第二十二話 尊厳と難民政策
クレメンスたちが立ち去り、クラウディアは胸をなでおろした。
「ふぅ……あの人たち、行ったみたいね」
クラウディアはそう口にすると、構えていたレイピアを腰の鞘にしまう。
「もう大丈夫だ」
ゲオルグは、自分に抱き付いているゾフィーに優しく告げると、左手でゾフィーの頭を撫でる。
泣き止んだゾフィーは我に返り、ゲオルグの腕の中からその顔を見上げる。
「申し訳ありません。……キス……してしまいました」
そう口にすると、ゾフィーはゲオルグとのファーストキスの感触を確かめるように右手の人差し指と中指で自分の唇に触れる。
「オレは良いけど……ゾフィー、初めてだろ?」
ゾフィーは照れて赤くなりながら無言でうなずく。
「そろそろ……」
ゲオルグは気まずそうにそう告げると、ゾフィーをゆっくりと腕の中から離した。
「……?」
一呼吸の間、ゲオルグの目が泳いでいたが、やがて下を向く。
ゾフィーはゲオルグの意図が理解できず、小首を傾げてその顔を見つめる。そして、ゲオルグの目線の先を目で追う。
ゲオルグが見つめていたもの。
それは、露になっていたゾフィーの下半身であった。
ゲオルグは意識してそこから目を逸らそうとしていたものの、思春期のゲオルグの目は目の前にあるゾフィーのそこに釘付けになっていた。
ゾフィーは羞恥のあまり、顔だけでなく耳まで赤く染めながら、慌てて両手で自分の下半身を隠すと、膝まで下ろされていた下着とズボンをたくし上げて衣服を直す。
ゲオルグは、気まずそうにゾフィーに謝罪する。
「その……ごめん……つい……」
ゾフィーは、赤面したまま恥ずかしそうに上目遣いにゲオルグに答える。
「いえ……良いんです。ゲオルグ様でしたら……お見せしても……」
クラウディアは、二人のやり取りを見ていて口を挟む。
「ゲオルグ! いつまで乳繰り合っているの!?」
クラウディアの言葉を受けて、ゲオルグとゾフィーはバツが悪そうに少し離れた。
クラウディアがふと目を向けると、オズワルドとマティスが二人で顔を突き合わせながら、互いに財布の中身を確認していた。
頭の回転の速いクラウディアは、二人が何をしているのかピンときて、したり顔で告げる。
「ちょっと、二人とも! こんな時にお金を数えてるなんて! ……は、はぁ~ん、二人とも。難民の女の子をお金で買って、えっちの相手をさせるつもりなんでしょ!?」
図星であった。
目論見を言い当てられたオズワルドとマティスの悪友二人は、ギクリとして激しく動揺する。
「ち、ちがうって!」
「『今、いくらあるかな』と思って、調べただけだって!」
ゲオルグは、呆れ顔で悪友二人に告げる。
「おまえら……なに、やってんだよ……」
班の女の子たちは、悪友二人に軽蔑のまなざしを向ける。
ゾフィーは、悪友二人を批判する。
「呆れました! クレメンスと同じケダモノですね!」
エミリアは口を開く。
「あんなことがあったのに、あの人と同じことをしようなんて……」
カタリナが呟く。
「信じられない……」
カタリナが続く。
「最低ー!」
女の子たちからの軽蔑のまなざしに耐え切れなくなった悪友二人は、謝罪の言葉を口にして落ち込む。
「うっ。……ごめんなさい」
その時、不意に倉庫の片隅から咳き込む声が聞こえてくる。
「ケホッ! ケホッ!」
クレメンスに口の中に出され、吐いていた難民の女の子であった。
クラウディアと三人の女の子は難民の女の子の元に行き、声を掛ける。
「貴女、大丈夫?」
エミリアは、クラウディアに続いて声を掛ける。
「私が回復魔法を掛けましょうか?」
難民の女の子はエミリアに答える。
「いえ……大丈夫です」
カタリナは、難民の女の子の背中をさすりながら声を掛ける。
「こんなに吐いて……本当に大丈夫?」
エリーゼがカタリナに続いて尋ねる。
「貴女、お名前は? 教えてくださる?」
難民の女の子は立ち上がると、二人に礼を言い、自分の名前を答える。
「ありがとう、大丈夫です。私はイルマ」
「イルマね。私はクラウディア・フォン・アーレンベルク」
クラウディアが自己紹介すると、三人の女の子たちはイルマに自己紹介していく。
「私は、エミリア・フォン・アルスバッハ」
「カタリナ・フォン・ホーエンロイベン」
「エリーゼ・フォン・ビルンバウム」
クラウディアは、エリーゼの後に続いて、少し離れたところにいるゲオルグたちを紹介していく。
「向こうの太っている男の子がオズワルド・フォン・レーヴァークーゼン。背の低い男の子がマティス・フォン・シュタインフルト。赤い髪の女の子がゾフィー・ゲキックス。そして……」
クラウディアは少しトーンを挙げて紹介する。
「その隣にいる金髪の男の子が、ゲオルグ・ヘーゲル・フォン・バレンシュテット! バレンシュテット帝国第四皇子よ!」
イルマは驚いた顔でゲオルグたちを見る。
「て、帝国の皇子様!? それに……皆さん、帝国の貴族なのですか!?」
「そうよ!」
クラウディアが誇らしげに自分たちの身分を答えると、クレメンスと同じ『貴族』と聞いてイルマは顔色を変える。
「貴族ということは……私を……蔑んでいるのですか?」
想像していなかった答えに、クラウディアは慌てて答える。
「そんなことは……」
クラウディアがそこまで口にすると、ゾフィーがイルマに歩み寄りながら厳しい口調で詰問する。
「蔑まれて当然です! なぜ、クレメンスのような男に身体を売るようなことを!?」
クラウディアは、イルマを詰問するゾフィーを左手を伸ばして制止すると、優しい口調でイルマに聞き直す。
「難民でも、ここには住むところも、食べる物もあるんでしょ? 吐くほど気持ち悪いなら、なにも、あんなことをしなくても……」
イルマは、目に涙を浮かべながら反論する。
「それじゃ、どうしたら、こんな暮らしから抜け出せるのですか!? 遠い外国で、乞食のように食べ物を恵んで貰って、家畜のように囲われて! ……人狩りに村を焼かれ、家族散り散りになって、獣人や妖魔から逃げながら、ようやくここまで逃げて来たのに。……帝国本土には、私たちは入れません。いったい、いつまでここで、こんな惨めな暮らしを……ううううっ……」
そう言うと、イルマはその場で泣き崩れた。
ゲオルグたちは、イルマの言葉に衝撃を受け、返す言葉を失ってしまう。
バレンシュテット帝国は、周辺地域からの難民を受け入れていたが、帝国本土には難民を立ち入りさせることはせず、辺境に難民収容施設を作ってそこに難民を集めて収容、辺境に新たに建設した開拓農場に開拓民として入植させ定住させていた。
帝国本土に難民を流入させると、低賃金の労働力となって帝国民の仕事を奪い、帝国本土の治安悪化と政情不安を引き起こすためであった。
難民は、辺境に新たに建設した開拓農場に開拓民として入植し定住することで、バレンシュテット帝国に臣民として帰化することができた。




