第四話 学校へ行こう!(一)
帝国の上級貴族たちは、普段は所有する広大な領地にいるが、皆、帝都の皇宮近郊に別邸として屋敷を持っていた。
上級貴族として皇宮での催事への参加は必須であり、各貴族派閥の動向や情勢、権益について社交界で情報取集するため、拠点として必要であった。
また、貴族子弟や子女を帝都の学校に通学させるためにも用いられていた。
--帝都 アーレンベルク伯爵家 別邸。
朝。
クラウディアは、自分の部屋の三面鏡の前で身支度を整えていた。
髪型を整えリボンを結ぶと、薄く化粧をして最後に明るい色の口紅を塗る。
(……よし!)
身支度を整えたクラウディアは、首から下げているロケットを取り出すと、中を開ける。
ロケットの中には、ゲオルグの肖像画が入れられており、蓋の裏側には小さな花の押し花が貼ってあった。
クラウディアは、肖像画のゲオルグに微笑みかけるとロケットを閉じて、再び白いブラウスの胸元に仕舞う。
彼女は、このロケットをネックレスとして首から下げ、宝物として肌身離さず身に付けていた。
部屋のドアがノックされる音と共に声が聞こえる。
「お嬢様。そろそろ時間です」
「判りました」
クラウディアは、鞄を手に持つと部屋を後にする。
帝国の貴族子弟や子女達は『成人式』を迎えるにあたり、準備学校(Gymnasium)へ入学することが決められていた。
準備学校(Gymnasium)は、貴族子弟や子女のみが入学できる一年制の学校であった。
貴族子弟や子女達は家庭教師からそれぞれ読み書きといった必要な教育を受けていたが、皇帝ラインハルトはバレンシュテット帝国として統一する必要のある帝国史の歴史解釈、伝統文化、宮中典範や騎士典礼などは設立した準備学校で貴族子弟や子女達を教育することを帝国法で定めていた。
そして、それは皇族も例外ではなかった。
--皇宮
ゲオルグは、皇宮から準備学校へ向かって大通りを歩きながら、ため息を吐く。
「はぁ……学校なんて面倒臭ぇ……」
一般的に上級貴族は、帝都内を移動するには馬車を使用していたが、準備学校は皇宮から近いため、ゲオルグは意図的に徒歩で通学していた。
ゲオルグと同年代の二人の少年がゲオルグの元に駆け寄ってくる。
「おはよう! ゲオルグ!」
「お前も歩きか!?」
ひとりは、オズワルド・フォン・レーヴァークーゼン。レーヴァークーゼン侯爵家の次男であり、中肉中背の小太りで金髪碧眼の男。
もうひとりは、マティス・フォン・シュタインフルト。シュタインフルト侯爵家の三男で、小柄な男であった。
ゲオルグは、現れた二人の悪友に答える。
「おはよう! まぁな!」
オズワルドがしたり顔で話す。
「馬車は楽だけど『自由』が無いからな。この前、馬車で買い物に行って、店の女の子を口説いていたら、御者の奴、父上に密告りやがって! あとで父上に『我が侯爵家に相応しい女を選べ!』って怒られて酷い目に遭ったよ」
マティスもオズワルドの意見に同調する。
「そうだそうだ! 馬車なんて使うのは雨の日だけ! こうして歩いているかぎり、オレたちは『自由』さ!」
「『自由』ねぇ……」
二人の言葉に、ゲオルグは歩きながら空を見上げて生返事を返す。
(『自由』には『責任』がともなう。……父上も、兄上も、そう言ってたな)
ゲオルグは、『自由』という言葉の意味を考える。
オズワルドがニヤけた顔で口を開く。
「学校には、女の子がたくさんいるからな。今から楽しみだよ!」
マティスもニヤけた顔を浮かべて続く。
「かわいい子がいるといいなぁ~。学校なら堂々と口説けるし! 彼女を作らないとな!」
ゲオルグは、呆れた顔で二人に尋ねる。
「お前ら、学校に何しにいくつもりなんだよ?」
オズワルドは真顔でゲオルグに力説する。
「いいか、ゲオルグ! 学校はなぁ~『出会いの場』なんだぞ! ゲオルグは皇子だから、女を選びたい放題だろうけど、オレたち貴族子弟、それも次男三男はなぁ~女に飢えているんだよ!」
マティスも大真面目な顔で尋ねる。
「そうか、ゲオルグは皇子だったな! 皇子なら、女に困っていないだろう? メイドのお姉さんたちから、毎晩『ゲオルグ様。今夜は私が奉仕させていただきます』って、奉仕して貰っているんじゃないのか?」
マティスはそこまで語ると、口を窄めてちゅぱちゅぱと動かして見せる。
ゲオルグは、再び呆れた顔で二人に答える。
「そんな訳ねぇ~だろ。ウチは厳しいんだぞ? この前も、アレク兄が『メイドに悪戯した』って父上に殴り飛ばされて、『平民』として士官学校に入学させられたんだぞ? メイドになんか手を出したら、父上に殺されるよ」
ゲオルグの話を聞いて、二人はギョッとした表情を浮かべる。
オズワルドは、顔を引きつらせながら呟き、絶句する。
「うわぁ……『平民』って! ……た、確かに、陛下は、そういうことに厳しそうだ」
マティスも顔を引きつらせて呟く。
「アレク兄って、二番目の引きこもりの兄貴だろ? 士官学校に飛ばされたのかよ? あそこは『軍隊と大差ない』って話だ。卒業まで懲役二年の刑か。恐ろしいな」
絶対帝政を敷くバレンシュテット帝国において、ゲオルグの父である皇帝ラインハルトは、厳格なことで知られており、上級貴族にとって自分達の生殺与奪の権限を握る『恐怖の対象』であった。
オズワルドは、ハッとして口を開く。
「そう言えば、ゲオルグ。お前、彼女いるじゃないか!」
マティスもオズワルドに続く。
「そうだ、そうだ! 赤いリボンのかわいい子!」
ゲオルグは思い出したように答える。
「クラウディアか? クラウディアは、『彼女』というか、小さい時に母上が会わせてくれた『幼馴染』だな」
オズワルドは、恨めし気に告げる。
「くっ……! あんな、かわいい子が『親公認の彼女』だなんて! なんて羨ましいんだ!」
マティスは、興味津々でゲオルグに尋ねる。
「彼女とは、もう、キスしたのかよ!? その先も済ませたとか!?」
ゲオルグは、照れて赤くなりながら答える。
「してねぇよ!」
ゲオルグが二人に答えた次の瞬間、女の子の呼び声が聞こえてくる。
「ゲオルグ~!」
声の主はクラウディアであった。
彼女が小走りでゲオルグの元に向かってくると、オズワルドは、羨ましそうな顔でゲオルグに告げる。
「ゲオルグ。彼女が来たぞ」
マティスも羨ましそうな顔でゲオルグに告げる。
「じゃ、またな」
二人はゲオルグにそう告げると、大通りを走る馬車の隙間を抜けて、通りの反対側へ走って行った。