5(蝶の時間)
毛むくじゃらの手が、わたしをなぶる。カッカと火照ったわたしの身体。毛むくじゃらの手が気ままにまさぐる。
はっはっはっは。息が荒い。
はーっ、はっはっ。息がにおう。
サナギが揺れる。背が割れる。蝶が殻から抜け出そうとしている。
さあ──(はっはっ、はーっ)。
ちからいっぱい、突き飛ばす。机にゴツンと頭にぶつける。カップが落ちて、ガチャンと割れる。ソーサーが飛んでで、パリンと割れる。
頭を打った先生は、ごろりと床に転がった。
毛むくじゃらの太った身体。咽喉の奥から呻き声。わたしは狙って顔を蹴る。ボリッと砕ける鼻の骨。ぶわっと飛び散る血の滴。
はー、はー、はー。虫の息。
ふー、ふー、ふー。獣の息。
わたしは虫かごを手に取って、大きな身体を踏んづける。大きな身体がぶよっと揺れる。生物室を飛び出して──ピンストライプのダニーとぶつかる。
探してたの?
『ああ、探してたさ』
鬼の子ダニーの顔に笑み。口元に、尖った牙がにょきっと光る。
ダニーは、わたしの肩に手を置いて、『よくもコケにしてくれたな』
まさかまさか。否定する。どうしてそんな悪女みたいな?
指がぐいと肩に食い込む。
『恥の上塗りだ』
あんたに塗るほど(痛い、痛い)、恥はお安くないものよ?
わたしは捨ッと振り払う。弾ッとダニーが突き飛ばす。わたしは脱兎と駆け出して。
ボニーを探して体育館。向かう途中に呻き声。茂みの奥が震えてる。
ダニーが覆いかぶさって、自分のベルトのバックル相手に奮闘中。片手でボニーの口を押さえ、片手でズボンを下ろすのは大変そう。
掴んだ石で、ダニーの頭を殴りつける。ごつん。ぐちゃ。崩れたダニーの下から、ボニーが這い出す。ドレスの肩が大きく落ちてる。ダニーが呻く。石を振り下ろす。ぐちゃ。ボニーの目が大きくなる。早くおっぱい隠しなさい。ぐちゃ。みっともない。ぐちゃ。それともお邪魔だったのかしら。ぐちゃ。
血まみれダニーはうつぶせで、満月みたいなお尻を突き出して。間抜けもいいとこ、すてきなとこ。脱げかけズボンを引っ張って。だめだ、重いや、このデクは。わたしは足で、足を払う。鬼の子ダニーが仰向けに。行き掛けの駄賃よ、受け取りなさい。剝き出しの男の子目掛け、足を振り下ろす──えいっ。
ぐちゃ。
ああ、やだやだ。男の子、潰しちゃった。潰れちゃった。
でもこれで。鬼の子ダニーは半端者。鬼の子ダニーはただのダニー。
ねぇ、ボニー。どこよ、どこに行ったの?
ねぇ、ボニー。ひとりで帰れたかしら?
わたしは暗い家の中。テーブルの上に虫かごを置く。さぁ始まるよ、蝶の時間。サナギの羽化をご覧あれ。呼び鈴鳴って、ボニーのご帰還。ブランケットに包まれ、保安官の付き添いで。車のライトが、あっちこっち。遠巻きに学校のみんな。
『ダンスパーティは?』
今夜はサナギが羽化するんです。
保安官が眉をひそめる。わたしはプラスチックの虫かごを見せ、補足する。
観察したくて。ねぇ、ボニー?
腕に触れて、わたしは訊ねる。大丈夫?
ボニーは、顔を上げ、口を開きかける。触れた指でぎゅっとつねる。ボニーの口は閉じられる。
保安官が言う。『ホーマー先生が怪我をした』
まぁ大変!(なんだ、生きてるのか)
ところで、ボニーを早くお風呂に入れてあげたいの。ほら、こんなに汚れて……かわいそうに。どこか痛くない? ひどいことされたの? ねぇ、保安官、ボニーは誰かに……乱暴されたの?
保安官、答えに窮して渋い顔。
ねぇ、保安官。ひどくデリケートでプライベートな部分に触れてるのを思い出して。
ボニーのために。
『この家に、入らせてもらうよ』
ダメです、お断りです、保安官。お引き取り下さい、保安官。
『いや、ダメだ』
ダメは承知よ、保安官。でも今は、お引き取り下さい、保安官。
ボニーのために。
『必ず、入るぞ』
ええ、いずれ。まだなにか、保安官?
ダニーはどうした?
さあ。どうして? 用がなければ、早くお風呂に入りたいのですが。
彼といっしょだったろう?
ええ、とわたし。『賭けで誘われました』
保安官の眉が上がる。
『バカみたい。そそのかされて』肩を竦め、『舞い上がって』ここで涙。『本当に、バカ』
そして幕が下りる。観衆を締め出し、蝶の時間が始まる。




