第十話 風紀委員の護衛
-翌日、昼休み。
屋上にいるゲオルグたちの元に再びゾフィーがやってくる。
ゾフィーは、ゲオルグの前で直立不動の姿勢を取ると、畏まりながら告げる。
「ゲオルグ様」
「んん?」
「私、現状を鑑み、いささか方針を変えたいと思います」
「『方針を変える』って? 風紀委員を辞めるのか?」
「いいえ。これより、私は、風紀委員として、ゲキックス伯爵家の者として、帝国第四皇子であらせられるゲオルグ様を護衛させていただきます」
「は?」
ゾフィーの言葉を聞いたゲオルグが驚いて素っ頓狂な声を上げると、すかさずクラウディアがゲオルグの傍らで小声で呟く。
「素直に『仲間に入れて欲しい』って言えばいいのに……」
クラウディアの呟きにゾフィーが反論する。
「仲間ではありません! 護衛です! 護衛! ゲオルグ様に『わるぅ~い虫』がつかないように護衛させていただきます!」
ゾフィーはそう言いながら、クラウディアの顔に自分の顔を近づける。
クラウディアは引きつった笑顔を浮かべると、負けじとゾフィーに言い返す。
「私には貴女がゲオルグに近づく『わるぅ〜い虫』に見えるけど?」
ゾフィーも引きつった笑顔を浮かべると、クラウディアに反論する。
「それは見解の相違ですね。でも、貴女が『ゲオルグ様の第二妃になりたい』というのなら、許してあげても良いですよ」
「まさに見解の相違ね。何なら、どちらが正妃にふさわしいか、騎士の私と勝負してみる?」
「偶然ですね。私も騎士です。負けませんよ?」
「お姉様は竜騎士なのに、貴女は騎士止まりなのね。ふぅ〜ん」
「私は騎士ですが、飛竜に乗れます。ゲオルグ様の護衛を務めるには充分です」
ゲオルグは、互いに引きつった笑顔を浮かべながら目の前で張り合う二人の間に入って仲裁する。
「判ったから、二人とも! 張り合うなよ! クラウディア、落ち着け! ゾフィーも、クラウディアを煽るなよ!」
仲裁に入ったゲオルグにクラウディアが文句を言う。
「『判った』って…ゲオルグ! 護衛させるの!?」
「護衛するくらい、良いだろ」
クラウディアがむくれたようにそっぽを向くと、ゾフィーはゲオルグに頭を下げる。
「お許しいただき、ありがとうございます」
クラウディアとしては、ゲオルグにゾフィーによる護衛を断って欲しかったが、ゲオルグの立場上、『憧れの義姉の妹』からの護衛の申し入れは、断り難いものであった。
悪友二人が三人のやり取りを見て、ゲオルグに絡み始める。
「ゲオルグ! お前ばかりモテやがって!」
「オレたちにも紹介しろよ!」
「判ったよ!」
ゲオルグは、悪友二人をゾフィーを紹介する。
「ゾフィー。こっちは、オレの友人のマティス。それと、こっちがオズワルドだ。よろしくな」
『これ幸い』と、ゲオルグから紹介されたオズワルドは、マティスを押し退けてゾフィーの前に歩み出ると、格好つけて仰々しく挨拶する。
「オズワルド・フォン・レーヴァークーゼン。レーヴァークーゼン侯爵家の次男です。高名なゲキックス家の御令嬢とお近づきになれて光栄です。ゾフィー嬢。是非、この私めと、清く正しい交際を……」
ゾフィーは、目鼻立ちのはっきりした気の強そうな顔立ちで、薄く化粧をして『大人の女性』を装っているものの、ソフィアを少し幼くした感じの美人であり、三年後には背も伸びてソフィアにそっくりな美人になると思われた。
ゾフィーは目の前で格好をつけるオズワルドを一瞥すると大きくため息を吐き、『やれやれ』といった具合に首を左右に振り、口を開く。
「ポカンと開いた口、締まりのない顔、見るからにプヨプヨした身体。帝国貴族の男子なのですから、少しは鍛えられたらどうです? ……私と腕相撲で勝負して勝てたら、デートくらいはしてあげますよ」
「よし! その勝負、受けた! ゲオルグ、審判を頼むよ!」
オズワルドは、勝利を確信して喜びながらゾフィーとの腕相撲の勝負を受けると、屋上の木箱の上で肘をついて対峙するゾフィーの手を握る。
ゲオルグは二人の手の上に右手を乗せると、二人に告げる。
「二人とも、良いか? ……始め!」
パタン!
