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沖田家に届いた不思議な手紙

南のイメージです。もしかしたら消すかもしれません。

挿絵(By みてみん)

 

「今日で陸がいなくなってから二か月か」


 目新しい仏壇に線香を供えて手を合わせた里美(さとみ)が小さく呟いた。


 息子の陸が交通事故でこの世を去ってから二カ月が過ぎた。遺影に写った照れくさそうに小さく笑う陸は中学に入学した時のものだ。


 引っ込み思案な性格であった陸は写るのが好きではなかったため、残っている写真が少ない。その中でなんとか見つけた一枚がこの桜の木の下で家族全員で撮った一枚だった。


「本当にごめんなさい」


 里美には今でも後悔していることがある。それは陸と喧嘩したまま別れることになってしまったことだ。受験の時期になってから毎晩遅くまで勉強をする息子に、夜食として焼きおにぎりを作った里美は根を詰めすぎないようにと声をかけた。


 勿論心から心配してのことだったが陸にはお説教のように感じたのかもしれない。その結果口論になった二人には朝になっても会話はなく、そのまま二度と会えなくなってしまった。


 その当時は全く気付けなかったが今思えば陸は学校で虐められていたのかもしれない。少しでも良い高校を目指していたのもいじめっ子から離れられるためだと考えれば辻褄が合う。その結果陸には絶対に受験を失敗できないという強いプレッシャーがかかっていたのだろう。


 あの夜に優しく頑張ってと声をかけていれば。朝食の時に謝っていれば。そんな後悔が里美の心に深く残る傷となっていた。


 陸がいなくなったことで沖田家は変わってしまった。主人の(みつる)はどこか現実逃避するように仕事に打ち込むようになったし、娘の(みなみ)は兄を亡くしたショックから大好きだったバスケットボールのクラブを辞めている。里美だって空いた時間にはこうして仏壇の前でボーっとする時間が増えた。


「陸は天国で元気にしているかしら?昔のように笑ってくれてればいいのだけど」


 失った息子の大きさに何度目か分からないため息を吐いた里美の耳に、窓の方からコンコンと何かが当たるような音が聞こえてくる。なにかしらと振り返ると一羽の真っ白な鳩が(くちばし)でコンコンとガラスを叩いていた。追い払おうと窓に近づいた里美は鳩が何かを持っていることに気付いた。


「なにかしら?封筒?」


 鳩はその足で器用に封筒を掴んでいた。それに目の前まで近づいたのに逃げない鳩が妙に気になった里美は試しに窓を開けてみる。すると鳩はペコリとお辞儀をして首を前後に揺らしながら家の中に入っていった。そしてなにやら自分の顔を羽でパタパタと扇いで水飲み鳥のような動きをしている。


「もしかして暑いの?喉が渇いたって?」


 あまりに人間らしい動きに言葉が通じる訳がないと思っていても話しかけてしまった。すると鳩はその通りだと言うようにうんうんと頷く。試しに平皿に水を入れて持っていくと鳩はそれを美味しそうに飲み始めた。


「ふふ。喉が渇いていたのは正解みたいね」


「そうそう。ずっと飛びっぱなしで喉がカラカラだったから助かったよ」


 水を飲む鳩を微笑ましそうに見ていた里美の耳にどこからか声が聞こえてきた。まさか泥棒かとキョロキョロと辺りを見回す里美に鳩がバサバサと翼を羽ばたかせてアピールしている。


「まさか貴方が話したの?」


「そうだよ。水をくれてありがとう。こっちの水は塩素臭いって聞いていたけど美味しいね」


「……いつの間にか寝ちゃってて夢でも見ているのかしら?でも鳩が渋くていい声で話しかけてくるなんて変な夢ね」


 気付かない内に疲れていたんだと里美は指で目を揉んだ。そうでもなければ鳩が色気のあるダンディーな声で話しかけてくるはずがない。


「夢じゃないよ、沖田家にお届け物があるんだ。必ず他の家族が揃ってから開けておくれ。では用事も済ませたし私は帰るよ」


 里美に封筒を渡した鳩は窓から飛び立って行った。白昼夢でも見ているのかと心配になったが現に封筒はこうして手元に残っている。


 とりあえず手紙を読むのは言われた通り家族揃ってからにしようと、里美は充のスマホに今日は早く帰ってきてと連絡を入れた。


 そして夜になって充が帰ってくると里美は昼間あった出来事を話した。


「急に早く帰ってきてなんて連絡が来たと思ったら。疲れているんじゃないのか?最近あんまり寝れてないだろう?」


「だよね。ママは疲れてるんだよ。鳩が話したなんて嘘には流石に引っかからないよ?」


 案の定二人は信じなかったが手紙を取り出すと(いぶか)しがりながらも話は聞いてくれた。封筒を開くと中には三通の手紙と謎の水晶が入っている。手紙の差出人のうち二通は知らない名前だったが残り一通の名前を見て三人は驚きで固まった。


「イタズラじゃないか?」


「でもこの字は陸のものよ。間違いないわ」


 今まで何度も見てきた筆跡に震える手で手紙を開けると中に目を通す。書かれている驚くような内容に最初は戸惑ったものの、ある一言を見て里美は泣き崩れた。


 そこには焼きおにぎりを食べなくてごめんなさいと書かれている。その一文で本当に陸からなんだと元気に暮らしていると書かれたことに安堵の涙が流れた。


「まさか陸が異世界にいるなんて」


「それに公爵家なんて凄いんじゃない?たしか貴族の中で一番偉いんだよね?お兄ちゃん凄い出世じゃん!」


 手紙を読んだ充と南も陸が元気そうだと笑顔を浮かべている。次に知らない人物から届いた二通の手紙を読むと差出人は陸の雇い主であるレオンハルトという貴族と、月光苑という旅館のオーナーをしている月宮光という人物からのようだ。


