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第二話 盗んだ戦車で走り出す!(一)

 夏の暑い日。ゲオルグの部屋。


 この日。家庭教師などの予定も無いため、ゲオルグは朝寝坊気味にぐっすりと眠っていた。


「ゲオルグ! ゲオルグ!」


「お兄様、起きて!」


 自分のベッドで眠っていたゲオルグは、聞き慣れた二人の女の子の声で目が覚める。


 ベッドの脇にいたのは、クラウディアとシャロンであった。


「なんだよ。お前ら。朝から……」


 ゲオルグは、目をこすりながら上半身を起こして二人に答える。


 シャロンは、上半身を起こしたゲオルグの膝の上に絵を広げて、それを指差しながら口を開く。


「お兄様、見て! 海よ!」  


 ゲオルグは、シャロンが指差す絵に目を向けると、青い海と白い砂浜が描かれていた。


 ゲオルグは、興味無さそうに答える。


「ああ。海だな」


 すかさずクラウディアがゲオルグに告げる。


「ゲオルグ、海に行きましょう!」


「は?」


 突拍子もないクラウディアの提案に、ゲオルグの声が裏返る。


 シャロンは、上目遣いにゲオルグを見つめながら、甘えるように口を開く。


「お兄様。シャロンは『白い砂浜』って、見たことがないの。海に連れて行って~」


 ゲオルグ自身は、過去に何度も海に行ったことがあり、海に対して特に興味や関心はなかった。


 ゲオルグは、面倒くさそうに答える。


「海なんて。クラウディアと二人で行ってこいよ」


 クラウディアは両手を腰に当てると、叱りつけるようにゲオルグに告げる。


「何、言っているの! 女の子だけで外出させるつもり? 騎士(ナイト)は、淑女(レディー)をエスコートするものでしょ!」


「お前も騎士(ナイト)だろ? クラウディア」 


 グラウディアは、『想いを寄せる相手にエスコートしてもらい、海に連れて行って欲しい』という自分の乙女心を微塵も察しないゲオルグに対して怒り出す。


「んんんんんもぅ! 私は淑女(レディー)よ! 騎士(ナイト)の貴方にエスコートして欲しいの!」


 そう言うと、クラウディアは両手でゲオルグの頬をつねり、左右に引っ張る。


「イテテテ、つねるな! 引っ張るな! 判った! 判ったよ!」


「やったぁ!」


 ゲオルグが二人を海に連れて行くことを承服すると、クラウディアはゲオルグをつねることをやめ、傍らにいるシャロンと互いの両手の掌を合わせて喜ぶ。


 ゲオルグは、喜ぶ二人に渋々、告げる。


「着替えるから、外で待ってろよ」


「判った! 玄関前にいるから!」


 クラウディアは明るい声でそう答えると、シャロンを連れて部屋から出て行った。






 ゲオルグは鏡の前で着替え始め、考え事をしながら呟く。


「まったく。なんだよ。あいつら……」


 ゲオルグとしては、女の子二人から、いいようにやりこめられて面白くなかった。


 同い年のクラウディアはともかく、シャロンに至っては年下の妹であり、男のプライドが傷つく。


 着替えをしていたゲオルグは、海へ出掛けるに当たって、問題があることに気付く。


(しまった! 昨日、マルスにブラッシングしてないぞ!?)


 ゲオルグの愛馬マルスは、遠掛けする時には出かける前日にブラッシングしてやらないと、『身だしなみも整えずに外へ出掛けるつもりか』と言わんばかりに、ヘソを曲げてしまうのであった。


 ゲオルグは、ヘソを曲げたマルスが見知らぬ通行人に噛み付いたり、蹴ったりしないか、心配になってくる。


(参ったな……)


 着替えを終えたゲオルグが、鏡の前で悩みながら髪型をセットして確認していると、ふと、窓の外に目が向く。


「お!?」


 ゲオルグの部屋の窓の外にある中庭の石畳の通路を、皇宮警護軍(インペリアル・ガード)蒸気戦車(スチーム・タンク)が通り過ぎていく。


 蒸気戦車(スチーム・タンク)の砲塔のハッチを開けて上半身を出していたのは、皇宮警護軍(インペリアル・ガード)団長のミランダであった。


 ゲオルグは窓に両手を当てると、驚きを口にする。


「すげぇ! 新型の蒸気戦車(スチーム・タンク)じゃん!」


 そして、『ある事』を閃く。


(そうだ! アレだ!)


