1(ガラスの翅)
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生物のミスター・ホーマーは人狼で、毛むくじゃらで、長い爪の太ったおじさんで、よくよく見ると指がぷるぷる震えてる。
西日で暖かに色づいた放課後に、わたしはたまにお茶をご馳走してもらう。これはどこそこの茶葉で、香りが云々。流しのある生物室に、ホーマー先生は、お尻に根を生やしてる。この茶器、とてもきれいだろう?
はい、先生。きれいです。
わたしは教壇に背を向け、窓際の蔭に置かれたプラスチックの虫かごの中、サナギに見入る振りをする。ポッペン蝶はガラスの翅。メンデルの法則に従う。翅の色はお楽しみ。
ホーマー先生は、デスクの一番下の引き出しの下から携帯水筒を取り上げ、自分のカップに中身を注ぎ、一口飲んで、そそくさ戻し、さあらぬ体で続きを飲む。わたしはプラスチックに映った先生の姿をジッと見る。
『五月祭には出ないのかね?』先生が訊ねる。
誘われていませんので。わたしは答える(壁の花はお断り。ダンスはもっとお断り)。
『羽化はちょうどその頃だろう』
はい、楽しみです。
ミスター・ホーマーは微笑み、紅茶のカップを傾けて。静かにおくびを、そっと漏らす。
『脱皮は日暮れのあと。夕方から深夜にかけて。生物室は開けておこう』
うすのろボニーがまたやった。
ああ、メアリ。ボニーは途方に暮れた顔をして。いったい、どうしてこうなったの?
それは、わたしが知りたいよ。
ダニーは鬼の子、意地悪をする。赤と青とヒトが混じって、肌は薄い葡萄色。背丈は頭が一つも二つも抜けて大きい、ひとでなし。
髪を引っ張る。足を引っかける。ノートに(いやらしい)落書きをする。切り取った雑誌の(いやらしい)写真をロッカーに詰め込む。ダイヤル錠、交換した日に盗まれる。悩み悩んで校長室。教頭のミズ・レモンリップが相手する。
あらまあ。大変。教頭先生、眉を上げ。ところで鍵の番号、あなたの誕生日とか、分かり易い組み合せでなかったの?
違いますと、否定する。
そう、と先生。まだ何か?
いいえ、先生。頭を下げて、辞去する。注意書きが貼り出される。
〈鍵の管理は自己管理〉。
ボニーは途方に暮れる。ねぇ、メアリ。なんで、わたしのロッカー、鍵が増えてるの?
うすのろボニーが泣き出して。まったく。ほんとに。うんざりだわ。
なだめなだめて帰宅する。バスタブにお湯を張り、服を脱がして裸にする。スカートに大きなカギ裂き。ひどい。お洋服がどんどん駄目になっていく。お金は羽ばたき、いまはどこ?
くしゅん。くしゃみが出た。
わたしはボニーをお風呂に沈める。裸の背中を洗い流す。痛がるまで、ごしごし擦って。乳首をぐいとつねってやる。おっぱいばっか大きくなって。少しは恥を知りなさい。めそめそボニーが言い訳する。だって自分でどうしようもない。
分かってるよ、でかっ尻。だからなにさと、またつねる。さめざめボニーが、吐息を漏らす。おヘソの周りを撫でさする。おヘソの下を掻い撫でる。揉んで擦って、ぐいと押す。さあっとお湯が赤くなる。月の障りは気の触り。わたしの視界も赤くなる。ボニーが喘ぐ。情けなくて泣きたくなる。バスタブの底に沈めてしまいたい。水底に押さえつけたい。息が出なくなるまで。ずっと。
破れたスカート、縫い直し。ちくちくと、針と糸で縫い直し。わたしはママに言い付ける。鬼の子ダニーを告げ口する。
ママはいつも黙って聞く。静かに黙って聞いてくれる。
なんでダニーは構うの。どうしてダニーは意地悪をするの。
ねぇ、ママ。ダニーって、もしかして好きなのかな。それとも、ダニーに構って貰えて嬉しいのかな。
ママは黙って聞いている。
『どうかしたの?』
なんでもないよ。もう寝よう。ママのことなら大丈夫。いつもの通りさ、キニスルナ。明日は週末、お休みで。お昼までたっぷり寝るよ。
お洗濯をして、日向に干して。きらきらはじける光が眩しい、今日はとても良い天気。少しぽかぽか初夏のにおい。風に揺れるシーツを見てたら、甘いものが手招きした。
ようし、それなら、やったろう。
天火に火を点け温めて。虎の子チョコをザクザク刻んで。ああもう既に。甘い匂いでいっぱいだ。湯煎にかけて溶ろ溶ろだ。
クルミを砕いて、生地とまぜまぜ。型に入れて、それ焼けろ。
お片づけしながら焼き上がりを待つ時間は、うっとりするほどチョコレート。むせかえるほどチョコレート。ヘビはエバに、カカオの実を挽くようそそのかした。女の腕が太いのは、その重労働のためである。女の皮下に脂がつくのは、その実で作られた菓子のせいである──新・創世記。
おっとどっこい、呼び鈴だ。誰が来るのか、こんな家。ああ、やだ。珍客なんてものじゃあない。
どうかなさいました、保安官?




