9「鯨骨」
行方不明の友達を探している。この広い海ではぐれてしまったらもう会えないと皆は言うけれど、あの子はとても声が大きいから、呼んでくれればきっと分かるはずだ。
あまりにも見つからないから、私はわざわざ暗い水底まで彼を探しに行った。いつもあの子と遊んでいた海域の下にある深海だ。
光の射さない海底で、私は砂の上にそびえ立つ巨大な檻を見つけた。丸みを帯びたそれは、一本の軸を中心に対称の柵が降りてゆく形状をしている。
何かふやけて白くなった靄のようなものが、柵のひとつひとつに絡まっては揺蕩っている。どうやらそこは大量の甲殻類や小魚たちの住処のようだった。
無数の小魚たちが、黒ずんだ柵にまとわりつく何かを食んでいる。その矮小で必死な貪欲さがおぞましく、私は思わず距離を取ってしまう。
「なぁに、あれ、気持ち悪い……」
暗さや蠢く気配も相まって、どうにも気味が悪くて近寄りたくない場所だった。熱水噴出孔を避けるように泳ぎながら、私は妙な檻から離れて暗い海を探し続けた。
ところで私の友達について紹介したい。明るい海で出会ったあの子はとても大きな鯨で、悠然と泳ぐ姿が輝かしい生き物だった。決して鋭く素早いところのない、まるくて力強い生命を内包して張り詰めたひとつの膜であった。
この広い海盆と長い時間の中を、私には計り知れない大きな尺度で生きてゆくものだ。
彼が一体どこから来て、どこへゆくのか、私は知らない。
あの子に会いたい。一体どこへ行ってしまったのだろう。きっとこの辺りにいると思うのだけれど……。