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1.稀代子は白雪を手に入れる

拙作、初の和風ファンタジーです。設定がゆるゆるですので、軽い気持ちでお読み下さい。

 四人の女中を従え、離れの茶室に現れた桜明寺 稀代子(おうみょうじ きよこ)は、薄暗い室内で縮こまって正座している腹違いの義妹、吉野 白雪(よしの しらゆき)をじっと見下ろす。


 漆黒の髪に、真っ白な肌。長いまつ毛に縁取られたクリクリとした大きな目。

 頬はほんのりと桜色に染まり、唇は林檎のように赤く、愛らしい形をしている。


 庇護欲をそそる、美しい少女だわと考えながら、赤切れだらけの白雪の手を見つつ、従えてきた女中を外に待機させ、稀代子は室内に入る。白雪の対面に敷かれた座布団に、彼女は静かに座った。


「……白雪さん」


 名前を呼ばれ、ビクリと白雪の体は跳ねる。

 まぁ、無理もないかしらと稀代子は頬に人差し指を当てた。 


 濡れ羽色の癖のない真っ直ぐな髪に、陶器のような肌。

 意思の強そうな少しツリ目がちな大きな目に、蒸気したような桃色の頬。朝焼けのような曙色の唇の口角はキュッと弧を描いている。


 気が強そうな伯爵家のご令嬢。

 それが、桜明寺 稀代子。


 その見た目のお陰で、初対面の者に怖がられることが殆どのため、稀代子は気にした様子もなく白雪に話しかける。


「あなた、桜明寺家を継いでくださらない?」


「は、い……?」


 突拍子もない『お願い』に、白雪はポカンと口を開いた。稀代子は猫のように、にんまりと目を細める。


「私、この家を離れたいのよ」


「は、あ……」


 ふうと溜め息を吐いて頬に手を当てながら、困った様子で話し始める稀代子に、白雪は気の抜けた返事をした。頭が追いつかないのも無理はないと稀代子は考える。


「だから、あなたを私付きの女中にして、作法や礼儀を叩き込もうと思うの」


 傍から見れば、にんまりと笑った稀代子は、優しい言葉を並べて、白雪を虐めると宣言した意地悪な義姉にしか見えない。顔色を悪くする白雪に、稀代子は続けた。


「父は、お母様を亡くしたあなたを迎えに来るはずよ」


 白雪の母、吉野 さとは流行り病にかかり、つい最近儚くなった。簡単な葬儀を済ませ、行くあてもない白雪を、父が放っておくはずが無い。だから、先手を打ってやると、稀代子は彼女を女中たちに命じて、この離れに連れてこさせた。


「ねぇ。何故、あなたのお母様は、父から逃げていたのか知ってる?」


 稀代子の質問に、白雪は青い顔をして口を開いた。


「お、お母さんは……ずっと、お父さんは死んだって……」


 震えながら、胸元で両手を握りしめつつ、白雪は言葉を発する。本当に憐れな様子に、稀代子の胸は小さく痛んだ。


「で、でも、死ぬ前に……お母さんが仕えていた貴族のお嬢様の旦那様が、私のお父さんだって……」


 乱暴に白雪は手の甲で涙を拭い、しゃくり上げながら話し続ける。静かに、稀代子は彼女の話に耳を傾けた。


「もし……お母さんが死んでも、お父さんと名乗る男について行くなって!お母さんがっ!」


 わぁんと顔を覆い、声を上げて泣き始めた白雪の隣に稀代子は座ると、優しく頭を撫でる。この少女は母を亡くしたばかりなのだ。幾分、浅慮過ぎたかしらと、稀代子は考える。ぐすぐすと泣く白雪に、稀代子は極めて優しく声をかけた。


「そう。あなたのお母様は、ちゃんと父が畜生なことをあなたに伝えていたのね」


「ちく、しょう?」


 小さくしゃくり上げながら、白雪は顔から手を離した。大きな目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。眉尻を下げて、稀代子はその涙を薄紅色のハンカチの角で、優しく吸い取ってやった。


「ええ。あなたのお母様は、私の母付きの女中だったの」


 静かに語る稀代子の言葉に、白雪は息を呑んだ。


「母が妊娠した途端、父はあなたのお母様に手を出したわ。いえ、乱暴した……と言うほうが正しいわね。母が妊娠したから、夜の相手をしろと迫ったそうよ」


 少女に聞かせるには、酷な話かしらと、そう白雪と年の変わらないはずの稀代子は、彼女の様子を注意深く観察する。


「母は、父に心底惚れていたわ。でも、父はあなたのお母様に惚れていたの。母が輿入れの際に、仲の良いあなたのお母様を連れてくると踏んで、母との結婚を決めたそうよ」


 余りにも衝撃的な内容に、白雪の涙は引っ込んだ。信じられないと大きな栗色の瞳が左右に揺れる。稀代子はじっと白雪の目を見つめた。


「父と……乱暴されたあなたのお母様を見た母は、心を病んでしまって……。今でも現実と虚構の世界の間にいるわ」


「も、申し訳ございません!」


 稀代子の言葉を聞いた白雪は、畳に頭を擦り付けるように土下座をした。稀代子は困ったように笑って、白雪の肩にそっと触れる。


「あなたが謝ることはないわ」


「でも、私のお母さんのせいで……」


「悪いのは、父よ」


 稀代子は怒気を押し殺して、落ち着いた声を出した。しかし、白雪にはその怒りが伝わったのだろう。頭を上げて、真っ直ぐに稀代子を見つめた。


「あなたのお母様は、私の母に顔向け出来ないと、この家を飛び出した。そして、あなたを身ごもったことを知った。身重の身体で、そして、女手一つで、あなたを育てるのは並大抵のことではないわ」


