ep2 ぼくらの秘密
「オマエ、調子に乗ってんじゃねぇぞ」
HRが終わるなり逃げようと思った時だった。
入來院の取り巻きの男子生徒の一人が、僕に近付くなり小声で言った。
入來院から、僕に釘を刺すよう言われたのだろう。
おそらく、入來院が聖川を気に入ったから。
そんな彼に気に入られた(?)僕が気に食わないから。
だけど、実力行使はさすがに難しいようだ。
僕に何かして、肝心の聖川に嫌われでもしたら意味がないから当然か。
そして、そんな入來院だけど……さっそく聖川に話しかけていた。
けれど、聖川は入來院に一言何かを告げるなり……僕へと近付いてきた。
それを見た僕は、すぐに教室から逃げようと思った。
入來院は、簡単に言えばこの地域の有力者の娘で。
その財力や権力を駆使してこの学校を牛耳っているトンデモないヤツだ。
下手に機嫌を損ねると、僕や僕の知り合いの身に危険が及ぶ。
なので、僕が聖川と接触する前に、教室を出なければいけないんだけど。
「君、この学校を案内してくれないかな?」
僕に微笑みを向けながら、聖川は言った。
すると同時に、クラスメイトらから鋭い視線を向けられた。
冷や汗が出た。
主に両親の仕事の関係でこの地域の学校に在籍しなければいけなくなって以来、ずっとこの学校の影のルールにビクビクしながら生きてきて。
時々、入來院の機嫌次第で暴力を振るわれたりしたからこそ……その暴力を振るわれた時の事が、頭の中を過る。
「ご、ごめん。ぼ、僕……用事があるから」
その恐怖に……僕は屈した。
そしてそのまま僕は、聖川の返事も聞かずに廊下に飛び出した。
※
「良太郎くん大丈夫?」
教室を出て暫く走り。
最終的にやってきたのはいつもの場所。
僕と同じく……家庭の都合を始めとするいろんな都合のせいで、この地域のこの学校に在籍しなくちゃいけなくなった、弱い立場の生徒達の最後の砦。
今にも崩れそうな旧校舎の中にある、内装からしてまだ持ちそうな一室だ。
かつては文芸部だったのだろうか。
埃を被った数多くの小説が置かれた本棚が隅にある。
ちなみに、入來院やその取り巻きはこの部屋どころか旧校舎にも寄り付かない。
確かに集まるにはちょうどいい場所かもしれないが、下手に近付いて倒壊に巻き込まれたら堪らないからだ。
そして、その部屋の中で僕に話しかけたのは。
別のクラスに在籍する、僕の同類の一人である立花志乃だ。
「いやぁ、それにしても転校生ですか良太郎くん」
次に話しかけてきたのは。
同じく僕の同類である森城怜雄だ。
「厄介な事になりましたね。これで入來院さんが、我々にイジメなどを……直線的間接的問わず行うのをやめればいいんですが」
「代わりにその転校生がイジメに遭うかもしれませんな」
同じく(以下省略)相良正平だ。
ちなみに……この部屋にいつも集まる、立場が弱い生徒は現在十二人。
さらに言えば、今は僕、志乃、怜雄、正平の四人だけだ。
「……できれば、彼も保護してあげたいけど」
僕は頭を抱えながら意見する。
保護、なんて言い方は上から目線かもしれないけど……入來院らがしている事を考えると、そんな言葉がピッタリかもしれない。
それだけ彼女とその取り巻きはヤヴァい。
しかもその悪行は……この地域に赴任している警察などが買収されているため、誰にも止める事はできない。
なので、こうやってなんとか逃げ切って集まって互いを守る以外に……心身共にマトモでいられる道はない。
学校に行かなきゃいいじゃないか、なんて思う人もいるかもしれないけれど。
それだと良い子の仮面を顔に貼り付けた入來院とその取り巻きが家にやってくるため、逃げる事はできない。
「もしも手引きした事がバレたら、入來院が何をしてくるか」
「え、じゃあ仲間に入れてくれないの?」
「うぅん…………今はかなり難し……………………ッ!?」
「「「ッッッッ!?!?!?」」」
明らかに、この場にいるハズがない……いやそれどころか今この瞬間まで入ってくる際に感じるハズの気配をまったく感じられなかった…………そんな存在の声が僕達の背後から聞こえてきた。
僕らは同時に声がした背後を向いた。
するとそこには、案の定……聖川がいた。
彼は部屋の隅――僕らが置いた物達の近くに立っていた。
顔に笑顔を貼り付けてはいるものの、しかし少々眉根を寄せながら。
台詞からして、僕達の仲間に入りたかったのだろうか。
「なんとか時間を見つけてここまで来たのに」
明るい声ではある……けれどそれが逆にアヤシイ。
絶対に、罪悪感を覚えさせるためだけにわざとらしく言っているだろうと誰もが思う……そんな声で聖川は言う。
「最近世界規模で連続して起こってる失踪事件の、この町における二次被害者……つまり警察官や警備員が行方不明になったために治安が悪くなり、外を出歩く事ができなくなった人達に代わって外を出歩く。そんな秘密のアルバイトをしている君達の噂を聞き付けて、興味が湧いたからここまで来たのに。仲間に入れてくれないなんて悲しいなぁ」
「「「「ッッッッ!?!?」」」」
聖川は……どうやってか僕達の秘密を知っていた。
そして、そんな事をこの場で告げられてしまった以上……もう彼を無視する事は難しい。
秘密を守る側に来てもらわないと……それこそどうなるか分からない。