ゲオルグが号令を発して二人の手の上から右手を離すと、ゾフィーは一瞬にしてオズワルドの手を木箱の上に押し倒した。
勝負は一瞬で決着が付き、ゾフィーは呆れたようにオズワルドに告げる。
「……弱過ぎますね。私のような『か弱い乙女』に腕力で負けて、どうするのですか」
「ううっ……」
勝負に負けて凹んでいるオズワルドを押しのけて、マティスがゾフィーの前に出て名乗りを上げる。
「マティス・フォン・シュタインフルト。シュタインフルト侯爵家三男。ゾフィー嬢。私めと、お付き合い願いたい……」
マティスは小柄な男で、ゾフィーよりも背が低かった。
ゾフィーは一歩前に出ると、自分の前で名乗りを上げて交際を申し込んでくるマティスを、侮蔑した目線で見下ろしながら告げる。
「……私に勝てたら、デートくらいはしてあげますよ。……体術で良いですか」
「よぉし! 受けるぞ! ゲオルグ、審判を頼む!」
「ああ」
マティスとゾフィーが互いに半身に構えて対峙すると、二人から少し離れた位置にゲオルグが立つ。
「二人とも、良いか? ……始め!」
ゾフィーは、ゲオルグの号令で一気に間合いを詰め、マティスのお尻の下、両太腿の付け根に右脚の太腿を当てると、半身に構えていたマティスの胸に右ひじを当てて押し、一気にマティスを後ろに倒した。
「ぐはっ!?」
マティスは、後ろへ倒れた際に背中を床に打ちつけ、嗚咽を漏らす。
ゾフィーは、床の上に転がるマティスを見下ろしながら口を開く。
「……弱過ぎますね……か弱い乙女の私よりも。ともかく……少しは鍛えたほうが良いですよ」
ゲオルグは、床の上に転がるマティスを起こしながらゾフィーを褒める。
「ゾフィー。君、強いんだな」
「ありがとうございます」
ゲオルグから褒められたゾフィーが照れながら答えると、マティスを起こしたゲオルグが口を開く。
「さて。今日の午後は授業が無いから、みんなで購買に寄って、そろそろ帰ろうぜ。……クラウディア、何が飲みたい?」
ゲオルグは、むくれてそっぽを向いているクラウディアに声を掛けると、クラウディアは、そっぽを向いたままゲオルグに答える。
「……レモンティー」
「判った、奢るよ。皆で購買に行こうぜ」
ゲオルグたちは屋上から階段で購買のある一階へと降りていく。
廊下では、ゲオルグを先頭に、ゲオルグの右後方にクラウディアが歩き、反対側の左後方をゾフィーが歩く。その後ろを悪友二人が付いて歩いていた。
ゲオルグたちと歩いていて、クラウディアは気が付く。
廊下ですれ違う者たちが、ゲオルグたちを避けるように左右に分かれ、会釈し始めていた。
ゲオルグも悪友二人も、気付いていないが、ゾフィーは気付いたようで、誇らしげに歩いていた。
廊下ですれ違う者たちの目には、クラウディアとゾフィーの二人を連れて歩くゲオルグの姿が、二人の妃ソフィアとアストリッドを連れて歩く皇太子ジークの姿を想起させていたのであった。
(ゲオルグは……皇子。私とは身分が違う……)
改めてクラウディアは、ゲオルグは皇子なのだと認識する。