第一話 厨二病の第四皇子、只今参上!!
始原の炎ありき。
創造主は、始原の炎から世界を造り、神々と対になる魔神達を造り給う。
始原の炎、残りは金鱗の竜王となった。
創造主は神々と魔神達に告げる。
「汝らは世界を形造れ」
創造主は金鱗の竜王に告げる。
「汝は世界を調停せよ」
言葉を残し、創造主は去る。
神々は人と亜人、精霊を造って僕とし、魔神達は悪魔と魔獣、妖魔を造って僕とした。
神々と魔神達は、領土を巡って相容れず、創造主の言葉を忘れ、世界を造らずに僕を率いて互いに争う。
争いは幾千年もの間続き、遂に金鱗の竜王がいきり立つ。
金鱗の竜王は、始原の炎を吐いて神々の肉体を滅ぼした。
魔神達は金鱗の竜王を恐れ、悪魔と共に地獄へと通じる地下深い穴に逃げ込む。魔獣は大陸から世界の端へと逃げて行った。
金鱗の竜王は、大陸を自分の領地として眠りに就く。
かくして世界は未完成のまま、アスカニア大陸に人と亜人、精霊と妖魔の時代が到来せり。
-アスカニア大陸創世記 詩編 序章-
暴力革命による動乱を終結させた『革命戦役』から十七年後。
--早朝。
皇宮の一室で端正な顔立ちの少年が下着姿のまま、鏡の前で髪型を整えていた。
そのエメラルドの瞳は、鏡に映る自分の美しい金髪をセットした髪型を見つめつつ、少年は櫛を使って入念に整える。
端正な美形であるにもかかわらず、鏡の前で櫛を片手にポーズを決め、鏡に映る自分の髪型と容姿を眺めながら独り言を呟く。
「よし! 今日も、この髪型で決まり!」
少年の名は、ゲオルグ・ヘーゲル・フォン・バレンシュテット。
皇帝ラインハルトと皇妃ナナイの三男でバレンシュテット帝国の第四皇子であり、今年、成人式を迎える十四歳であった。
ゲオルグが鏡の前で様々なポーズを決めて鏡に映る自分の姿を確認していると、不意に部屋のドアが開けられる。
「ゲオルグ。起きてる~? 遠駆けに行くんでしょ~?」
白いブラウスで襟元に臙脂色のポールタイを結び、ベージュのキュロット(※騎乗ズボン)を着た女の子がゲオルグの部屋に入って来る。
女の子の名は、クラウディア・アーレンベルク。
帝国貴族アーレンベルク伯爵家の令嬢。皇妃ナナイに見出され、幼い頃から『ゲオルグの遊び相手』として帝都内の屋敷から皇宮に通っているゲオルグと同い年の幼馴染の『男装の伯爵令嬢』であった。
クラウディアは、美しい青い瞳を持ち、整った顔立ちに薄く化粧をして大人びて見えるものの、年相応の可愛らしさが残る女の子であった。
綺麗な金髪を結い上げて大きな赤いリボンをつけており、それは彼女のトレードマークとなっていた。
ゲオルグの部屋に入ったクラウディアは、鏡の前に座る下着姿のゲオルグを見るなり、赤面して騒ぎ出す。
「ちょっと、ゲオルグ!? 服着てよ! 淑女に失礼でしょ!」
ゲオルグは、赤面しながら両手で顔を隠して文句を言うクラウディアの方を見ながら、彼女をからかう。
「ノックもしないで入って来て、いきなり、なんだよ? 一緒に風呂に入った仲なのに、なんで今更、恥ずかしがるんだ?」
ゲオルグは、そう言いながら服を着始める。
クラウディアは、赤くなった顔を両手で隠しつつ、指の隙間から答える。
「そんなの、小さい頃の話じゃない!」
服を着終えたゲオルグは、クラウディアに尋ねる。
「シャロンは?」
「廊下で待ってる」
服を着たゲオルグがクラウディアを連れて廊下に出ると、クラウディアと同じ服装をしたゲオルグの一歳年下の妹シャロンが二人を待っていた。
シャロンは、彼女のトレードマークともいえる金髪のツインテールを揺らしながらゲオルグに告げる。
「お兄様、遅い!」
ゲオルグは笑顔を浮かべると、兄妹で一番、仲の良い妹に答える。
「遅くねーよ! ……シャロン、朝御飯は持ったか?」
「うん!」
シャロンは元気よく答え、肩から掛けている鞄を指し示す。前日にメイド長に頼んで用意して貰った食事であった。
「よし! 行くぞ!」
