第十二話 高貴たる者の義務
-翌日。
ゲオルグたちが登校すると廊下に張り紙がしてあり、生徒たちが集まって張り紙の内容を読んで騒いでいた。
クラウディアは、張り紙の前に歩きながら口を開く。
「張り紙? なんの知らせ?」
ゾフィーは、張り紙に書かれている内容を読み上げる。
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告 示
我がバレンシュテット帝国の将来を担う貴族子弟子女の諸君。
諸君らが帝国が置かれている現状と臣民の暮らしぶりを知り、後の領地経営や統治、施政を効果的に実施する術を会得するため、準備学校生徒は、帝国辺境の難民収容施設での奉仕活動に従事するように。
これは帝国と臣民に対する『高貴たる者の義務』である。
以上、皇帝陛下より賜ったお言葉を伝える。
準備学校の生徒は、三日後、帝国軍の輸送飛空艇で帝国辺境の難民収容施設へ赴いて奉仕活動に従事するため、長期宿泊の準備をするように。
学長より
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ゾフィーは、驚いたようにゲオルグたちに告げる。
「皇帝陛下からのお言葉ですよ!」
クラウディアも驚きを口にする。
「『帝国辺境の難民収容施設で奉仕活動に従事』って!? 私たち、辺境に行くの!?」
ゲオルグは、張り紙の文章を読み直すと、苦笑いして右手で自分の後頭部を掻きながら呟く。
「なんというか……『現地に行って、現場を知れ』ってことか。いかにも父上が言いそうだ」
悪友の一人、オズワルドが口を開く。
「帝国辺境って、危険な地域じゃないのか!?」
マティスがオズワルドに追従する。
「帝国辺境はどこも危険地帯だろ。特に東部は、鼠人が侵攻してきてトラキア戦役があったばかりだし」
ゲオルグたちが立ち話をしていると、クレメンスが大勢の手下をゾロゾロと連れてやってくる。
廊下に掲示されている張り紙を読んだクレメンスは、露骨に不満を口にする。
「『帝国辺境の難民収容施設で奉仕活動に従事』!? 我ら栄えある帝国貴族に、下賤な難民どもの世話をしろと!? 下々の者たちがする事ではないか! くっ……陛下は、いったい、何をお考えか!」
取り巻きの一人が事情を知っている風に口を開く。
「行き先は、どうやら、南方の辺境らしいです」
別の取り巻きが口を開く。
「南方!? なら、獣人荒野!?」
他の取り巻きたちが騒ぎ出す。
「獣人荒野だと……?」
「あり得ない! 人喰いの獣人たちがうろつく未開の地だ……」
「そんなところに我ら帝国貴族を行かせるなど……」
クレメンスたち上級貴族の子弟たちが騒ぎ出すのも無理はなかった。
獣人荒野。
帝都ハーヴェルベルクの南にある入り江状の湾の対岸に広がる獣人たちが活動する荒野である。
革命政府は、奴隷貿易の原資として獣人たちを捕らえて奴隷として売っていたため、獣人たちと敵対し、革命軍を獣人荒野に送り込んで激しく争っていた。
しかし、革命戦役によって革命政府は倒れ、皇帝ラインハルトが即位。
皇帝ラインハルトは『帝国種族融和政策』を打ち出し、獣人を含む亜人種たちに帝国臣民の人間と同じ権利と義務を与え、獣人荒野を帝国領に併合する。
それまで、獣人荒野は、どこの国の施政権も及ばない『無主の空白地』であった。
皇帝ラインハルトは、獣人たちの子供を学校に通わせて言葉や文字、数字を教えて帝国臣民として教育する一方、獣人荒野に定住者入植用の開拓農場を次々と建設し、獣人たちや帝国へ逃げてきた難民を入植者として定住を促していた。
『帝国種族融和政策』に対する獣人たちの反応は、二手に分かれていた。
人間に近い亜人種、獣人二世や三世、エルフやドワーフ、蜥蜴人などは『帝国種族融和政策』を受け入れて帝国に帰順する一方、獣に近い獣人一世や魔神たちに由来する妖魔たちは拒絶して帝国政府に反旗を翻していた。