第三十一話 族長ライオネル
ゲオルグたちは敷地の門をくぐり、族長の屋敷の入口に向かう。
族長の屋敷は石造りで、小さな城や砦ほどの大きさがあり、簡素だが機能的な造りであった。
街で唯一の石造りの外壁は、風雨にさらされ、苔むすまでの歴史を刻む。
随所に警備の獣人の女の子がいたが、それぞれ歩いていくゲオルグに熱い視線を向ける。
入口から飾り気のない石畳みの廊下を抜けた奥に族長の部屋があった。
レジーナとレベッカは、ドアをノックして中に入ると、ゲオルグたちを部屋の中へ通す。
「どうぞ。皇子様」
ゲオルグたちは二人に案内され族長の部屋に入る。
部屋に置かれている重厚なオーク材の家具は、この部族の栄華を語るが、人間に知られることのない、忘れられた物語のように佇み、風の唸りが遠くから響き、孤独の深淵を思わせる。
族長の部屋は、族長自身が使っているであろう長剣や盾、甲冑などが飾られ、獣人荒野の果てで部族の守りを固める族長の心象風景そのもの、厳しく、孤高で、永遠の闘争を宿した空間のように見受けられた。
「ゲオルグ殿……でしたな」
部屋の奥で窓の外の景色を眺めていた男は、ゲオルグたちのほうへ振り返る。
族長は、獅子人であった。
「帝国の皇子殿ですな。この街を治めているライオネルと申す。よろしくお見知りおきを。この二人を助けて頂き、感謝致します。ささやかながら一席用意させて頂きました。是非、ご一緒に」
族長ライオネルは自らを名乗ると、レジーナとレベッカを人狩りから救ったゲオルグに対して深々と頭を下げる。
ゲオルグたちとライオネルは、今までの経緯やお互いのことについて歓談する。
ライオネルは、獣人二世であった。彼は傭兵上がりで革命戦役の後、帝国へ留学し、共通語と一次産業を学び、街で普及させたことから領主になる。街の住民たちから『族長』と呼ばれ、慕われていた。
ゲオルグは、ライオネルが強面な容姿とは裏腹に高潔な紳士であることに安堵し、尊敬の念を抱く。
獣人荒野の南西の果てから西に進んだ位置にあるこの街は、周囲を平野に囲まれ、平野の西側は巨大洋。平野の南側には森林のある丘陵があり、その先が山脈。山脈を越えた先は、人間の国であるプロヴァン王国であった。
ゲオルグはライオネルに尋ねる。
「プロヴァン王国に支援を頼めないのか?」
ライオネルは苦々しく答える。
「無理だな。プロヴァン王国は、列強カスパニア王国の子分のような国だ。カスパニアの奴隷商人クレファ・ラディッシュという奴がこの辺りの人狩りの元締めなのだよ。プロヴァン王国は、こちら側ではなくクレファ側に協力している」
「なるほどなぁ……」
この辺りの人狩りは、カスパニアの奴隷商人クレファ・ラディッシュの手下で、南のプロヴァン王国から獣人たちを奴隷にするため、この街の周辺に来ているとのことであった。
ゲオルグは再びライオネルに尋ねる。
「すると、この街の近くで人狩りに捕まったエルマの両親も、そのクレファっていう奴隷商人のところに集められていそうだな」
ライオネルもゲオルグの意見に同意する。
「おそらくな。カスパニアは最近、大規模に奴隷を集めているらしい。再び戦争でも始めるつもりなのだろう」
歓談が一段落したところで、ライオネルは話題を変える。
「夕刻にこの屋敷で殿下御一行を歓迎する宴を開きたい。それまで、好きなように街を見て回って下さい。レジーナ、レベッカ。殿下の案内を」
二人は嬉しそうに返事をする。
「判りました!」
ゲオルグたちは、ライオネルの屋敷を後にして、街の中を見物する。
街は、ライオネルの屋敷がある以外は辺境の地方の町といった佇まいであった。
辺境の地であるため、街の周囲を木壁と見張り櫓が取り囲み、さながら砦のような造りであったが、帝都のような大都会とは異なり、通りに沿って店が並び、裏通りや路地に飲み屋などがあった。
皇宮育ちのゲオルグやクラウディア、貴族育ちの仲間にとって、帝都とは異なる辺境の地の街は、馬や牛に曳かせて荒野を開拓する農機具など珍しいもので溢れていた。
ゲオルグたちは、しばらく街内を散策してあちこちの店を覗き、小物を買うなど楽しい時間を過ごした。
楽しい時間はあっという間に過ぎて夕刻になり、ゲオルグたちはライオネルの屋敷に戻る。
ゲオルグたちは屋敷のホールへと案内され、歓迎の宴が催された。
胡椒と岩塩で味を付けて焼いた猪肉、野菜に粉チーズとベーコンを合わせてドレッシングをかけたサラダなど、獣人たちの料理は帝国のそれに比べ簡素であったが、ゲオルグたちは素朴な味の料理を堪能する。
また、ライオネルは、ゲオルグたちの『エルマの両親の救出作戦』への協力を快く引き受けてくれた。
宴席での会食が終わると、ライオネルはゲオルグたちに入浴を勧めてきた。
「殿下。屋敷の大浴場に入浴されると良い。豊穣の女神の祝福を受けた温泉で、心身ともに癒されますぞ」
ゲオルグは快く応じる。
「そうなんだ。『女神さまの祝福を受けた温泉』なんて、御利益がありそうだな」
ライオネルが周囲の獣人の女の子たちに告げる。
「お前たち。殿下が入浴される。お世話するように」
レジーナとレベッカ、そして三人の獣人の女の子は、ライオネルの指示に一礼して答える。
「判りました!」
指示を受けた五人の獣人の女の子たちは、ゲオルグに目を向けると、恍惚とした妖艶な微笑みを浮かべる。
ゲオルグは、獣人の女の子たちの微笑みに、直感的に身の危険を感じて慌てて答える。
「い、いや、ライオネル! オレは入浴するときは、いつも妃と一緒なんだ! だから、彼女たちには遠慮して欲しいんだよな!」
ライオネルは納得したように答える。
「そうか! 殿下には番(妃)たちがいるのだった。これは、気が効かず申し訳ない。番(妃)たちと一緒に入浴して下され」
「えぇ~」
レジーナたちは、ゲオルグと一緒に入浴できなくなって残念そうな顔をするが、ライオネルから言われたとおりにゲオルグたちを大浴場へと案内する。