ゲオルグたちは、いつも、この三人で遊んだり出かけたりしていた。
ゲオルグは、クラウディアとシャロンを連れて厩舎へ向かうべく、近道の廊下から皇宮の中庭に出る。
三人が中庭に出ると、ゲオルグの長兄である皇太子ジークフリート(愛称:ジーク)と長姉ミネルバが朝の剣術鍛錬を行っていた。
ゲオルグは十五人兄妹であり、兄妹は長男ジーク、次男アレキサンダー(愛称:アレク)、長女ミネルバ、三男ゲオルグ、次女シャロンの順であった。
ゲオルグは、大きな声で二人に挨拶する。
「おはよう! 兄上! 姉上! トラキアから帰ってきたんだ!?」
ジークとミネルバは剣術鍛錬の手を止めて、笑顔でゲオルグに答える。
「ゲオルグか。おはよう。……早いな」
「おはよう、ゲオルグ」
「うん!」
ジークフリート・ヘーゲル・フォン・バレンシュテット。
ゲオルグの長兄。皇帝ラインハルトと皇妃ナナイの長男であり、バレンシュテット帝国の皇太子。
帝国最年少で上級騎士となり、士官学校を首席、それも飛び級で卒業した長身で容姿端麗な英才であった。
帝国の東部辺境を侵した鼠人を討伐するため、皇帝ラインハルトの名代として帝国軍を率いて出征。帝国領内の鼠人を討伐し、鼠人の本拠地があったトラキア連邦を征服。『帝国を勝利に導いた若き英雄』として帝都に凱旋、ジークは三人の妃と結婚していた。
ゲオルグは、自分を可愛がってくれる帝国の英雄となった一番上の兄を尊敬し、慕っていた。
ミネルバ・ヘーゲル・フォン・バレンシュテット。十五歳。
ゲオルグの姉。皇帝ラインハルトと皇妃ナナイの長女であり、バレンシュテット帝国第三皇女。
母親そっくりの容姿端麗で文武両道の秀才であり、帝都郊外にある上級貴族の子女達が学ぶお嬢様学校に通っている。ジークとミネルバの二人が揃って皇宮にいる時は、いつも二人で早朝から剣術の鍛錬をしているのであった。
クラウディアは、ジークとミネルバに最敬礼で挨拶する。
「おはようございます。両殿下」
ジークは、微笑みながらクラウディアに答える。
「おはよう。クラウディア嬢。私は『弟の恋人』から敬称で呼ばれると気が引けるのだ。名前で呼んでくれ。それと、臣下の礼は不要だ」
「そんな、恋人だなんて……判りました。ジーク様」
クラウディアは、ジークに照れて頬を赤く染めながら答える。
「ふふ。それで良い」
ゲオルグは、自分の傍らでジークに照れながら答えるクラウディアに目を向ける。
帝国の若き英雄である長兄のジークは、帝国中の貴族子女の憧れの的であり、クラウディアがジークに声を掛けられ、照れて頬を染めるのも無理はなかった。
ミネルバは、剣を鞘に納めてジークの隣に並ぶと、ゲオルグ達三人に尋ねる。
「三人とも。こんな朝早くから、どこかに出掛けるの?」
ゲオルグはしたり顔で答える。
「遠駆けだよ。郊外の第五〇六記念公園に行こうと思って。クラウディアも、シャロンも、行ったことが無いんだって」
「朝御飯は?」
「用意して貰った」
そう言うと、ゲオルグはシャロンの方に目線を向け、シャロンは自分が持っている鞄をジークとミネルバに『ここにあるよ』と言わんばかりに両手で持って見せる。
ジークは両腕を組むと、微笑みながら告げる。
「それと……ゲオルグ。母上から聞いたぞ。騎士になったそうだな。おめでとう! よく頑張ったな!」
尊敬しているジークから褒められ、ゲオルグは得意気に答える。
「まぁね! クラウディアと一緒に中堅職試験を受けたら、合格したんだ。さすがに兄上みたいに、いきなり上級騎士になるのは無理だったけど」
ミネルバは驚きの表情を浮かべながら尋ねる。
「二人とも騎士になったの!? 私でさえ、まだ基本職にもなっていないのに?」
ジークは、微笑みながら答える。
「いや。中堅職の騎士でも立派だぞ。二人とも」
クラウディアは照れながら答える。
「ありがとうございます」
ゲオルグは、ジークに声を掛ける。