「どうして旅館のオーナーから?」


 困惑する里美だったが中を読むと理由が分かった。どうやったのかは分からないがオーナーが手紙を届けてくれたらしい。


 となるとあの鳩はオーナーのペットかなにかだろうか?そしてレオンハルトからの手紙には陸を任せてほしいという言葉が綴られていた。


「残っているのはこの水晶ね。オーナーからの手紙にはこの水晶はビデオみたいな記録媒体だって書かれてたけどなにが写っているのかしら?」


 手紙に書かれていたように水晶に軽く触れるとホログラムのような立体映像が映し出された。


「ちょっとレオンハルトさん。なんですかそれ?」


「あはは。気にしないでいいよ」


「気になりますって!なんでこの世界にビデオカメラなんてあるんですか!?」


 その映像に写っている人物に里美は涙が止まらなかった。里美だけではなく充と南もぽろぽろと涙を零しながら食い入るように映像を見つめている。


「間違いない。陸だわ。少し痩せたかしら?というか精悍(せいかん)になった?」


「手紙にあったように冒険者になって鍛えているからかな?少し見ない間に随分と大人びた気がするよ」


 たくましくなった息子に里美と充は目を細めていた。最初は苦労したようだったが、こうして無事な姿を見れたことが本当に嬉しくてたまらない。


 すると映像には一人の少女が出てきた。そしてその少女の登場により三人の間に微妙な空気が流れ始める。


「リクー!一緒にスノウの所に行きますわよ!グリムさんが今はお客さんが使ってないから好きにしていいって許可をくれましたわ!ついでに三人でお風呂に入りましょうか!」


「ちょっとヒルダ!恥ずかしいからレオンハルトさんの前では抱き着かないでっ。あとお風呂はさすがにグレイグ様に怒られるって!」


「お父様にバレなければいいじゃありませんの!お兄様もそれでいいですわよね!」


「うーん。さすがに結婚前に裸でお風呂は認められないかな。ただ私に良い案があるよ」


 そこで一度映像が途切れる。陸が元気なのは嬉しいが思った以上に異世界を楽しんでいた。可愛らしい少女に抱き着かれてデレデレとする息子を見るのは母としてなんとも複雑な気分である。


「あの可愛らしい女の人がお兄ちゃんの彼女かな?でもレオンハルトって貴族の人をお兄様って呼んでたってことは」


「陸は雇われた家の娘さんと付き合ってるってことかな?なんてうらやま、なんでもない」


 そうこうしているとまた映像が映し出された。どうやら今度は雪山のようだ。そこでは雪だるま達が楽しそうに遊んでいて、そこで陸がいるのは異世界なんだとようやく信じることができた。


「なにあれ可愛い!雪だるまが踊ってるよ!」


 メルヘンな光景に南が興奮気味に指を差していると遠くから陸の声が聞こえてきた。


「なんでスノウは水着を着てないの!さっきレオンハルトさんに渡されたよね!」


「着方が分からなかったから」


「ヒルダー!早く来て!スノウを連れて戻って!」


「なんですの大きな声を出して……。ってスノウ!それは協定違反ですわよ!こちらにいらっしゃい!」


 どうやら映ってない場所ではとんでもないことが起きているようだ。雪を踏むザクザクとした音と共に陸が映るとなぜか雪山なのに水着姿だった。


 酷い目にあったとげっそりとした顔の陸は、日本にいた頃の華奢な体と違って引き締まった筋肉がついて腹筋も六つに割れている。


「ってレオンハルトさんまたそれで撮ってるんですか?なんのために」


「我が家のホームビデオさ。陸もすでにクラステリア家みたいなものだからね」


 不思議そうな顔をしている陸の両腕に二人の水着姿の少女が抱き着いた。一人は先ほどのヒルダと呼ばれた公爵家の令嬢だったが、もう一人はアメジストのような薄い紫の髪をした綺麗な少女だった。


 おそらく彼女がスノウと呼ばれた少女なのだろう。抱き着かれた陸は顔を真っ赤にして固まっている。


「さあ!温泉に行きますわよ!」


「私も訓練のお陰で温泉に入れるようになったの。だから陸と入りたいな」


 そのまま陸が連れて行かれて映像に誰も映らなくなると、今度は金髪碧眼の男性が姿を現した。男性はその見た目にそぐわない社会人のような綺麗なお辞儀をすると話し始める。


「沖田家の皆さまこんにちは。私はレオンハルトと言います。こんな見た目をしていますが元は日本人なんですよ。さて、この映像は楽しんでいただけましたか?あのように陸くんは異世界で楽しそうに暮らしてますので安心してください。これからも手紙は月に一回ほどのペースで届く予定です。また鳩に手紙を渡せば陸くんに届きますので書いておくことをオススメします。またこのように陸くんの映像を送るので楽しみにしててくださいね。それでは失礼します」


 レオンハルトの挨拶を最後に映像は途切れた。この短い間に色んなことが起きて頭がパンクしそうだったが、里美は例え地球じゃなくても陸が生きていてくれたことが何よりも嬉しかった。


「お兄ちゃんなんか地球にいる時よりも楽しそうじゃなかった?ハーレムなんて作ってるし」


「生き生きとしてたな。体つきもかなり男らしくなってた」


 充と南も若干の羨ましさがありつつ陸が生きていたことにホッとしている。こうして虹の招待状で願った陸の願いは本人が知らないところで叶えられていたのだった。

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