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物語の切れ端0002

問題。約束の時間に遅れそうなときに、マンションの五階から一階まで催促で降りるにはどうすればよいか。


基本的には、エレベーターか階段を使うことになる。一応五階から飛び降りるという選択肢もなくはないが、多分死ぬだろう。


僕は長年の経験に基づいて、マンションの階段を四段飛ばしでぶっ飛ばしてした。階段を降りるというよりは落下するような勢いで、ボタンを止め忘れた制服のブレザーをはためかせ、何重にも折り返した階段を下りてゆく。


僕がこのような、高速階段落下術を覚える必要があったのには理由がある。


半分は、出かける支度をのんびりしすぎてしまうこと。でも眠いから仕方ないよね。もう半分は、いつも下で待っている人。高島咲の機嫌がちょっぴり悪くなるからである。


僕が、一階に到着すると。狭苦しいロビーで、つんとした雰囲気の女の子が、仁王立ちで僕を待っていた。鞄を足の間に置き、こちらを睨み付けている。


「今日も遅刻ですか?」


僕は袖を巻くって時計を確認した。七時二十八分。約束の時間二分前だった。


「二分前だよセーフ」


「一体何歳になったら五分前行動が出来るようになるわけ」


僕は反論を捻りだそうとしたが、勢い良く階段をかけ下りてきたせいで、息が上がってしまってしゃべれない。呼吸を整えるために、両手を両膝にしっかりついて、腰を落とし、全力で酸素を全身に供給する僕を、いつものように小言が襲った。


「もう高校生だよね」とか「あーあ、私の貴重な時間が無駄になった」とか「いつまでも成長しないガキ」とか。

そしてトドメの一撃に「いつまでゼイゼイしてんの。キモい、早くして」


こういったやり取りは、僕が小学校三年生のとき、このマンションの五階に引っ越してきていらい、週に二回ほどのペースで行われている。


その間、僕は少しずつ賢くなりエレベーターより階段のほうが早いことに気付いた。そして、体が大きくなったことで一度に飛ばせる段数も増え、より早く一階まで降りられるようになった。しかし、そうして生まれた時間的余裕を、僕は全て朝のんびりするために使った。賢くなったのが余計だったのだろう。


初めてのうちはやさしかった咲も、学年が上がるごとに厳しくなり、今ではこの有り様である。


息を整えた僕は、鞄をしょいなおすと、先にスタスタいってしまった咲を追いかけた。


マンションの前の通りは、曇天の影響かすべてのものが濁って見えた。街路樹も、通行人も、向かいの建物に入ったコンビニも輪郭がぼんやりしている。オートロックを解除して、ロビーから出ると、五月のぬるい空気と湿気が仲良くそろって、衣替え前で冬服を着た僕を襲った。


僕たちは、適当な会話をしながら最寄り駅の福屋駅へ向かった。そこから電車に乗って学校までいくのが、普段の僕たちの通学経路だった。


会話の内容は自然に最近の僕の困り事の話になった。


「いいかげん決めた?部活どうするか」


「う~ん」僕は曖昧な返事をした。


「もう五月だよ。何してるの?別に水泳部でいいじゃん。迷う必要なんてないよ、航太なら高校でもいい線いけるって」


何してるのといわれても、困るのである。むしろどうすればいいのって感じである。


僕は中学では水泳部をしていて、咲も一緒だった。当然高校でも水泳部に入るつもりで、咲きも一緒だと思っていた。でも咲は水泳部に入ってしまった。どうせなら色々な部活を経験したいらしい。中学の水泳部では、あまり成績が振るわなかったの気にしているのかもしれない。


これで困ってしまったのは僕である。「なら一緒に」といって陸上部に入ればよかったのに、高校生にまでなってずっと一緒というのが、恥ずかしくなってしまったのだ。「なら一緒に」が言えず、うだうだしているうちに五月である。もう水泳部にも陸上部にも入りにくい。


「ねえ、ねえ! 聞いてる? これからは、あんまり一緒に学校いけないかも。一年生も朝練始まるから」


近距離に迫った咲の顔によって、僕は現実に引き戻された。彼女からちょっといい香りがした気がした。


「朝練、何曜日なの?」思わずつっかえそうになりながら、僕は答えた。


「月、火、木の三日は一緒に行けない。ちなみに水泳部の活動日っていつ?」


「わかんないよ、まだ入るか決めてないし。忘れちゃった」


「そ、そう。わかったら教えてよ」


「だから、入るかわかんないって」


なんだか、咲の様子がおかしい気もしたが、僕はそれ以上に、急に近づいてきた咲きの顔に動揺したことを隠すのに必死だった。


そこからは少し気まずい沈黙が流れて、お互いギクシャクしながら、勉強の話とか天気の話とか、当り障りのない話をしているうちに、気がつくと、最寄り駅の福屋駅についていた。



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