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お約束と竜討伐(1)

 トーマス・エジソンの一日は基本朝帰りだ。夜通し飲んだくれる。


 その日も顔を赤らめて酒場から宿に戻ろうとしていた。意識は朦朧、泡沫の夢の中にいるようだ。

 彼はインヴァネスに家庭を持つのだが、今は妻に愛想を尽かされて家を追い出されている。でなければグラスゴーなんかにはいない。


「……?」


 そこは傭兵斡旋所だった。護衛から薬草採取まで、とにかく金のない者が肉体労働に従事する仕事を手に入れる場所。


 戦争どきでもないのに、そこが妙に賑わっていた。


「ベン・ネビスぅ?」


 野太い男の声が聞こえた。

 ぴくりとトーマスの耳が動いた。


「たった二人、それも男女で天国山ぁ? 悪いことは言わねえ、やめとけやめとけ。心中でもする気かぁ?」


 下卑た笑い声も続いて聞こえた。


 あれは傭兵なりの優しさだ。あれだけ嘲笑われたら、夢見がちな子供は羞恥でさっさとどこかへ行ってしまう。


 だけど、茶髪の少女とフードの男は退かなかった。


「竜が出るんでしょ。知ってるわ」ウルフヘアの少女が言った。「だから案内だけでいいって言ってるじゃない。何も戦ってくれなんて言わないわ」


 下品な笑い声は一層大きくなった。


「あひゃひゃひゃ。嬢ちゃん面白ぇこと言うな。竜ってのはあれだぞ。そこらの獣とは格が違うんだぞ。むしろ戦えるなんて思ってる時点で傲慢なくらいの生物なんだぞ」


 笑うばかりで傭兵は決して『案内』を引き受けようとはしなかった。当然だろうとトーマスは思う。傭兵は命知らずの代名詞ではない。しかし、背中越しにも少女の機嫌が悪いのがわかった。


 フードの男が抑揚のない声で茶髪の少女に問いかけた。


「面倒だ」

「……そうね」


 少女が腰の剣に手をかけた。傭兵たちの目つきも変わった。彼らも歴戦の戦闘人だ。殺気、空気の変わり方には敏感なのだろう。


 でもそんなことは関係なかった。


「あ、がっ!?」


 先頭にいた傭兵が真っ先に白目を晒した。


「ほう」とトーマスは感嘆した。あの少女、なかなかに速い斬撃を使う。剣の柄で傭兵の顎を一突き、それで気絶をもぎ取った。


「てめぇよくも!」


 少女が相手だとたかを括っていた傭兵たちが意識を引き締めて続くが、まるで赤子のように弄ばれた。


 少女の足が気絶した傭兵を蹴飛ばした。それを受け止めた傭兵の動きが止まっているうちに、そいつの手を蹴り付けて武器を取り上げる。


 続いて背後から襲ってきた傭兵の方を見もせずに、少女は背後手に剣の柄を突き刺した。鳩尾に入ったのか、男は蹲って苦しみ出す。それから呆然としている傭兵の頭を、取り上げた棍棒で思い切り叩いた。


