黒き皇牛の濃厚パイシチューと新米ポーター1
「誰かポーターを雇いませんか!一日銅貨十枚です!」
迷宮へと向かう冒険者達にアメリアは小さな体をくの字に曲げて必死に叫んでいた。その一生懸命な姿に立ち止まってくれる冒険者はいるものの雇ってくれる者は一人も現れない。
それもそのはずで魔物のドロップ品を拾い集めるポーターに需要があったのは昔の話で、今はマジックバッグという便利なアイテムがあった。
そこそこランクが高ければ全員が持っているし、まだ手が届かない駆け出しだとしたらお金をケチって自分達で拾う。
もしアメリアが強そうならば万が一の戦力として雇ってくれたかもしれないが、生憎と自分達の腰までしか背がないような少女にそれを期待する者もいなかった。
「どうしよう。今日も誰も雇ってくれないよ」
目の端に涙を浮かべながら呟いた言葉は雑踏にかき消された。このまま収入が無ければ家賃を払うことができずに家を追い出されてしまうだろう。
それがまだ自分だけなら良いが病気で寝たきりの母親と幼い妹はどうなるか分からない。自分が頑張らないとと目尻をぐいっと拭ったアメリアはその後も必死に声を張って雇ってくれる冒険者を待った。そんな中で一人の冒険者がアメリアの目の前で立ち止まる。
「ふむ。ポーターとは随分と懐かしいな。今日は深くまで潜るつもりだが付いてくる気はあるか?安全は保障するし報酬も銅貨十枚と言わずに成果の半分をやろう。必要なのはそなたの強い意志だけだ」
そう話しかけてきたのは燃えるように真っ赤な長い髪が特徴的な男だった。見定めるような鋭い目付きにたじろぐアメリアだったが、家で待つ二人のためにやるしかないと覚悟を決めて男の目を真っ向から見つめ返す。
「やります!どこまでも着いていきますので私を雇ってください!」
そのまましばらくの間無言で見つめあっていた二人だったが先に動いたのは男の方だった。目元を緩めると感心したように一つ頷いてアメリアに手を差し出してくる。
「我の目を正面から見つめ返すとは中々に肝が据わっている。我の名前はアークライト、今日はよろしく頼むぞ幼きポーターよ」
「はい!私はアメリアです!よろしくお願いしますアークライトさん!」
差し出された手を握って二人は握手をした。そのまま迷宮へと向かうアークライトの後を歩くが、なぜか周りの冒険者がこちらを見ながら驚いたような表情で話をしている。
その内容までは聞こえないがアメリアを雇ったことでアークライトに対して同情しているのかもしれない。そんなことを考えていると一人の冒険者が近寄ってきた。
「なぁ、本当にその子を雇うのか?やめた方がいいんじゃないのか?」
冒険者の男はアークライトに雇うのを止めるように忠告してくる。ここでキャンセルされたら今日の収入も無くなってしまうと俯いたアメリアの頭にポンとなにかが乗った。見上げると優し気な表情のアークライトが頭を撫でてくれている。
「ついてくるかはアメリアが決めたこと。それに我も絶対に守るから案ずるな」
「そりゃあんたの腕なら安心だろうけどよ」
そんな力強い言葉にアメリアの胸はいっぱいになって鼻がツンとしたが唇にグッと力を入れて耐えた。冒険者の男は諦めたようにため息を一つ吐くと頑張れよと言い残して立ち去っていく。
男の言葉はアークライトに向けたものだと思うのだが、なぜかその目がアメリアに向いていた気がする。だがそれは見間違いだろうと気にしなかったアメリアだったが、同情されていたのはアメリアの方だったことにこの後すぐに気づかされた。
「そこを拾い終わったら次はこっちを頼むぞ」
「はいっ!わわっ!ヒュージボアの群れがあんなに簡単に!」
アークライトの強さは圧倒的だった。さっきから落ちている大量のドロップ品を拾うだけの仕事になっている。しかしその早さが驚異的でアメリアはひいひい言いながら拾い集めていた。
