6(飛べない)
家に入ってボニーは暴れる。わたしの手から虫かごを払って落として。本棚を倒して、食器棚をひっくり返して。カーテンを引き絞って、荒れた家で泣き叫んだ。ひどい面相。ドレス、ぐちゃぐちゃ。
わたしはボニーを抱きしめて、耳元で歌いながらドレスを脱がす。裸にして、ボニーをお風呂に入れる。さめざめ泣く裸の背中を抱いて、歌ってやる。
それでもボニーは泣きやまない。わたしもしくしく泣き出して、歌が歌にならなくて。ボニーと一緒にしくしく泣いて。
ボニーを寝巻きに着替えさせ、髪を乾かし、梳いてやる。ボニーはとても大人しい。まるで天使のよう。
泣くのはおやめ。ほら、サナギが羽化して蝶になる。皴の翅を伸ばして蝶になる。暗がりの中で蝶になる。小さな灯りを翅に映して。
蝶は羽ばたき、翅に翅脈。わたしたちは追い回す。蝶は逃げよと翅を動かし、翅脈の亀裂が増えていく。きらきら輝き、割れていく。細かくなって欠けていく。小さく砕けた翅が散る。飛べない蝶は這い出して、芋虫みたいにひくひく動く。
──いや!
叫ぶボニーを抱きしめる。ボニーの髪を梳いてやる。サナギはさっきの乱痴気で。すっかりどこかで潰れてる。
*
あなたの名前は? 白い女の先生が訊ねる。
ボニー。わたしは応える。小さな声で。
白い男の先生が眉をひそめる。メアリはどこ?
メアリはいません。わたしは応える。涙をこぼし。
ふたりの白い先生の顔は、依然に厳しい。
メアリはいません。わたしは泣く。わたしはひとりです(お薬ください)。メアリはわたしの想像です(お薬ください)。メアリは消えました(お薬ください)。メアリは戻ってきません──存在しません、メアリは二度と出てきません(お薬ください)。
太った看護婦さんにベロを出し、上げて裏も見せる。はい、大丈夫。わたしは頷く。はい、大丈夫。白いちっちゃなお薬は、お水と一緒にお腹に収まる。
わたしは訊ねる。ドリス叔母さん、来てくれました?
看護婦さんは首を振る。どうかしら。先生に訊いてね。おやすみなさい。
おやすみなさい。
ふと、目が覚める真夜中。窓の格子が部屋に影。この部屋は安全。鍵がきっちり締まってる。この部屋は安心。頑丈で、わたしにも開けられない。
ああ、それにしても。
なんでこんなに、お腹が重たいのだろう。大きいのだろう。ボヤいただけで、内側からぐいと蹴られた。蹴りつけられた。
了
1911-2002, 30.




