』の高い集団から低い集団、まで階層的序列が構築されていく。
しかし、貴族子弟や子女の学校では、皇子や皇女といった皇族を頂点として、実家の爵位と派閥、権力を背景に階層的序列が構築されていた。
今年の準備学校(Gymnasium)では、『第四皇子ゲオルグにどれだけ近い立場か? 実家の爵位と派閥、権力』で階層的序列が構築されていった。