「兄上! 騎士になった時に、オレの独自の『構え』も考えたんだ」
「ほう? 独自の『構え』を編み出したのか?」
ジークは感心したようにゲオルグに答えると、自分が持っている鍛錬用の剣をゲオルグに手渡す。
ゲオルグは嬉しそうにジークから受け取った剣を鞘ごとベルトに挿す。
「行くぜ!」
ゲオルグは、掛け声と共に右手で柄を握って鞘から剣を抜くと、右の手首で抜いた剣を二回振り回し、左足をジークに向けて前に踏み出す。
そして、左手を人差し指と中指をV字に立ててジークに向けて伸ばし、反対側に右腕を伸ばすと、右肘を曲げて剣の切先をジークに向け、左手の人差し指と中指の延長線上で切先を止めて見せる。
ゲオルグが考案した厨二病全開の『カッコイイ構え』であった。
ジークに自分が考案した『カッコイイ構え』を披露したゲオルグは、得意気にジークに尋ねる。
「どうよ!? 兄上!」
ジークは、可愛がっている弟が一生懸命考えた『カッコイイ構え』を微笑みながら褒める。
「なかなかカッコ良いぞ」
ジークに褒められたゲオルグは、剣を鞘に納めてジークに返すと、得意気に答える。
「だろ!? そうだろ! 兄上!」
ジークに褒められたゲオルグが喜んでいると、女の声が聞こえてくる。
「ジーク様。こちらでしたか」
ゲオルグ達は、声がした方を振り向く。
燃えているような赤い髪をなびかせて颯爽と歩く、帝国軍の上級将校服を着たスタイルの良い美女が現れる。
ジークは、美女に目を向けて呟く。
「ソフィアか」
「はい」
ソフィア・ゲキックス・フォン・バレンシュテット。
つい先日、ジークと結婚した皇太子正妃 兼 副官。
ソフィアは気性の激しい勝ち気な性格で、帝国最年少で竜騎士になり、皇太子ジークと婚約していた筆頭伯爵家であるゲキックス伯爵家の令嬢であった。
ゲオルグにとって、ソフィアは『義理の姉』であり、『憧れの年上お姉さん』であった。
ゲオルグは、ジークの傍らで羊皮紙の報告書を見せながら、ジークと話し込むソフィアの横顔を、ぼーっと見つめる。
(ソフィア様。いつ見ても、綺麗だなぁ……)
ソフィアの横顔を見つめるゲオルグの視点が、思春期の男の子の例に漏れず、顔から次第に下がっていき、スタイルの良いソフィアの身体へと移る。
(すげぇ……やっぱりソフィア様は大人だ)
ゲオルグがソフィアをぼーっと見つめながら様々な想いを巡らせていると、突然、脇腹に鋭い痛みを感じる。
「いってぇ!」
ゲオルグが痛みを感じた脇腹を見ると、クラウディアが頬を膨らませながらゲオルグの脇腹をつねっていた。
「いってぇな、クラウディア! なにするんだよ!?」
クラウディアは、むくれながら答える。
「ゲオルグったら、鼻の下を伸ばして! すごく、だらしない顔でソフィア様を見ているんだから!」
ゲオルグは、呆れたようにクラウディアに告げる。
「妬くなよ。クラウディア」
「妬いてないもん!」
ゲオルグに言い当てられたクラウディアは、ムキになって答える。
そう言ってクラウディアは腕を組むと、ゲオルグからプイとそっぽを向いて呟く。
「……私だって、あと三年もしたら、ソフィア様みたいな美人になるんだから!」
(そうしたら、ゲオルグだって・・・)
クラウディアはそこまで呟くと、横目でチラッとゲオルグの反応を伺う。
クラウディアとゲオルグは幼馴染であったが、二人とも思春期になり、クラウディアはゲオルグを異性として意識し始めていた。そして、密かにゲオルグに想いを寄せていた。
クラウディアが横目で反応をうかがうと、ゲオルグは再び鼻の下を伸ばした、だらしない顔でソフィアを見つめていた。
「んんんもぉっ! ゲオルグったらぁ!」
怒ったクラウディアは、両手でゲオルグの頬をつねって左右に引っ張る。
「イテテテ! クラウディア! 頬をつねったまま、引っ張るなよ!」
二人のやり取りを見た周囲の者達が笑い出す。
ジークは微笑みながら告げる。
「はははは……相変わらず、二人とも仲が良いな」
