ep3 動き出す世界
僕達が秘密裏にしているアルバイト。
お金は貰わず、代わりにお客様とご飯を一緒に作って食べたり洗濯機を使わせてもらったりする……そんな、正直に言えばセコい対価と引き換えにしてる活動は、世界規模で失踪事件が発生してから始めた事だ。
ただでさえ、世間が……どちらかと言えば必要な人物がいなくなってきた影響で物騒になってきて。
そのせいで世の中がさらに暗くなっていくのを見て。
それをどうにかできないかと、自分達の暗い気持ちを、一時でもいいから忘れるためにもやれないかと……そんな思いから、同じ境遇の生徒……もはや同志と言うべきみんなと一緒にそれを始めたんだ。
ちなみに、お金を貰わないのは。
貰ったらさらに空気がギスギスすると思ったから。
だけどタダより安い物はないから……その代わりに、明るい気持ちになれるようにと、半同棲みたいな対価を請求している。
住んでいるアパートの光熱費や水道代の節約のため、入來院とその取り巻きと、できる限り会わないようにするため、そして物騒になってきたが故の泥棒や強盗の対策のため……というのもあるけど。
家出少女とかみたいに転々とすればいいじゃないかと思う人がいるかもしれないけれど、それだと入來院とその取り巻きが……持てる力を全て駆使して僕達を捜し出して、捜索費込みの暴行を加えられるという地獄が待っている。
だから、住所だけは変えるワケにはいかない。
住所さえそのままにしておけば、いつかは帰ってくるだろうと……とりあえず、入來院らを安心させる事ができるからだ。
※
そして……どういうワケなのか知らないけれど。
そんなアルバイト要員に、なんと聖川も加わった。
それも、どういう方法を使ってなのか。
人海戦術込みのストーキングをする入來院の追跡を振り切った上で。
僕達としては、入來院が僕達と聖川の関係性を迂闊に疑えない……そんな状況になってくれたから嬉しいけれど。
なぜ聖川が、わざわざ僕達の活動を……知った上で行動を共にするのか。
仲間が増えたのは、正直嬉しいけれど。
その理由が分からないから……心の底から喜べない。
※
「ねぇ良太郎くん……聖川くんの事、どう思う?」
先ほどまで、肩で息をしていた志乃が。
息を整えてから、隣にいる僕に訊いてきた。
彼女とは、もうそれなりに長い付き合いだ。
彼女との出会いは、彼女が学校で絡まれていたのを見かけた時。
地味子な見た目な彼女が、僕と同じく立場が弱い彼女が、ある日、入來院の取り巻きにうっかりぶつかってしまい、その取り巻きに恐喝されそうになっていたのを僕が見かけて、今や行方不明となった高橋先生が来たと、取り巻き達を騙すという方法を使って、なんとか助けて以来の付き合いだ。
そして、そんな彼女も……少しずつ集まり、出来上がり始めていた、立場の弱い生徒達のグループの一員になって、そして先ほどまでしていたアルバイトの初期のメンバーに、そのままなったんだ。
「…………なんで、秘密にしていたアルバイトの事を知っていたのか。その謎からして不気味だと思う」
「だよね。どうやって知ったのか……怖いよね」
志乃は苦笑した。
僕は彼女に苦笑を返した。
そしてそうしながら僕は……今日の聖川の活動っぷりを思い返す。
ついでに、そんな彼を最初に紹介したお客様の一人……最初期のお客様にして、主に家事や買い物の代行の依頼を僕達にする竹田のおばあちゃんが、小声でボソッと言った事も思い返す。
『…………あの子、何者なんだい?』
竹田のおばあちゃんも、聖川を只者じゃないと思っていた。
というか竹田のおばあちゃんは、若い頃からお見合いの仲介をしていたらしく、そしてその経験から、誰と誰なら相性が良いか、などを見抜ける才能を持ってる。
ついでに言わせてもらうと、そんな竹田のおばあちゃんから『あんた、あの子と付き合ってみたらどうだい?』と助言を貰う事がアルバイト中にあり、そのおかげか学校内で立場が弱いグループの中には何組かカップルが存在している。
しかも破局する様子は一切見られない。
もし死ぬまでそうならば……竹田のおばあちゃんは恐ろしい観察眼を持っている事になる。
そしてそんな竹田のおばあちゃんが言うのだ。
僕達以上に、聖川の異常性を感じ取っている可能性があるかもしれない。
「…………とりあえず、聖川の動きには注意しよう」
「うん。そう、だね」
そして僕と志乃は。
お互いに苦笑を返した。
※
「聖川慧斗……なぜ、私になびかないのッッッッ!?!?!?」
入來院は自宅で荒れていた。
転校生である聖川が……今まで自分が関わった人間の中では初めての、あらゆる手段を使っても思い通りにならない人種だったためだ。
今までの彼女にはできない事など一つもなく。
そしてそんな彼女の指示に従わない人間など一人もいなかった。
相手が自分の事を知らないから……そんな可能性も考えてはいた。
だがしかし、この町に住むと決めれば嫌でも入來院家の情報も入手する事になるため……それはあり得なかった。
にも拘わらず、なぜに聖川が思い通りにならないのか。
なぜに聖川を、側近という名のオモチャにできないのか。
彼女には理解できなかった。
そしてそのせいもあり、彼女の私室も……彼女のヒステリーのあまり、その心の内と同じくらい荒れに荒れていた。
「あいつか……あいつがいるからかッッッッ!!!!」
そんな中で、彼女の中に一人の人物の顔が浮かぶ。
それは、聖川が唯一笑みを向けたクラスメイト。
自分を恐れるあまり、同じく自分を恐れる生徒達とお互いを守るためのグループを作り、自分とできる限り関わらないよう行動している……まさに、恐竜の時代に生きていた哺乳類のような目立たない存在。
「…………………………そうだ。あいつに思い知らせなきゃ」
すると、その瞬間。
入來院は虚ろな眼差しをしつつ……一つの裁定を下す。
「他人の所有物を、奪われる気持ちってヤツを」