お約束と竜討伐(3)
短めです。そろそろ毎日投稿がキツくなってきた頃。
シュイン。『瞬間移動』。
「はあっ、はあっ、はあっ!」
レインパースは四つん這いになって必死に息を整えた。まだ心臓は破裂しそうなほど音を立てている。冷や汗が止まらない。発汗が止まらない。全身を湿らせてなお余りあるそれが、烈火の如きレインパースの身体を冷やす。
目も回っている。頭もぼんやりとする。今しがた自分が為した偉業を直視することができない。
(死んだと思った死んだと思った死んだと思った!)
四つん這いからくるりと身体を一回転させて、レインパースは仰向けに大の字に転がった。早朝の風が火照った身体に気持ちいい。綺麗な水色が目に見えた。
隣では勇者が同じようにしていた。彼も必死だったろう。よくぞドラゴンに一撃与えてくれたと思う。
そんなとき、発想があった。
言ってはいけないと思った。でもレインパースは言わずにはいられなかった。たとえそれが、自分の不幸を甘受するようなものだとしても。
「……あ、なたも、っ。こんな感じだったの、ね……」
レインパースはちらりと勇者の方を見た。黒い髪。碧い瞳。全身をびしょびしょの汗で濡らしているのは、彼も人間である証拠だ。
「……?」
何が何だかよくわかっていない勇者にレインパースは息を整えながら言った。
「……っ。目を、開けたら知らない場所。はあっ。目の前には陛下がいて、帰る方法を聞くけれど、素直に帰してくれそうにない。もとの世界には帰れない。怒りをぶつけたいけれど、っ。どうせ帰れないから、どこに怒ればいいのかわからない。せめて元凶の陛下をぶん殴りたい」
「……」
「あなた、もう元の世界に帰れないのよね……」
「……言い訳はしない。虐殺者には、変わりない」
勇者は剣を杖に立ち上がりながら言った。強いなあと思った。レインパースはまだしばらくこのままでいたい。
「いや、別に帰れないことはないが」
そんな二人のもとに揚々とやってくるのは白髪の老人だ。レインパースの胸にふつふつと湧くのは怒り。きっと勇者も同じ気持ちだった。
「まあ悪くなかったぞ! 尻尾が二メートルは上々の戦果じゃて」
「……あなたっ! 『悪くなかった』じゃないのよ。恨みつらみが一言で済むと思っていたら──」
「待てっ! どうすれば僕は元の世界に帰れる?」
喚き出す二人を老人は面倒そうな目で眺めた。小指で耳くそを掘りだしている。
「あー、時にお主。どうやってドラゴンの尻尾を切断した?」
「なっ──」
こともあろうに老人は二人の詰問を無視して勇者に話しかけた。勇者もレインパースも苦々しく目を細めた。
勇者はやはり剣を杖に呼吸を整えながら、この老人にこれ以上詰め寄っても無駄だと思ったのか、素直に質問に答えた。
「……別に。あんな巨体を斬るのは久しかったから、全力の質量を込めただけだ」
「ほう? 質量とな」
「ああ。質量を込めて形相──魂みたいなもんごと、まとめて斬り落とした」
老人は少しだけ思案する様子を見せてレインパースに向き直った。疲労でやつれているレインパースは頭の上にはてなを浮かべるしかない。
「次にお主。ドラゴンの身体はそりゃあ重たかったじゃろう」
「……? ええ、まあ」
とても人間が太刀打ちできる存在とは思えなかった。今でも自分があの突撃を逸らし切れたことが信じられない。
それこそ、城がそのまま迫ってきた、ような重量だった。
「それが魔法生物の特徴じゃ。彼奴等は見た目通りの存在ではない。なんと説明しようかの、勇者の言葉を借りれば、質量とやらを個別に持っておる。ワシらは『魔力』と呼んでおるがな。だから傷付けるのには相応の技術が必要なのじゃが──」
老人はちらと勇者を見た。
「──やはり『勇者』というのは規格外じゃな。質量、形相なんかはワシも全く知らん概念じゃ! 褒めて遣わそうぞ!」
つまり、だ。レインパースは回らない頭で必死に考えたのだが。
老人は『一撃与えれば逃げおおせてやる』と言った。
老人は『魔法生物を傷付けるには相応の技術が必要だ』と言った。
これは、レインパースらは一般人では不可能なことを頼まれていたということか?
「……勇者、ファインプレー過ぎる」
レインパースの悪態は例の如く無視された。この老人の自分勝手さは極まりない。
今も彼は一人でドラゴンの尻尾を愛でながら上機嫌でいる。レインパースと勇者は息も絶え絶えで風に身を任せているのに、あいつだけが何やら満足げな表情なのだ。
そして、白髪の老人がぼそりと呟いた。
「面白い、面白いのぅ。稀有な天恵持ちに異世界の技術。トーマス・エジソンの腕がなるわい!」
「……え?」
白髪の老人はくるりと二人に向き直った。レインパースの動揺をまたも無視して。
「こうしちゃおれん。今すぐワシとインヴァネスに向かうぞ。試したいことは山ほどある!」
え?
『トーマスさん』? 『インヴァネス』?
○
魔術師『トーマス・エジソン』へ。
ご無沙汰しております。例の如く、時世の言葉は省略させていただく。あなたは社交辞令がお嫌いだったはずでしょう。
単刀直入に。あなたには私の婚約者レインパース・レイピアの保護を頼みたい。とある事情で彼女は今処刑の危機にある。私が王宮で場を整えるまで、誰の目も届かぬ場所に置いておきたい。
褒賞といっては何だが、私に貸しが一つ作れると思えば、其方としては容易いことなのではないかと思う。
無二の親友。『ヴァイラム・オブ・ケンブリッジ』より。
○
レインパースから受け取った手紙を見てトーマスさんは途端に不機嫌になった。どんな内容が書かれていたのかは知れない。ドラゴンの尻尾を片手間に弄びながら彼は貧乏ゆすりをしている。
「ワシは『魔法使い』じゃ言うておるのに。もっと言えば科学者じゃ」
しばらくそうしていたが、トーマスさんはレインパースが返答を待っているのに気がついた。
そして、彼は苦々しい表情で言った。
「……引き受けてやろう。ただしワシが預かるんじゃ。三ヶ月で、せめてドラゴンを倒せるようにはなってもらう」
レインパースと勇者の驚愕と非難の声は、ついにトーマスさんに届くことはなかった。
最後に、項垂れるトーマスさんがぼそりと呟いているのが聞こえた。
「……『ヴァイラムのお客さん』であるのならば、こやつらは丁重に扱わねばならぬのか……」
お客さんだから、丁重に扱わねばならない?
先ほど彼は言った。『いますぐインヴァネスに向かうぞ。試したいことは山ほどある』と。
彼は一体何を試すつもりだったのだろう? 言い知れぬ悪寒に、レインパースの背筋がぶるりと震えた。
第一章完。次回からガラッと雰囲気が変わります。