 ゲオルグは髪型のセットを切り上げると、足早に部屋を出て、中庭を走る皇宮警護軍(インペリアル・ガード)蒸気戦車(スチーム・タンク)を走って追い掛けていく。






 ゲオルグは外に出て蒸気戦車(スチーム・タンク)の後を追い掛けると、蒸気戦車(スチーム・タンク)は皇宮の敷地内の皇宮警護軍(インペリアル・ガード)の詰め所前で停車しており、乗っていたミランダは少し離れたところで皇宮の執事長であるパーシヴァルと話し込んでいた。


 パーシヴァルは、長身で白髪をオールバックに決めた眼光の鋭い、元帝国軍高官であり、軍を定年退職した後、ゲオルグの母ナナイの実家であるルードシュタット家で執事長をしていたが、ナナイの結婚を機に皇宮の執事長になっていた。


 パーシヴァルは、規律や服装の乱れ、身だしなみに厳しく、口うるさくて説教が長いことから、ゲオルグの兄妹たちから恐れられていた。


 ゲオルグは、こっそりと蒸気戦車(スチーム・タンク)に忍び寄ると運転席に乗り込み、運転席周辺を見回した。


 ゲオルグは計器盤に目を向ける。速度計はゼロを指していたが、回転計は、指針がゆっくりと上下に動いていた。


「すげぇ! 魔導発動機(エンジン)が動いてる……いけるぞ!」


 ゲオルグは、運転席のハッチを開けて顔を出すと、話し込んでいる二人に声を掛ける。


「ミランダ! ちょーっと、借りるぜぇ!」


 パーシヴァルと話し込んでいたミランダは、驚いた表情でゲオルグの方を振り向く。


「殿下!? いけません!」

 

 パーシヴァルも驚いた顔を浮かべる。


「ああっ!?」


 次の瞬間、ゲオルグは運転席のハッチを閉め、クラッチを繋いでアクセル・ペダルを踏み込み、蒸気戦車(スチーム・タンク)を走らせる。


 ミランダとパーシヴァルが追い掛けてきたが、蒸気戦車(スチーム・タンク)は車両後部にある二本の煙突から白い蒸気を噴き上げて加速し、二人を振り切る。 






 ゲオルグは、クラウディアとシャロンがいるところまで蒸気戦車(スチーム・タンク)を走らせると、二人の前で一時停止させ、運転席から身を乗り出して告げる。


「クラウディア! シャロン! 二人とも、行くぞ! 乗れ!」


 シャロンは、初めて見る蒸気戦車(スチーム・タンク)に目を輝かせる。


「お兄様、カッコイイ!」


 クラウディアも驚きを隠せず、目を見開いてゲオルグに尋ねる。


「ちょっと、ゲオルグ!? この蒸気戦車(スチーム・タンク)、どうしたの?」  


 ゲオルグは、勝ち誇った顔で右手で髪をかき上げると決めポーズを取り、クラウディアに告げる。


「フッ……オレの愛車さ!」


「ええっ!?」


「早く乗れよ!」


 クラウディアとシャロンは、蒸気戦車(スチーム・タンク)に乗ると、シャロンが砲手席に座り、クラウディアは車長席に座る。





 蒸気戦車(スチーム・タンク)の後方から叫び声が聞こえてくる。


「殿下ぁあああ! ぬぁりません! ぬぁりませんぞぉおおお!」


 ゲオルグが声がした方向へ顔を向けると、声の主はパーシヴァルであった。


 パーシヴァルは、白手袋をはめた両手の指を伸ばして揃え、直角に曲げた両腕を激しく前後に動かし、真っ赤な顔で憤怒の表情を浮かべ、燕尾服をなびかせながら前傾姿勢で全力疾走していた。


 その様子は、さながら『最高速を保ちながらドリフト走行でカーブを曲がる二足歩行式の蒸気戦車(スチーム・タンク)』であった。


「やっべぇ、パーシヴァルだ! 捕まると説教が長げぇんだよなぁ……」


 ゲオルグは、老人とは思えないパーシヴァルの迫力と健脚ぶりを目の当たりにし、運転席から乗り出していた上半身を慌てて車内に引っ込め、蒸気戦車(スチーム・タンク)を走り出させる。


 再び、蒸気戦車(スチーム・タンク)は、車両後部にある二本の煙突から白い蒸気を噴き上げて加速し、パーシヴァルの猛追を振り切って走っていく。


 ゲオルグが操縦する蒸気戦車(スチーム・タンク)は中庭の通路を通り抜け、あり得ない事態に唖然とした顔で門番に立つ警備兵の間を抜けて城門をくぐり、皇宮の外へ出ると、海のある南の方角へ進んでいった。


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