「ほほう!」トーマスは鮮やかな手際にまたも関心の声を上げた。顎に手を当てて目を細める。


 少女が三人をのしている間に、残りの傭兵もみんなフードの男が片付けてしまっていた。


「驚いた」フードの男が言った。「君、戦えたんだ」

「誰も戦えないなんて言ってない」茶髪の少女は腰に剣を仕舞いながら言った。「何のために剣を持ってると思ってるの」


「そんなことよりどうする。案内人も無しに行くのは無謀が過ぎると思うが」


 自分で話を振っておいて『そんなこと』と一蹴する。自分で傭兵たちを皆気絶させておいて『案内人がいない』。


 なんとも身勝手極まりないのぅ。


「だから、何人かは残しておくべきだったと思う。流石にもう一度頼めば引き受けてくれたよ」

「むっ、確かに」


 そこでトーマスは高らかに笑い出した。あっはっは。かつかつと足音を響かせて彼らに近付く。ちょうど背中が暖かく染まった。朝日が昇ってきたのだろう。


「ふっふっふ。おーい、お主ら! そうじゃ、そこのお主ら二人組!」


 二人は同時に振り向いた。後光差すトーマスの姿を見て茶髪の少女の表情が歪んだのは、気のせいか否か。


「ワシが案内してやろう! 竜が出るというベン・ネビスじゃな!」


 自慢の白髪を櫛で整えながら、トーマスは咥えていた爪楊枝を噛みちぎった。







 正確にはレインパースらは『グランピアン山脈』を越える近道で『インヴァネス』に向かい、そこにいるという『トーマスさん』のもとを訪れるのが目的だった。


「それにしても竜に挑むか! この時代にも酔狂なやつらはいるもんじゃのぅ」


 それが、白髪の老人はすっかりベン・ネビスに向かうつもりでいる。


 レインパースは別にいいかと思った。そこで竜に殺されても構わないと。世捨て人の思考である。フードの男も特に何も言わなかった。


 それにしても、老人がよく喋るのだ。


「ワシが若い頃は竜なんてここらに出なかったんじゃがのう、最近の奴らは弛んどる! ここはスコットランドじゃいうのに、魔法生物を野放しにするなんて……」

「魔法生物?」


 レインパースは気になった単語を復唱した。今は老人が引く馬車に乗って街道を進んでいる。密閉された木箱ではなく、四方に窓があるので、御者台の老人の声はよく聞こえる。


 老人はちらと振り向いてから操馬に戻った。


「……ありゃ口が滑った。忘れとくれ。『魔法』なんて聞いたこともないじゃろう」

「『天恵』ではなくて?」


 天恵。ちょこっとだけ便利な異能の力だ。天気雨を降らせられたり、爪が速く伸びたり、苔を生やすことができたり、動物と話せたり。


 老人は頭をがしがしと掻いてから言った。


「似たようなもんじゃな。天恵は当人の高い魔法適正が表層に現れとるんじゃ。例えば花の香りを強める天恵を持っとるやつは、植物魔法に適正がある」


 おじいさんボケてるのかしら。失礼にもレインパースはそう思ったが口には出さなかった。老人の言う通り『魔法』なんて見たことも聞いたこともない。


 いや、あった。一度だけあるのだった。


 つい最近、あったのだった。


 レインパースの脳裏に忌々しい光景が蘇る。陛下の(へりくだ)った口上。地下に集められた文官と令嬢。ブリテンの記念日。血の湖に沈む死体の山に、生き残ったわたし。


「……『召喚魔法』なら見たことある、かも」

「おや、一蹴されるものと思っておったが、また珍しいことを経験しとるなお嬢ちゃん。どこで見たんじゃ」

「……最近。ロンドンで」

「勇者召喚か。やはり魔法使いどもは好かんの──」


「──詳しく教えろ!」

「うわっ」


 バッとフードの男が御者台に詰め寄った。身を乗り出さんばかりに近付いて、老人は体勢を崩した。馬が暴れて馬車が大きく揺れる。


 老人はよろけながらもバランスを取って怒り出した。


「なにするんじゃ! 決めたぞ、もう教えてやらん! お主にはなーにを聞かれても教えんわい!」

「……っ」


 フードの男は腰に手をかけた。剣だ。暴力で脅すつもりか。危険を感じ取った老人は馬を鞭で叩いて馬車を急発進させた。


「っ」


 直立していたフードの男はもろに体勢を崩した。その隙に老人はレインパースの手を引いて御者台を飛び降りた。


 レインパースもフードの男を冷たい瞳で見つめた。


「何してるの。危ないじゃない。剣から手を離しなさい」

「……待てレインパース。お前も知りたくないのか、勇者召喚について。あの時何が起こって、何が起きなければお前は『追放』されなかったのか」

「……っ」


 フードの男は腰から剣を抜いた。碧い綺麗な瞳が真っ直ぐにレインパースを貫く。ゆっくりと語りかけながらフードの男は近付いてくる。レインパースと老人もじりじりと後退した。


「そこをどけ。お前は何もしなくていい。尋問はおれ──僕がやってやる。拷問じゃない、尋問だ。優しく尋ねるだけ。口を割らなければその時はその時だが──」


「待って! どうしてあなたが私の素性について知ってるの。名前じゃないわ。私が『召喚の儀』で生き残って追放されたことを──」


 フードの男は足を止めた。レインパースは不気味だった。そういえば出会った時から不気味だった。思えばレインパースはフードの男について何一つ知らない。どうしてレインパースに協力してくれているのかも。


 心臓が早鐘を打った。男がフードに手をかけた。顔を晒す気だ。今の今まで決して現そうとしなかった顔を。レインパースはどうして自分がこんなに緊張しているのかわからなかった。


「……あ、あっ……」


 知らず剣を抜いていた。男が剣を構えているからではない。男が、男が──


「ああああああ!!!!」


 黒い髪。碧眼。中性的な目鼻立ちに、高くも低くもない声。どうして今まで気がつかなかった。手がかりはいくらでもあったはずだった。


 ──男が『勇者』だったから。


「ああああ──!!!」


 レインパースは激情した。今の今まで感じた事はない怒りだった。 ……もう感じる事はないと思っていた感情だった。


 もう、こんなにもこころが沸騰することはないだろうと思っていた。諦観。絶望。もう死んでもいいと思っていた。自暴自棄になっていた。


 こいつがいなければ。こいつさえ居なければレインパースは追放されなかったし陛下は死ななかったしヴァイラムは心労を抱えなかったし、そして。


 きっとエリファさんも死ななかった。


「お前お前お前お前!!!」


 あの時は腰が抜けた。恐怖に身体を支配されていた。『召喚の間』、『儀式場』では、レインパースはただの力なき令嬢だった。そのまま恐怖で気絶して、目覚めた時には全てが終わっていた。


