四季の恵み天ぷらと建築家4
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まず二人が訪れたのは当然エントランスだった。ここは全ての客が通る月光苑の顔とも言えるべき場所であり見た目にも気を配られている。
グリム曰くコンセプトは花だそうで、入口から見える大きな花瓶に生けられるのは日によって変わるが今日は百合のようだ。
「この絨毯はもしや名匠アントニオの作品では!?この緻密な織り方は絶対間違いないのです!小さなものでも金貨百枚はするというのに、こんなに大きな絨毯なんて見たことありません!」
その中でもエヴィが注目したのは五メートル四方で桜をモチーフに作られた巨大な絨毯だった。
月光苑へと初めて来た客が踏むのをためらうことで名物なこの絨毯は、エヴィの言う通りアントニオの作品である。
「初めて月光苑に来て感動したアントニオさんから贈られたらしいぞ。あの人はサウナの常連だから俺の顔馴染みだ」
ぶっきらぼうな口調だがサウナ初心者にお節介を焼きたがる常連の姿を思い出す。
どうやら最近同好会を立ち上げたようで、アントニオが自作した月光苑サウナ同好会と書かれたタオルを肩にかけてサウナに来る客はだんだんと増えてきた。
あんなに強面なのに持つスキルが裁縫なのだから人は見かけじゃ分からないものだ。
そのまま廊下を進むとエヴィの足がぴたりと止まった。そこは長い廊下の壁に客から寄贈された絵が並んでいる場所だ。
制作した芸術家の名前を見てエヴィは信じられないと口を戦慄かせている。
「あわわ。どれも有名な名前ばかりで最早怖いのです。なんでこんな貴重な品が警備も無しに飾られているのですか」
「この美術品にはソフィアさんが保護の障壁をかけてくれてるからな。汚れも付かないし経年劣化もしない。万が一盗もうとする奴がいれば自動で迎撃もしてくれる優れた魔法なんだよ」
「ソフィア様って聖女様なのです!?なんでそんな凄い人が魔法をかけてくれてるんですか!」
「そりゃあソフィアさんも常連だからなあ」
「すごいです。月光苑は想像以上なのです」
次々と出てくるビッグネームにエヴィはショート寸前といった様子で目を回していた。
「というかエヴィは建築家だったよな?絵なんて関係ないんじゃないか?」
「私は家を設計する以外に内装も担当することがあるので絵にも興味はありますよ。というか仮にそうじゃないにしても作者が凄すぎるのです!ここにある絵一つで家が何軒建つと思ってるのですか!」
「え!?そんなに価値があるのか!?」
絵に疎いヒューリは今まで綺麗だなあ程度の感想しかなかったが凄い絵に感じてきた。
料理や風呂を楽しんでいる時は周りの冒険者と変わらないのに、筆一つで家を何個も建てられるなんて常連の見方が変わりそうだ。
「ヒューは月光苑の価値を再度見直した方がいいのですよ。ここはある詩人は楽園と呼んで、ある大富豪は唯一手に入らないものと嘆く特別な場所なのです」
しかもよりによってエヴィに説教をされていた。言い返そうにも正論すぎてぐうの音もでない。
「よし!次行こうぜ!」
「あ!誤魔化したのです!」
ちゃんと聞けと背中を突いてくるエヴィを躱しながら次に向かったのは客室だった。
本来銅の招待状では来ることが出来ない場所だが、エヴィのことをグリムに話した際に一時間だけなら見ても良いと許可が貰えた。
「ここが春風のフロアだ。四季のフロアと呼ばれる内の一つで春がモチーフになっている。至る所に描かれた花は桜っていって、オーナーの故郷では春といえばこれってくらい有名な花なんだ」
エヴィに月光苑を説明するに当たって必死で勉強したヒューリは、どこか得意げな表情で話し始めた。
「ここは踏込っていって靴を脱ぐ場所だ。でもって踏込と襖までの小さな道が前室って呼ばれている。役割としては扉を開けた時に、部屋へと風が入らないようにするための壁って感じだな」
一通り前室の紹介を終えると襖を開く。
「この先が主室だが凄い広いよな。百平米もあるらしい。あそこに椅子が二つ置かれてる小さな部屋があるだろ?あそこのカーテンを開くと凄いものが見れるんだ……なに笑ってるんだ?」
部屋の説明を聞いているエヴィはなぜか笑っていた。おかしな部分はなかったはずと首をひねったヒューリに、エヴィは謝るとなぜ笑っているのか話してくれる。
「ふふ。ごめんなのです。ヒューが私のために勉強してきてくれたんだって思ったら嬉しくなっちゃって。そんな優しい所は昔から変わらないですね」
「確かに勉強してきたけどなんで分かったんだ?」
「平米なんてヒューは言わないだろうなって。だからきっと頑張って覚えたんだなって思ったのです」
「グリムさんに聞くまで知らなかったのは事実だけど、なんか馬鹿にしてねえか?」
「信頼の証なのですよ?」
ふふんと得意げな顔がやけに大人びて見えてヒューリは思わず顔を逸らした。
「わあ!この先は庭になってるのですね!それにこれが桜ですか。確かにこれは綺麗です」
カーテンを開いたエヴィが感嘆の声を漏らした。ヒューリも春風の庭を見るのが初めてだったので、その美しさに見惚れてしまう。
「この椅子が二つ置かれて外が見える場所は広縁って言ってさ。これが好きだってお客さんも多いんだが、俺には良さが分からなかったんだ。でもここに実際座ってみて分かった。これは良いもんだな」
ゆったりと座る目の前には風景を切り取ったような窓がある。自分たちのために与えられたこの特等席が、ヒューリには凄く贅沢な物に感じられたのだ。
「私は誰と来るかも重要な気がしますよ?きっとヒューと見てるからこんなにも幸せな気分なのです」
舞い散る桜の花びらを背にしてにっこりと笑うエヴィが春の妖精のように見えた。
「そうだな。俺もそう思う」
あまりにも綺麗な光景に胸がいっぱいとなったヒューリはそれしか言えないのだった。