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野望の終わる日

 ハイケが父であるヴァナール二世に呼び出されたのは、それから更に三日ほど月日が流れてからのことだった。


 今回の追放劇は、父の許可を得ていないハイケの独断専行だった。

 兵士や侍女達に厳重に口封じは行っていたが、アリスの姿が数日も見えなければ、さすがにバレる。

 数日というのは、むしろもった方だろう。


(だが……何も問題はない)


 アリスと婚約破棄して疎遠になった公爵家に代わり、タンネンベルク家を重用すればいいだけの話だ。

 そう軽く考えていたハイケは父の私室に入り、その父の顔を見て……言葉を失った。


 普段から温厚で『慈愛の王』の異名を持つはずのヴァナール二世は――憤怒の形相を浮かべていたからだ。


「ハイケ、貴様――自分が何をしたかわかっているのか!!」


「な、何をと言われても……なんのことでしょうか?」


「アリス嬢に婚約破棄を言い渡し、国外追放したことに決まっている! ふざけているのか、ハイケ!!」


「ひ、ひいっ!?」


 悲鳴を上げたハイケを見たヴァナール二世が、大きな大きなため息を吐く。


「育て方を間違えたのではないかと今まで何度か思うことはあったが……今回は極めつけだ。まさかお前がここまで愚かだったとは……」


「お、愚か!? 俺は何も間違ったことはしておりません! たしかに公爵家との関係が悪化してしまったのは悪いと思っております。ですがその分はタンネンベルク家と近づくことで――」


 口答えをするハイケを見て、再度のため息。

 国王は説得することを諦めた様子で、そのままゆっくりと椅子に腰掛けた。

 そしてごそごそと何かを取り出したかと思うと、机の上に乗せる。


「貴様はこれを知っているか?」


「知っているも何も! もらったことがあります。あの女は、まったくふざけたものばかり作りおって……」


 そこにあったのは――模様こそ違えど間違いなく、つい先日ハイケが投げ捨てたあの『結界のナイトキャップ』だった。

 それを見ると、ハイケの胸のうちから怒りがふつふつと湧き出してくる。

 その様子を見た国王は、顔から表情を消しながら淡々と告げた。


「――金貨百万枚だ」


「……はぁ?」


「この魔道具の値段が、だよ」


「金貨百万枚……金貨百万枚ッ!?」


 何を言われているかわからず頭の中で反芻してから、思考が追いついたハイケが飛び上がる。

 金貨百万枚というのは、とてつもない大金だ。


 ハイケは王太子として何不自由ない生活を送ってはいたものの、最低限の金銭感覚くらいは身につけている。


 金貨百万枚というのは、いくつもの街を持つ領地貴族の税収に匹敵する。

 下級貴族では裕福なことの多い子爵家の中でも、この額を稼いでいる者の数は片手で数えられるほどしかいない。


「アリス嬢はこの魔道具を、我が国に惜しげもなく提供してくれていた。ここ数年、魔境からのモンスターフラッドが起こっていないのを不思議に思ったことはないか? あればすべて、アリス嬢が善意で魔道具を提供してくれていたからなのだよ」


 魔境とは濃密な魔力が満ちる、凶悪な魔物達が巣くう地域だ。

 魔物は成長が早いため、急速にその数を増やしていくことが多い。

 すると増えすぎた魔物達は、新たな生息域を求めて本来の生息地帯を飛び出していく。

 その現象のことを、モンスターフラッドと呼ぶのである。


「馬鹿な……あの奇天烈女の魔道具が、そんな高い効果を持っているはずがない!」


 半狂乱で叫び出すハイケ。

 彼を見る国王の視線は、自分の息子に向けているとは思えぬほどに冷たいものだった。


 たしかに言われてみれば、ここ数年王国では魔物による被害が話題に上ることはなくなっていた。

 それ以前には街や村の壊滅の被害などの話を耳にする機会も少なくなかったというのに。


 だがその減少その理由が自分が追い出した女などという話を、ハイケに信じることができるはずがなかった。


「『結界のナイトキャップ』だけではない! アリス嬢の職人としての腕は本物だ! 彼女が作ってくれた魔道具は王国のインフラを支え、彼女が仕立てた武具によって王国の戦力は大いに向上した!! 国にあれだけの貢献をした彼女を追放するとは……貴様にはほとほと失望したぞ、ハイケッ!!」


「ひ、ひいいいいいっっ!!」


 腰の引けたまま部屋を飛び出していくハイケを見て、ヴァナール二世は何も言わずどしりと椅子に座った。

 彼が首をかしげれば、そこには丁寧に剪定された庭木の並ぶ庭園がある。


「ふぅ……」


 国王がここまで怒りをあらわにしている理由は、実はもう一つあった。

 彼が気に入り、必死になって口説き落とした庭師のマーカス……彼が暇乞いを出したのだ。

『アリス様の作る魔道具の価値のわからない人間に、俺の庭師としての価値がわかるとは思えない』


 普段寡黙な彼は、そう言って辞表を叩きつけると、どこかへ消えてしまった。

 侍女達から話を聞いてみると、どうやらアリスは寡黙な彼と仲良くなり、庭園造りに有用な魔道具を融通したりしていたらしい。


「この光景が見れるのも、これで最後かもしれないな……」


 彼が大好きだった、執務室から見える庭園の風景。

 心の憩いになっていたこの風景が見れるのは、あと何度だろうか。


 庭園は庭師によって顔を変える。

 新たな庭師が作り上げるそれは、きっとマーカスの作るものとはまったく異なるものになってしまうに違いない。


 アリスにマーカス。

 才にあふれた若者を、この国は二人も失ってしまった。


「――落ち込んでばかりはいられない。まずは間違えた子育ての清算からせねばなるまいな……」


 国に多大な貢献をしてくれていたアリスを、ただ惚れた女と結ばれたいからなどという私利私欲で追放したハイケは、激怒したヴァナール二世により王位継承権を剥奪されることになる。


 そして修道院送りとなった彼は、王になるという己の野望を成就することなく、同じく追放劇に加担したマルシアともども、権力を失い没落していくのだった――。

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