 今は違う。きちんと装備を整えている。フードの男が底知れぬ化け物ではなくて人間であることを知っている。そして──怒りという名の最高のドーピングももらっている。


 レインパースは勇者に飛びかかった。殺す気だった。脳裏に幸せな日々をチラつかせながら、気分は悪人を誅伐する騎士だった。


 怒りに任せて上段から斬りかかった。勇者は剣を合わせて受け流した。レインパースの剣が勢いのまま地面に埋まる。


「があっ!」


 その勢いを殺さないままレインパースは回し蹴りを叩き込む。勇者は自ら後ろに飛んで衝撃を殺したのだろうか。手応えが浅い。


 その間に剣を引き抜いたレインパースはすぐさま追従した。勇者の背後には馬車がある。逃げ続けるのは不可能だ。


 馬車に足を止められた勇者はその場で向かい打つことを選択した。足を止めての剣戟戦が始まった。ガキィン、カカァンと金属と金属が弾ける音が響く。


「……っ!」


 優勢なのはレインパースだった。勇者が苦痛に呻き声を漏らす。


 というより、勇者にはレインパースを傷付ける意図がない……?


「はっ!」


 雑念を払ってレインパースは剣戟の速度を上げた。必死になって防御に専念する勇者だったが守るだけではいつかは限界がくる。その太刀筋に、儀式場で見せた殺戮者の面影はない。


 そして、限界の(その)時は来た。



 レインパースの力強い斬り上げに、勇者が大きく体勢を崩した。両手を宙に上げられ胴体は無防備。その口元が苦渋に歪んだ。何かを逡巡している様子だった。まだ奥の手があるのか?


(いや、ない! 殺すっ!!!)


 レインパースは僅かな葛藤を捻り潰した。怒りの君の即断即決が、戦闘においていい意味で働いた。


 そうしてレインパースの剣は無防備な勇者の胴体に吸い寄せられていって──




「やめんかっ!!!!」




 ──老人の叫び声が聞こえて、レインパースの斬撃は空ぶった。




 しゅぱっ、と視界が一瞬フラッシュした直後だった。


「……え?」


 そこは見知らぬ場所だった。寒い。レインパースが薄着というわけでもないのに、肌を刺すような寒さが襲う。


 さらに、暗い。朝早くだからだろうか。朝日が届いていない。ごつごつした岩肌が見える。雲が近いような気もする。酸素が薄い。いつのまにかレインパースの息は上がっていた。


「……え──」


 風景が、全く様変わりしたのだ。


「──瞬間移動?」


 ひゅうと風が吹いた。遠くには勇者の姿が見える。ゴツゴツとした暗い土地には真っ黒の岩が転がっている。なんだ、ここは。まるで山頂のような──


(ぐるるるるる……)と。


 唸り声が聞こえた。背筋に悪寒が走る。全身の細胞一つ一つが悲鳴を上げているようだった。肺のあたりに冷たい石が鎮座していて、心臓を針のついた縄が締め付けている。


 唸り声。山頂。まるで極寒の中に裸でいるような寂寥感。それでいて、生暖かい()()をも背中に感じる。匂いもすごい。動物の骨を蜘蛛と鼠で煮詰めたような生臭さ。


 レインパースは恐る恐る振り返った。遠くで、勇者の呆然とした顔と、老人の高笑いしている様子が見えた。



 至近距離で目と目が合った。大きい。瞳だけでレインパースの顔くらいある。真っ黄色だ。そいつは──可愛らしいとでも思っているのだろうか──きょとんと首をかしげた。


「あ、あっ……」


 真っ黄色の瞳。同じく黄ばんだ色の鱗。四肢を畳んでいるのに、伸ばした首だけでレインパースの背丈を超える。背中にも翼が畳まれているのが見えた。


「────っ!!!!」


 反射的にレインパースは剣を構えてしまった。急いで後退して自分とそいつの間に、せめて盾となってくれるように、剣を構えた。


 多分それがいけなかった。



「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!!!」



 耳をつんざくような咆哮を上げて、()()()()は折り畳んでいた四肢と翼を解放した。


 レインパースら一行は『天国山ベン・ネビス』に転移していたのだ。





タイトルを変更しました(11/30訂:タイトルを元に戻しました)。

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