4「宿主」
依巫、神の器、人柱。妹はそれに選ばれたのだという。その身に神を降ろしてしまえば、妹はもう神殿から出ることは叶わない。家族と離れ離れになるなんて嫌だと妹は泣きじゃくる。
妹を胸にきつく抱いて、僕はこの村から逃げることを決意した。
妹の小さな手を引き、その軽い体を背負い、いくつも山を越えた。不安に泣きながら縋り付く妹の腕が熱かった。
僕は放たれた追っ手の包囲網を掻い潜り、無数の生傷を四肢に刻み、「お兄ちゃん、」羊歯を踏み分け、蔦を切り払って歩いてきた。「わたし、」あてのない旅が何年も続いた。妹を守るためなら何も怖くない。「お兄ちゃんのこと」妹のためなら僕は何だってする。「ずっと大好きだからね」だってそれが兄の務めだから。「お兄ちゃん」妹のため。妹のため。「たすけて」ああ助けるとも。だってお前は僕の妹なんだから。僕はお前のために、全てを投げ打って……
……妹はいつしか泣かなくなっていた。篝火をひとつだけ灯した野営の夜、僕はふと、そのことに気づく。思えば、妹の笑顔を最後に見たのはいつだろう。僕は逃げるのに必死で、一番大切な妹を見ていなかったのだ。そうと悟って、僕は酷く反省した。
妹の名を呼んで、柔らかな手を取る。直後、その氷のような冷たさに僕は息を飲んだ。
「――そろそろお兄ちゃんごっこは満足かな?」
人の奥底の望みを見透かし叶えるという神が、妹の顔をして、そこで笑っていた。