敗北令嬢は自由を手にする(4)
ひとつめの復讐に手をつけるため、シエルサは翌日ルイユを駒として扱えるかの確認をすることにした。扱えなくても、扱えるようにする必要があった。
朝からルイユを呼び出して身の回りの世話をさせながら、ルイユを観察していく。
ドレスを選ばせ、食事や紅茶を作らせて給仕を行わせる。
さらにルイユを言いくるめて朝食をともにした。それを見てシエルサは舌を巻いた。ルイユの動きが男爵家相応の慎ましやかな生活を送っていたことが嘘なのでは、と思えるほど洗練されていたのだ。
「……驚いたわ」
ルイユはほとんど平民と同じような生活を送っていたようだけど、ただひとつ礼儀作法においては他の追随を許さないほど美しい。その一挙手一投足に意思が存在するかのように。
それはシエルサがもしルイユが公爵家の娘であればと思うほどだ。
「いかがでしょうか?」
シエルサの顔色を伺いながら、ルイユは問う。しかしその背はしゃんと伸びていてお仕着せのままだというのに、気品が隠せていない。なるほどこれは公爵令嬢付きになるわけだ。だけれど、もう少しひねりも欲しい。
「……ひとまず、乗馬服を用意してちょうだい。夕方辺りまで外へ出ます。あなたも馬へ乗れる服を」
評価は『良』を付けるしかないだろう。他がどうなのかは置いておく。
ティーセットがルイユのささくれだった手によって下げられてから30分。シエルサはルイユとともに厩にいた。
「インフェ。今日もよろしく頼むわ」
毛並みの美しい馬を厩から出しながら、シエルサは彼を撫でる。インフェと言うその馬は2年前の誕生日パーティで渡された軍馬だ。
軍馬としては落ちこぼれだが、他の馬よりは使い勝手がいい。そして何より美しい。令嬢への贈り物に最適だったのだろう。
前の時間軸では、サリュメイン公爵家へやってきたリカルドが一目惚れをしてすぐに連れて行ってしまったが……今回はそんなことはさせない。
(さて、乗馬の腕前はどうかしら)
「ルイユ。あなたは隣のドゥジエムに乗って」
「かしこまりました」
ドゥジエムはインフェのあとに連れてこられた馬だ。こちらも軍馬ではあるが、最低限の躾以外は行われていない。つまりは2番目。スペアとして送られてきただけだ。
ルイユは慣れた様子でドゥジエムに跨る。
「さあ、行くわよ」
それを見てシエルサは満足そうに頷き、インフェに跨った。乗馬も高位貴族の嗜みであるため、失敗することはない。
行先はサリュメイン公爵邸内にある『新緑園』だ。遠駆けのために作られて、今も兵士が巡回しているある程度安全が保証された場所。
まずはローテンポで併走する2人は、お互い無言だった。シエルサは少しずつスピードをあげていき、ルイユもそれに負けぬように鞭をうつ。乗馬服で風をきり、立派なフォームで駆け抜けた2人を、何人かの兵士が見ていた。
やがて昼に差し掛かる頃、ようやく最奥の丘へと到着した。そよそよと葉っぱたちが風に揺れるのを見ると、心が凪ぐようだ。
駐在している兵士に馬を預けると、近くの木造の椅子へ座る。隣の空いてる席を叩いて座るよう促すと、ルイユは大人しくその場へ座る。恐れも困惑の表情もない。さわさわと流れる風が2人を包む。
「実家ではよく馬に乗っていた?」
話しかけたのはシエルサだ。
「ええ、まぁ、触れ合っていた方では……あると思います」
「なんだか含みのある言い方ね」
「……馬よりも狩りの方が得意だったので」
「そう、狩りね……。……ぇ、かり?」
1度は納得しかける。しかしおかしいだろう。令嬢たるもの野蛮な振る舞いはしてはならないはずだ。それが常識であり、シエルサももちろんそう思うはずだが……。
(え、狩りまでやるの!? 森で暮らすには必要な人材ね!)
あいにく、2度目の人生ということで遠慮など無くなっていた。
俯きながら話を続けるルイユ。儚く見えてしまう。シエルサもこくり、と息を飲みながらその話を聞く。胸元に両手を持ってきて準備は万端だ。
「友達が蛇と狼だけだったものですから……」
(友達が蛇と狼!? なんて素敵なの! これこそがムネキュンとやらなのね!)
思った以上の逞しさに思わずムネキュンを覚える。
「……ルイユ、合格よ。その魅力を私とともにさらに伸ばしていきましょう!」
(((いや、おかしいだろっ!!)))
興奮しすぎて、思わずルイユの手をとる。それを見ながら兵士たちはツッコミをしたいのを必死に我慢していた……。
ラブももりだくさんにしたいけど、頓珍漢な感じな女の子なので……女の子とはこんな感じです