女王鳥の黄金オムライスと戦乙女3
意外と思われるかもしれないがクリスティーナは肉が好きだ。だから月光苑に来ると皿の上が茶色一色になってしまう。
「いつも言ってるけど野菜も取れって」
「嫌よ。お肉の方が美味しいもの」
サラダを乗せようとするアリシアのトングを軽やかに躱して、クリスティーナは揚げ物を取った。こうして皿はより一層茶色へと近づいていく。最初の頃は口うるさく野菜も食えと言っていたアリシアも今では諦めた。
仮にも女冒険者の憧れである以上容姿には気を遣って貰いたかったが、クリスティーナはいくら食べても太らないというズルい体質をしていた。
もちろん冒険者として激しい運動をしているのもある。それでも見るだけで胸焼けしそうなほどの大量の揚げ物を食べているのに太らないのは本当に不思議だ。
「ここの野菜は美味しいのに」
「美味しいのは認めるわ。でもお肉の方がもっと美味しいもの」
そしてこれも意外と思われるかもしれないが、大雑把そうに見えるアリシアの皿の上は非常にバランスが良かった。野菜を多めに盛ったらメインとして肉料理を一種類取る。パンが一つにスイーツも一つとお手本のような選び方をしていた。
他にも普段料理を担当しているのはアリシアだし趣味も裁縫といった具合に実は女子力がかなり高い。
「いつもアリシアのお皿は色とりどりで綺麗ね」
「そう思うならクリスも野菜を取ろうぜ」
「それは嫌」
興味を持ってくれたのかという淡い期待もにべもなく断られガックリと肩を落とす。そんなアリシアを置いてクリスティーナはさっさと席に戻った。料理を選び終わったアリシアが戻るとクリスティーナはすでにフォークを持って準備万端の様子だ。
「早く食べましょう?」
「まぁクリスが野菜を食べないのは分かりきってたことだしいいか。いただきまーす」
食事をする時アリシアはまず野菜から食べる。以前グリムから野菜から食べ始めると体に良いということを教わった。なにやら小難しいことを言っていたので詳しくは覚えていないが、とりあえず野菜から食べれば間違いない。
「うん。レタスはシャキシャキしてて美味しいな。トマトも甘くて瑞々しい。小さい頃に無理して食べさせられてた野菜と全然違う」
記憶の中のフォークで持ち上げたらしんなりと萎びているレタスや、酸っぱくてエグみのあるトマトとは大違いだった。これだったら子どもの頃の自分でも嫌う事なく食べれたはずだ。そう思ってしまうほど月光苑の野菜は美味しかった。
「アリシアは本当に美味しそうに食べるわね。そんな笑顔を見せられたら私も少しだけ食べてみようかなんて思ってしまうわ」
「おっ?それならこれ食べるか?」
そう言ってアリシアはトマトをフォークで刺すとクリスティーナへと差し出した。
「ほれ。あーん」
「本当に美味しい?」
「もちろん。ここのトマトは果物みたいに甘いからな」
「酸っぱくない?」
「甘いって言ってるだろ」
「でもトマトって言ったら酸っぱいものでしょう?」
「いいから食え!」
「むぐっ!?」
いつまで躊躇っているんだと口へとトマトを突っ込んだ。目を白黒させながら咀嚼していたクリスティーナがトマトをこくりと飲み込む。
「どうよ?」
「やっぱりお肉の方が上よ」
「それでも悪くなかっただろ?それに途中で野菜を食べる事で口の中がさっぱりしてお肉を美味しく食べれるんだ」
「確かに口の中がリセットされてる。これなら揚げ物をもう一皿食べれるかもしれない!」
「いやそれはやめとけ。さすがに太るぞ」
そんなやり取りをしているとファンファーレが高らかに鳴り響いた。どうやらタイムサービスの時間のようだ。フロア内が一気に緊張に包まれた。腕に覚えのある冒険者達が固唾を飲んで見守っている。そんな中でカートに乗せられた料理が運ばれてきた。
「お待たせ致しました。タイムサービスのお時間です。本日も沢山の差し入れを頂きありがとうございました。その中でも料理長の太鼓判となったのはこちらの料理となります!」
大きなクローシュを外すと露わになったのは黄金色に輝く沢山のオムライスだった。
「本日の太鼓判は鋼焔の戦乙女様から頂いたクインコカトリスの卵を使った料理となります。その名も『女王鳥の黄金オムライス』です。炒めたケチャップライスにはコカトリスの肉を使用しております。それを卵で贅沢に包んだ料理長自慢の一品を是非ご賞味くださいませ!」
その瞬間歓声が響き渡った。太鼓判を取れなかった悲しみの叫びや美味しそうといった喜びの声が聞こえてくる。その中にはお姉様という黄色い声援も混ざっていた。
「まず初めに鋼焔の戦乙女のお二人は前までお越しください」
立ち上がった二人に対して盛大な拍手が響き渡る。悔しそうな顔をした冒険者達もしっかりと手を叩いていた。冒険者は実力勝負の世界だ。こうしてタイムサービスを制した二人には惜しみない賞賛が贈られる。
辺りには濃厚なバターの香りとそれに負けない卵の匂いが漂って胃袋を刺激した。
「おめでとうございます」
「ありがとう。美味しそうに仕上げてくれて満足だわ」
受け取った二人が席についたのを見届けた冒険者達が雪崩のようにオムライスの前へと並び行列となった。それを横目にクリスティーナはスプーンでオムライスを掬う。柔らかな黄金を切ると中から鮮やかな赤が見える。
クリスティーナの喉がこくりと動いた。少しの間断面を楽しむと意を決してオムライスを頬張る。
「んんっ!美味しい」
思わず声が漏れた。トロトロの半熟卵から濃厚な甘さが口の中いっぱいに広がる。二口三口と食べ進めるとバターの香りが鼻を抜けていく。そしてそれをまとめてくれるのは上にかかったケチャップの塩味だ。
「米ってのは月光苑で初めて食べたけど美味しいよな。これがあるだけで一気に満足感が増すんだ。炒めた香ばしさとケチャップの酸味と玉ねぎの甘みが合わさってる。そこに鳥肉の旨みが加わって、このケチャップライスだけでもご馳走になる」
「アリシアの言う通りね。それにケチャップってなんでこんなに美味しいのかしら」
オムライスのもう一つの主役は中のご飯だ。包む卵の旨みを中のケチャップライスが受け止めるからこそオムライスは一つの料理として完成する。
「クリスって野菜食べないのにケチャップは好きだよな」
「確かにそうだわ。なんでなのかしら?」
クリスティーナはトマトを好き好んで食べないのにケチャップ好きだ。トマトが使われているのになんでだろうと二人は首を傾げた。
「まぁいいわ。美味しければなんでも許されるもの」
「それもそうだな。とりあえず今日はタイムサービスをとれた事に乾杯。背水の陣の成功だ」
周りから聞こえる美味いの声に笑みを浮かべながら二人はオムライスを食べる。これがあるからやめられない。次も絶対タイムサービスを取ってやると二人は心に決めた。