8「共存」
幼馴染が人魚なので、僕は毎日中学校まで彼女を連れていかなければいけない。車椅子のように車輪のついた水槽を押すのである。行きも帰りも通学路を共にするのは正直いって面倒くさく、僕はいつしか彼女のことを厭わしく思うようになっていた。
彼女は日々教室で虐められているらしい。海に帰れだの半魚人だのという言葉を黙って受け止めているそうだ。陸上を支配する人間にとって、無力で従順な異端はさぞ弾きやすかろう。
共存しろよ、とは思うが、僕はクラスが違うので関係ない。
帰り道、機嫌良さげに水面を尾びれで叩いている彼女に話を振る。その口から出たのは「気にしてないよ」という能天気な言葉だった。僕は僅かな苛立ちを抱えたまま黙った。
橋の上に差し掛かったとき、突風が吹いて、目の前で小さな子供の体躯が欄干を越えて川面に投げ出される。彼女は一瞬も躊躇うことなく身を躍らせ、流れの速く深い川に飛び込んだ。
子供の命を救った彼女は一躍、時の人魚となり、虐めもなくなった。人々は彼女との共存を受け入れた。彼女の水槽を押したがる人も増えたが、彼女はなおも僕を指名した。
「君は分かっているから」と、彼女は可愛らしい顔で笑う。確かに僕はあの救命活動のときに痛感した。水中を力強く、自在に舞う、あの姿を見ればいやでも分かる――彼女はいつだって僕らを水底へ引きずり込むことができるし、できたのだ。
彼女の寛容を空恐ろしく思う僕を見上げて、人魚はひんやりとした手を差し伸べた。