第十四話 大型輸送飛空艇と部屋割り
三日後。
出発日当日。
準備学校の学生たちは、獣人荒野には帝国軍の大型輸送飛空艇に乗船して向かうのだが、準備学校は皇宮に近く、皇宮周辺は飛行制限区域であり、ゲオルグたち準備学校の生徒が帝都近郊の帝国軍飛行場へ出向くこととなった。
ゲオルグたちは、準備学校から四人乗り馬車に分乗して帝都近郊にある帝国軍飛行場へ向かう。
一台目の馬車にはゲオルグとクラウディア、ゾフィー、エミリアが乗り、二台目の馬車には、ゲオルグの悪友二人、オズワルドとマティス、カタリナとエリーゼが乗っていた。
エミリアは、めったに話す機会のないゲオルグと相席できたことを喜び、ゲオルグに話しかける。
「ゲオルグ様。ゲオルグ様は、獣人や妖魔のいる獣人荒野に行くことが怖くないのですか?」
ゲオルグは、自信満々に当然と言わんばかりに答える。
「フッ……オレは冒険者志望なんだぜ? 獣人荒野を探検できるなんて、楽しみだよ!」
エミリアは、口元に手を当て軽く驚いて見せる。
「まぁ! ゲオルグ様は勇敢なのですね」
女の子から褒められ、ゲオルグは得意げに答える。
「フフ……まぁな!」
クラウディアは得意げなゲオルグを諭す。
「ゲオルグ。『探検』じゃなくて『奉仕活動』よ!」
「判っているって! 獣人や妖魔から難民を守って戦うからよ!」
エミリアが続ける。
「ゲオルグ様。私たちもゲオルグ様のお役に立ちたいと思いまして、カタリナとエリーゼと相談して巻物を買ってきました。一応、私が回復担当で、カタリナが攻撃担当、エリーゼが召喚担当です」
巻物とは、魔法職ではなくても第一位階魔法が使用できる羊皮紙の巻物で、街の魔道具店で簡単に購入することができた。
エミリアの予想外の言葉にゲオルグたちは驚く。
「おぉ!?」
「巻物を!?」
「考えましたね!」
エミリアは真剣な顔で答える。
「私たちは基本職にも就いておりませんが、この巻物を使えば魔法が使えます。きっと、ゲオルグ様のお役に立てると思います」
貴族令嬢たちは、彼女たちなりに『ゲオルグの役に立ちたい』と考えていた。
悪友二人は、ここぞとばかりにカタリナとエリーゼにアプローチするが、彼女たちから相手にされていなかった。
やがて、ゲオルグたちの視界に飛行場に停泊している大型輸送飛空艇の姿が見えてくる。
大型輸送飛空艇は、その巨大な船体を飛行場に留め、バレンシュテット帝国が誇る飛行艦隊の威容を醸し出していた。
馬車の窓から大型輸送飛空艇を見詰めたまま、クラウディアは呟く。
「凄い……」
ゲオルグもクラウディアに続く。
「ああ。すげぇ!」
エミリアも二人に続く。
「こんな大きな艦が空を飛ぶのですね・・・」
ゾフィーはしたり顔で解説を始める。
「帝国東部方面軍に所属する大型輸送飛空艇ですね。基本的に帝国の飛行艦隊の多くは帝国東部方面軍所属しているので」
馬車がタラップの前で止まるとゲオルグたちは足早に馬車から降り、下士官の案内でタラップを昇る。
ゾフィーは、タラップを昇りながら艦舷を見て口を開く。
「この艦、兵員輸送用ですね。物資輸送用なら船窓はこんなに多くありませんから」
ゲオルグはゾフィーの解説に感心する。
「そうなんだ。ゾフィーは色々と詳しいんだね」
ゲオルグから褒められ、ゾフィーは少し照れたように答える。
「姉は皇太子殿下の正妃だけでなく副官として帝国軍におりますので」
「そうか! ソフィア様は、兄上の副官もしていたんだったな」
「そのとおりです!」
姉ソフィアに話題が及ぶと、ゾフィーは誇らしげであった。
ゲオルグたちは艦内の居住区画に案内され、下士官から部屋と部屋割りを告げられる。
大型輸送飛空艇の艦内は、兵員輸送用に広大な居住区画内に無数の部屋が設けられていた。
食堂やラウンジ、浴室やトイレなどは共用であり、割り当てられた部屋は二人部屋であった。
下士官から部屋割りを告げられたゾフィーは血相を変えて、ゲオルグに続いて部屋に入ろうとするクラウディアの元に詰め寄る。
「クラウディア様! なんですか、この部屋割りは!?」
ゾフィーは部屋割りが気に入らず、クラウディアに食って掛かる。
「『男同士』『女同士』の相部屋で、オズワルド様とマティス様、私とエミリア様、カタリナ様とエリーゼ様が相部屋なのは判ります! ですが! なぜ、ゲオルグ様と貴女が相部屋なのですか!?」
クラウディアは、詰め寄ってきたゾフィーに悪びれた素振りも見せずに答える。
「班長のゲオルグと副班長の私。帝国軍が決めた部屋割りじゃない?」
ゾフィーは、尚も納得がいかず文句を言う。
「納得できません!」
怒るゾフィーに対して、クラウディアは余裕のある笑みを見せて答える。
「別に変わってあげても良いけど。貴女にはできないでしょ? こう……するの」
クラウディアは恥じらいから頬を染めながら、ゾフィーに口に含む仕草をして見せる。
無論、クラウディア自身もしたことは無いが、ゾフィーに対する虚勢であった。
「なっ……!?」
怒りをあらわにしていたゾフィーだが、クラウディアの仕草を見て驚き、見る見るうちに赤面して俯く。
「……できません」
ゾフィーは俯いたまま悔しそうに呟くと踵を返して自分の部屋へ向かって去って行った。
ゾフィーを見送ったクラウディアは、自分の部屋に入る。
部屋では、先に部屋に入ったゲオルグが靴を脱いでベッドに横になり、読書をしながら寛いでいた。
ゲオルグはベッドに寝ころんで、獣人荒野について書かれた本を読みながら部屋に入ってきたクラウディアに声を掛ける。
「クラウディア。遅かったな」
「ちょっとね」
クラウディアは、ゲオルグが寝転がるベッドに腰を掛けると、仰向けに寝転がっているゲオルグの額にキスする。
突然のキスにゲオルグは驚く。
「突然、どうしたんだ!?」
クラウディアは微笑みながら答える。
「……自分にご褒美。うふふ」
クラウディアは、獣人荒野へ移動する際に大型輸送飛空艇で移動することを知り、あらかじめ自分の班の部屋割り案を準備学校に提出し、帝国軍に手配していたのであった。