 少しクセのある白雪の漆黒の髪に、稀代子は優しく触れた。ゴワついたその髪に触れ、彼女たちの生活が、楽なものでなかったことが分かる。父の援助を受ければ、稀代子ほどでなかったにしても、庶民よりも裕福な生活が送れたはずだ。しかし、さとはそうしなかった。


 さとの稀代子の母への忠義は本物だ。そして、憎い男の子であるはずの白雪を産み、育てた。葛藤は大きかっただろう。


 生まれてきた子に罪はない。


 白雪を探す際に、人伝に聞いたさとの言葉。白雪を思う、さとの親としての愛は偉大だと稀代子は思う。自分には、きっと真似はできないなとも。父を憎む自分には。


「あなたのお母様は、きっと、私の母のことも、あなたのことも、とても愛していたのね」


 稀代子は微笑む。まるで大輪の花が綻ぶように。白雪はぱちぱちと目を瞬かせ、稀代子を見つめた。


「だから、父を桜明寺の当主から引きずり下ろして、あなたに継いでもらいたいの」


「でも、そうなったら、お嬢様は……」


 あら、私の心配をしてくれるの。あなたは、母親に似て、心の美しい、優しい子なのねと、稀代子は小さく笑った。


「大丈夫よ。母の実家、獅子森(ししもり)家の従兄が、先の大戦で亡くなって……その知らせを聞いたおば様は倒れて、そのまま儚くなってしまったの」


 獅子森家。爵位は伯爵。しかし、侯爵に近い権力を有している。現在は稀代子の母の兄である、京之允(けいのじょう)が当主の座に就いていて、内務省の官僚だ。自身の息子の訃報にも、天晴だと笑う豪胆な性格で、腹の底が見えない、食えない人物だった。


「伯父様がね、養子にならないかと言ってくださっているの」


 しかし、京之允は稀代子を大層気に入っている。溺愛していた妹の子だからなのか、従兄よりも可愛がってくれていた。不思議に思いながらも、稀代子は父への復讐を果たすために、京之允の手を取ることに決めている。


 桜明寺がどうなろうと知ったこっちゃないと、稀代子は考えつつも、母の愛した男の生家だ。


 ならば、母に忠義を尽くしたさとの子に継がせよう。


 今まで苦労をしたのだから、白雪には幸せになる権利がある。


 こちらで伴侶も見つけておけば、獅子森家の監視下に置ける。


 稀代子の打算も含まれているが、白雪には悪い話ではないはずだ。さぁ、私の手を取りなさいと、稀代子は寂しげな笑顔を浮かべる。


「だから、あなたにこの家を継いで欲しいのよ」


 赤切れだらけの白雪の手を、絹のような稀代子の手が包んだ。白雪は頬を種に染めて、柔らかな稀代子の手を見つめる。稀代子は、極力努めて美しい笑みを浮かべた。


「お嬢様の、お役に立てるのなら」


 シンとした薄暗い茶室に、白雪の声が響く。


「ありがとう、白雪さん」


 ホッと稀代子は息を吐いた。もし、断られたのなら多少強引な手を使うしかないと考えていたからだ。良かったわと、笑みを深めて稀代子は立ち上がる。


「さて。まずは露頭に迷っていた憐れな少女を拾ったと、皆にお披露目しましょう」


 稀代子はフフッといたずらっぽく笑って、白雪の手を慈しむように撫でた。


「そして、私付きの女中にして欲しいと、おねだりにみせかけた宣言を、父にするわね」


 キュッと稀代子は白雪の手を握る。絶対にこの『駒』は離さないと言わんばかりに。白雪は夢見心地のような顔で、稀代子の手を見つめていた。


「でないと、父はあなたにも手を出すわ」


 白雪はヒュッと息を呑んで顔を上げる。稀代子は少し悲しそうな目で彼女を見た。


「だって、あなたは全く父に似ていないもの。お母様似なのではなくて?」


 顔を死人のように青くして、視線を落とした白雪を、稀代子はじっと見つめる。母が、大切に持っていた幼い頃の写真。その隣に写っている少女は、今の白雪に瓜二つだった。きっと、獣の父はこの少女を手籠めにしようとするだろう。我が子と知りながら。


「私のそばから離れないでね、白雪さん」


 幼子に言い含めるように、年の変わらぬ彼女に稀代子は言った。白雪は青い顔のまま、目に涙を溜めて小さく頷いたので、稀代子も小さく頷く。


 稀代子の復讐の幕が上がった。

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