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お約束と竜討伐(2)

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッッ!!!!」


「なによなによなによこれっ!」


 レインパースは必死で後退した。脇目も振らずに全力疾走だ。剣を腰にしまっている暇もなかった。


 勇者も白髪の老人も遠くで同じようにしているのが見えた。


「ちょっと、逃げないでよ……!」

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!!」


 ばさばさと羽ばたく音が聞こえた。後ろを見るとドラゴンが飛翔している。ドラゴンの真下には骨でできた巣と、真ん中に大の大人くらいの大きさの卵が見えた。


 ドラゴンは尻尾を下、頭を上にして直立するようにその場で羽ばたき続けている。羽の内側がレインパースに見える形。


「っ、ちょ、っと、勇者っ!!!」

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️──ッ!!!」


 耳をつんざくようなドラゴンの咆哮は、不快感よりも恐怖を煽る。


 レインパースは走りながら悪態を吐いた。やはりここは山頂なのだろう。息が上がるのが早すぎる。レインパースは本来であれば健脚だ。


「なんで真っ先に逃げてるのよ──!!」

「あれは、違う! 心の準備が必要だ!」


 遠くから勇者が叫び返してきた。


「何が勇者だっ! 勇気のカケラもないじゃん!」


 全力疾走で彼に追いつけないのがなおムカつく。今なお最後尾はレインパースで、だから彼女がドラゴンに狙われるのだ。


「きゃーっ!」


 レインパースは本能に従って全力で右に跳んだ。


 ()()が、つい先ほどまでレインパースがいた場所を焼いた。文字通り、燃焼。硬い岩盤が灰すら残さず燃え尽きた。


 後ろを振り向くとドラゴンの口から火が漏れているのが見えた。


「おじいさん! おじいさんも待ってよっ!」


 恐怖に飛び上がってレインパースは役立たずの勇者ではなく、得体の知れない白髪の老人に助けを求める。


 その間にも火球はどんどん跳んできて、レインパースは必死になって避けた。文字通り命がけ。どうやらドラゴンはお怒りらしい。


 おじいさんも笑いながら逃亡している。彼は楽しそうに小躍りしていた。満面の笑みだ。


「ひょっひょっひょ! 眠りを妨げられた挙句卵を襲われる思うて激昂しておるわ! あんなになってしもうては流石のワシもどうにもならん!」

「ちょっ、きゃっ! ちょっと待ってよ! きゃっ、そもそもあなたが『瞬間移動』をやらかしたのでしょう!?」


 絶え間なく飛んでくる火球にレインパースはたじたじだった。幸い速度はないので右に左に避け続けることは可能だろうが、鬱陶しさは溜まる。


「ああ、もうっ!」


 レインパースは直前の火球を避けて、近くにあった大岩を足で蹴り上げた。


「いい加減に、してっ!!!」


 宙に浮いた大岩を剣の腹で思い切り叩く。細腕から繰り出されたホームランボールは、見事ドラゴンに命中した。



 ぽてっ。



 命中はしたが、ドラゴンは痛くも痒くもなさそうだった。


 そしてしばらく静寂の時間が続いて、レインパースはそろりそろりと後退する。大きく動けば勘づかれてしまうと思った。ゆっくり、視界に刺激を与えないように後退する。


 でもダメだった。


「◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッッ!!!」


「何やってるレインパース・レイピア! こっちに向かってきたじゃないかっ!」

「し、仕方ないでしょ鬱陶しくて! あなたはさっさと撃退するか、『勇者』の肩書きを返上しろっ!」


 

 『勇者』に対する悪態は尽きないが、白髪の老人も腹立たしい。彼はずうっと腹を抱えて笑い転げている。それでいて逃げ足も速いもんだから、神経を逆撫でされることこの上ない。