今もアークライトは三メートルはある巨大なヒュージボアを群れごと一刀両断にしている。そこに向かったアメリアは渡されたアイテムボックスにドロップ品を入れた。
「なんでアイテムボックスがあるのに私を雇ったんですか?」
「最近へそ曲がりな友人が幼い少女を助けたと小耳に挟んでな。友が人助けをしたならば我も倣わねばなるまい。もっともアメリアにすれば出しに使われたようでいい気はしないだろう」
「いえ。本当に困っていたので助かりました」
「なぜアメリアはポーターをしているのだ?」
「お母さんが病気で動けないんです。妹もまだ小さいので私が稼がないとって。でもこんな特技もない小娘を雇ってくれるお店はどこにもなくて。その時に昔聞いたポーターを思い出したんです。あれなら雇ってくれるかもって思ったんですけど全然ダメでした。アークライトさんがいなかったら家族三人路頭に迷うところでしたから本当に感謝しています」
「そうか。それなら沢山稼いで母と妹を驚かせてやらねばならぬな。そのために少しペースを上げようか」
アークライトが呪文を唱えるとアメリアの体は羽のように軽くなった。まるで自分の体じゃないような感覚に驚くがこれならもっと早く動けると頷く。
「遅れるなよ?」
さっきまでは本気ではなかったと言わんばかりにアークライトは迅雷のような早さで駆け抜ける。アメリアは着いて行くので精一杯だったがおかげで信じられない量のドロップ品が集まった。
そうして迷宮を走り抜けた先で待ち受けていたのは大きな扉だった。そのただならぬ雰囲気にアメリアは不安げに隣を見るが、アークライトは泰然とした様子で笑みを浮かべている。
「アークライトさん、ここって」
「迷宮のボス部屋だ。さて鬼が出るか蛇が出るか。とにかく美味い魔物ならいいのだが」
扉を開いた先には先ほどのヒュージボアよりも一回り小さな黒い牛が待ち構えていた。しかしその牛から放たれる威圧感はヒュージボアとは比べ物にならない。
その牛が一歩一歩足を踏み出すだけで周りに黒い雷が迸り空気が震える。そんな強そうな魔物を前にしているのにアークライトは嬉しそうに笑っていた。
「なんで笑ってるんですか!?」
「あれはブラックエンペラーオックスだ!肉質は少々硬いがその分旨みが詰まっておる。煮込み料理に使えば絶品だぞ」
剣を構えたアークライトを獲物と判断したのか、ブラックエンペラーオックスは地響きのように低く鳴くと前足を高く降り上げた。その足を振り下ろすと地面から黒雷が立ち上りアークライトに迫ってくる。
「中々活きが良いではないか!それでは我も楽しませてもらおうか!」
アークライトが剣を振るうと真っ赤な真空波が横薙ぎに飛んでいき黒雷を二つに断ち切った。雷が降り注いだような激しい爆裂音に慌てて部屋の角へと避難したアメリアの目の前で、神速で駆け出したアークライトがブラックエンペラーオックスへと肉薄する。
「どうした!それでは雷は降らせても神を降すことは出来ぬぞ!」
叩きつけられる剣に対してブラックエンペラーオックスは二本の角で迎え撃つが相手が悪かった。剣とぶつけ合った角は粉々に砕け、そのまま首に吸い込まれる剣によって頭が落とされる。
目の前で繰り広げられた戦いにアメリアが呆然と立ち尽くす中でアークライトは機嫌良さそうに笑っている。どうしたのかと見てみるとアークライトは嬉しそうな顔でドロップ品を拾う所だった。
「アメリアよ!美味い料理は好きか?」
そんな質問をしてきたアークライトの手にはなぜか手紙が持たれている。それを不思議に思いながらアメリアは好きだと返事をした。
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