10「青色」
生まれつき、青という色を感知できない目を持っていた。空は陰影ばかりの無色だし、草や葉は黄色だし、茄子は赤色だ。それでも不自由はしなかったし、絵を描くのも好きだった。
彼女の好きな色が青だと知ったときだけは、少し悲しかった。
青色の画材を初めて買った。青の顔料とはこんなに高価なものだったのか、と驚く。それにしたって高い。高すぎると思いながらも帰宅する。
どこか胡散臭い商人に当たってしまったから、もしかしたら少しばかり吹っかけられたのかもしれない。
己の買い物下手を反省しながら、使い慣れたパレットに絵の具を絞り出した。
まるで白い絵の具にしか見えないそれを、筆先で慎重に掬って、真っ白なキャンバスの上にそっと置く。手の感覚だけが頼りだった。まるで盲目みたいだ。見えぬ絵の具の塗り重ねた跡を指先で辿り、未だ知らない青という色を思い浮かべた。
完成した青い花の絵を彼女に贈る。彼女は目を丸くしてキャンバスを受け取り、しばらく怪訝な顔をした。ややあって指先で表面を撫でると、彼女は息を漏らして微笑む。
「花の絵を描いたのね?」
彼女は瞬きをしてから、もう一度同じ言葉を繰り返すと、目を閉じてキャンバスに触れ、優しい声で囁いた。
「とても綺麗な青色だわ」