クラウディアは、呆れたようにゲオルグに告げる。
「ゲオルグ。そろそろ遠駆けに行くわよ!」
「そうだった!」
ゲオルグは、クラウディアの言葉に思い出したかのように、三人で足早に厩舎に歩いていく。
三人とも厩舎に着くと、ゲオルグとシャロンはゲオルグの馬の元に、クラウディアは自分の馬の元に行く。
「マルス。今日も頼むぞ」
ゲオルグは、自分の馬『マルス』に話し掛けて首を撫でる。
「ブルルル・・・」
ゲオルグの言葉にマルスは鼻を鳴らして答える。
ゲオルグの馬『マルス』は、軍馬であった。
厩舎に繋がれている他の『優駿牝馬』とは違い、体格は一回り大きく、脚も太い。
その気性は激しく、見慣れない者が不用意に近づくと容赦無く蹴りを食らわせていた。
厩舎係の者達からは『扱いにくい馬』と嫌われていたが、ゲオルグは軍馬のマルスを気に入って可愛がっていた。
戦となれば、軍馬は馬自身も馬鎧を着け、甲冑を着込み、馬上槍を持った騎士を背に乗せて敵陣に斬り込んでいく。
『戦場』という『道なき道を駆け抜ける』。
それがゲオルグのお気に入りであった。
ゲオルグは、暇を見つけてはマルスの身体にブラシを掛け、時間が合えば自分で餌をあげていた。
マルスも『自分はゲオルグ皇子に仕える騎士だ』と言わんばかりに自分を可愛がってくれるゲオルグに忠実であった。
ゲオルグがマルスの背に鞍を置いて装着すると、マルスは跪く。
普段、ゲオルグは、まだ一人では馬に乗れないシャロンを自分より先にマルスの背に乗せており、マルスはその手順を覚えていたため、跪いたのであった。
跪いたマルスの背にシャロンが乗るとマルスは立ち上がる。次にゲオルグが鐙に足を掛けてシャロンの後ろに乗る。
マルスの背に乗った二人が厩舎を出ると、クラウディアは既に自分の葦毛の馬に乗って二人が出て来るのを待っていた。
「行こう!」
ゲオルグたちとクラウディアは馬を進める。
三人は皇宮の北門から市街地に出るが、まだ朝早い時間帯であるため、大通りは人も馬車もまばらであった。
馬を速歩で歩かせて市街地の大通りを抜けた三人は、市街地の大通りから郊外へ街道を北へと進み、帝都を出て更に街道を北へと進む。
ゲオルグ達は一時間ほど馬を速歩で歩かせ、目的地の公園にたどり着く。
公園の入口の門に建てられた大きな石碑には『第五〇六飛行輸送隊 記念公園』と書かれていた。
三人が門を通って公園の敷地に入り、雑木林の整備された小道を抜けると、巨大な構造物が見えてくる。
「わぁあああ! 凄い!」
初めて目にするガラス張りの巨大な構造物にクラウディアとシャロンは感嘆の声を上げ目を輝かせる。
ガラス張りの巨大な建物の中には、革命戦役時に不時着した帝国軍の飛行船が、その姿のまま保管されていた。
三人が建物の入口まで来ると、ゲオルグが口を開く。
「中に入ってみようぜ」
ゲオルグの言葉にクラウディアは驚く。
「この建物の中に入れるの!?」
したり顔でゲオルグは答える。
「もちろん!」
ゲオルグは、以前、ジークにこの公園に連れてきて貰ったことがあった。
三人は、建物入口近くの街路樹に馬の手綱を繋ぐと、建物の中に入る。
建物は、記念公園の管理事務所も兼ねており、管理人の老婆が出て来て、三人に話し掛ける。
「見学かい? 感心だね。この羊皮紙に名前を書いておくれ」
三人は言われた通り羊皮紙に名前を書いて建物の中に入り、保管されている飛行船の元へと歩いて行く。
飛行船の周囲にはロープが張ってあり、船内には入れないが、不時着した飛行船が展示されている経緯が書かれた説明用看板が展示されていた。
クラウディアが看板の説明文を読み上げる。
「・・・第五〇六飛行輸送隊は、革命戦役の際に無数の対空砲火の中を敵中突破し、皇帝ラインハルト陛下による革命政府討伐を帝都臣民に周知させ、その決起を促した。これにより決起した帝都臣民は、陛下の元で共に革命政府を討伐するに至ったのである。当公園と記念館は、革命戦役における当該部隊の武功と活躍を顕彰し後世に伝えるため、革命戦役の際に逆賊の対空砲火を受けて不時着した当該部隊艦を永久に保存するものである」