 三人は横並びになって全力疾走を続けている。言い合う体力がもったいない。今はただ、急いで逃げ生き延びねば。


 ここで初めてレインパースは自分が生きたがっていることに気がついた。『勇者殺害』という目的が未完遂だからか。根源的な恐怖を呼び覚まされたからか。


「はっ、はっ、はっ!」


 とにかく、彼女らはただただ逃げ回っていた。時たま放たれる火球は避けて、でもここは山頂だ。遮蔽物も障害物もさして見当たらず、ジリ貧である。相手は翼も持っている。


 そんなとき、白髪の老人が言った。


「おーいお主ら! もう一発一矢報いたら、ワシが『転移』で逃げてやる!」

「わたし、さっき一発入れたっ!」

「もう一発じゃ言うとろうがあほう!」


 ザッと勇者が足を止めた。やる気だ。今まで抜いてすらなかった剣も抜いた。肩幅に足を広げて正中に構える。


 でも、彼の構えは一秒と続かなかった。


「やっぱり無理だ!」

「臆病者め!」


 次はレインパースの番だった。彼女も振り返って竜を見る。翼を広げた姿は横幅十メートルくらいはあるように見えた。巨大過ぎる。


 足を止めたくなかった。ただでさえ竜は恐るべき速度で突貫してきている。爬虫類のような真っ黄色の瞳が目に痛い。風を切るとはこう言うことだ。()()は、風を切りながら突進してきている。


「勇者っ! わたしが引きつけるから後ろから斬りつけてよっ!」


 虚言だった。そんなことできるとは思わなかった。


 でもやるしかなかった。どの道逃げきれない。頼みの綱を手繰り寄せられるかは、老人の気分で決まる。


 レインパースは全神経を集中させた。辺りに舞う埃の一つまで見えるようにだった。世界が動きを遅くする。レインパースだけが、なだらかな世界で動いている。


 ほんの一瞬、ドラゴンの動きすら、蠅が止まっているように感じた。


「こんっ、の──っ!!!」


 気分は真っ赤な旗で獰猛な牛をいなす闘牛士だ。そうとでも思わなければやってられなかった。


 でも実際に持っているのはメイドリーがくれた護身用の剣で、向かってきているのは巨大なドラゴンだ。


 ドラゴンは首を伸ばして突撃してきていた。止まった世界でレインパースはその鼻先に剣を合わせることに成功した。


(お、重たい……!)


 それもそのはず、全長はレインパースの十倍はある怪物が、飛翔の末、その全体重を乗せて突撃してきているのだ。


 でも、レインパースはやらなければならなかった。少しずつ、でも時間はかけず、剣を逸らしていく。ドラゴンの攻撃のベクトルを勇者とは反対方向に逸らしていく。最小限の動きでやらなければならない。大胆に力を加える時間はない。


(ゆっくり、速く、逸らす、避ける、動かす……)


 神経を削る作業だった。実際にはその邂逅は一秒に満たなかっただろう。しかし、静止した世界の中では無限に等しい時だった。


(あ、ダメだ)


 レインパースは早くから失敗を悟っていた。ともすれば剣を構えた時から。それが今確信に変わった。


 レインパースの細腕に、ドラゴンの巨体は重過ぎる。これを逸らしきるには技術が足りない。得物が剣であるのも厳しい。これが丸い棍棒であったなら。


(あ、死んだ)


 その時だ。レインパースの身体を、何か暖かな光が覆った。


 続いてレインパースの口が勝手に動く。喋ったつもりはなかった。喋る余裕はなかった。文字通り()()()、レインパースの身体が使()()()()


 でも、誰に?


「きみはしあわせになるべきだ」


 レインパースの口は、そんな言葉を紡いだ。


 そうして、レインパースの身体も理想の動きを為す。早過ぎず遅過ぎず、小さな小さな剣一本で、巨大なドラゴンを完璧にコントロールする。


 キィぃぃンッ、と。


 擦り切れるような音を立てて、遂にレインパースはドラゴンの突撃を背後に逸らし切った。


「疾ッ!」


 そして、つまり。


 ドラゴンは無防備な背中を勇者に晒している。


「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️ッ!!!!」


 悲鳴をあげてドラゴンは空高く飛び立った。その黄色い目は怒りに燃えている。もう一度突撃するつもりだ。何度も何度も怒りの咆哮をあげている。


 その尻尾が、二メートル分くらい無くなっていた。


 ごとりと鈍い音がして、レインパースの隣に大きな尻尾が落ちた。プシュープシューと青い血を吐き出しながら、断面図は真っピンク。グロテスクな物体はまごうことなきドラゴンの尻尾だった。


「まあ、及第点じゃの」


 老人の満足げな声が聞こえて、レインパースの視界を白い光が覆った。ちょうど天国山に『瞬間移動』した時と同じような光だった。

闇堕ちっ娘が元気になってくれてよかった。

一応言っておくと、レインパースは元来明るくて良い子です。

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