軍事大国であったバレンシュテット帝国では、軍や軍人の社会的地位は高く、帝国に功績のあった部隊や軍人は顕彰されていた。
シャロンは、クラウディアが読み上げた説明文を聞いて感嘆し、保管されている飛行船を見上げながらゲオルグに尋ねる。
「凄~い! ねね、ゲオルグ兄様! この艦って、革命戦役の時に戦った艦なの!?」
ゲオルグは、以前、ジークと来た時に教えてもらったことをしたり顔で二人に教える。
「そうさ! この艦は、革命戦役の時に父上と母上をメオス王国の奥地から帝国北部の州都キズナまで運んだ船でもあるんだ!」
クラウディアは、したり顔で歴史講釈するゲオルグに素直に感心する。
「へぇ~。ゲオルグ、さすが男の子だけに詳しいわね」
クラウディアに続いて、シャルロットもゲオルグに尊敬の眼差しを向ける。
「ゲオルグ兄様、物知りなのね!」
「まぁな!」
ゲオルグは、女の子二人に尊敬の眼差しを向けられて上機嫌であった。
不時着した飛行船を眺めながら、その周りを一周した三人は、建物から外に出て入り口近くのベンチに座り、持って来た朝食を食べ始める。
持って来た朝食は、プレッツェル(※パン)とゆで卵、ソーセージにスライスしたトマトであった。
三人が乗って来た馬達も、街路樹の周囲に生えている草をのんびりと食べていた。
一番先に食べ終わったゲオルグは、水筒のミルクティーを一口飲むと、ガラス越しに見える不時着した飛行船を見つめながらクラウディアに話し掛ける。
「なぁ、クラウディア」
クラウディアは、頬張っていたプレッツェルを飲み込んでゲオルグに答える。
「ん? どうしたの?」
飛行船を見つめたまま、ゲオルグが尋ねる。
「オレたちのいる、この『アスカニア大陸』って、どこまで続いているんだろうな」
クラウディアは、興味無さそうに答える。
「知らないわ」
「海の果ては?」
「知らない」
「空の彼方は?」
ゲオルグからの質問に呆れたようにクラウディアが尋ねる。
「知らない……ゲオルグは、なぜ、そんなことを知りたがるの?」
ゲオルグは、クラウディアに真剣な顔を向けて答える。
「オレたちのいる、この世界がどうなっているのか。どこまで続いていて、広がっているのか。知りたいと思わないか?」
真剣に答えるゲオルグに、クラウディアは少し困惑したように口を開く。
「『帝国の外がどうなっているか』なんて、考えたことも無いから……」
クラウディアに限らず、帝国貴族の多くは、皇帝ラインハルトや皇太子ジーク、帝国四魔将たち帝国指導層の意向や、帝国内の貴族派閥の動向、自分達の権益や利権の獲得に注力し懸命であったが、帝国の外の出来事には、ほとんど関心を持たなかった。
まして、クラウディアのような帝国の上級貴族の子女たちは、同世代の上級貴族たちの恋愛事情に夢中であった。
クラウディアに自分の考えを告げるゲオルグの言葉は、次第に熱を帯びていく。
「西にある新大陸も、まだ沿岸部にしか人は入っていない。その奥地は、どうなっているのか、誰も知らないんだ……」
ゲオルグは立ち上がると、ガッツポーズをして目を輝かせながらクラウディアに熱く夢を語る。
「オレは冒険者になって旅に出る! 新大陸を探検して、世界の謎を解き明かしてやるんだ!」
ノリの良いシャロンも一緒にガッツポーズをしてゲオルグに答える。
「シャロンも行く~!」
「おう!」
ノリの良い妹に、ゲオルグは上機嫌で答えると、クラウディアに告げる。
「クラウディアも一緒に行くぞ!」
ゲオルグの突然の言葉に、クラウディアは驚く。
「ええっ!? 私も、その冒険に行くの?」
「おうよ!」
バレンシュテット帝国第四皇子ゲオルグ・ヘーゲル・フォン・バレンシュテットは、冒険者になることを夢見る十四歳、厨二病全開の少年であった。