そして敗北令嬢は過去へ飛ぶ(4)
かつんと響く足音は一定のリズムを刻み、やがて止まった。その音の主、シエルサは着ていた従者の服から青いワンピースへと装いを変えていた。
あの後、竜神はシエルサの襟首をつかみ隣の部屋へ押し込んだ。中はドレスやワンピース、髪飾りにイヤリングで溢れており、それらを見たときには唖然としたものだ。
あまりにも身だしなみが酷いから整えろ、ということだろう。声をかけようとして後ろを向けば、あの男は一言も言わずいつの間にか去っていた。ひとまず隣の部屋を流れる地下水で体を洗い、手頃な服を着たのだが。
「まあ、いいんじゃないか?」
「……人を誉める言葉ではないのでは、ないでしょうか」
「特に誉めたつもりはない」
「そうですか大変失礼いたしました!!」
扉を開けた直後、なぜかいた竜神にそんなことを言われれば信仰心など消えてしまう。誉めてほしいとは欠片も思わないが、誉められないのもまた、何か苛々とさせられるのだ。
(そりゃあ、そんなにきれいな顔をしていたらわたしのことなんて、たいしたものには見えないでしょうけど!)
先を進む竜神を小走りで追いかけながらシエルサは少しずつ怒りを貯めていた。
どこだかわからない道をくねくねと歩き、やがて2人は玉座へとたどり着いた。
……そう、玉座である。
シエルサの記憶にある王宮の玉座と寸分違わないものがそこにあった。
「……」
シエルサ、絶句である。
「王宮でこれと同じものでもみたか?」
「ええ、まあ、はい。これはいったい──
「あれは複製だ」
淡々と告げられたその真実に、シエルサは開いた口が閉まらない。それを横目に見るまでもなくその玉座に腰かけて、その続きをすらすら語る。
「元々この椅子があり、奴がずっとこれを欲しがったのだ。さすがに渡すわけにもいかないから複製を作らせた。それだけの話だ」
「一応お聞かせ願いたいのですが、奴というのは……」
「お前も知ってるだろう。友人を名乗る勝手なやつだ」
何を言っているのかよくわからない、そう思いたかったのはシエルサにははじめてだった。
建国神話を書いたのが友人。その友人があの椅子を欲しがり、複製した。そしてその椅子は現在も王宮にある……。
もちろんシエルサが考えているものとは違う答えがある。まったくもってあり得ないことだけれど、誰かから国王があの椅子を譲り受けた、とか。
ごくりと唾を呑む。これ以上は知らない方がいい気がするのだ。
「で、なんのようだ?」
だからそうして話をずらしてもらえたことに、シエルサは心底ほっとした。
「ここに来たということは、何か叶えたい願いがあるのだろう? 言ってみろ。対価と引き換えに何でも叶えてやろう」
「では、私を過去に戻していただきたい」
竜神の目を見据えて、シエルサはそう告げる。それだけを求めてここまで来たのだから。
「わたしの望みは復讐。この怒りを彼らに与えるためなら、私は貴方に魂すらも売り渡しましょう」
胸元に手を当ててシエルサは竜神にかしずいた。
「私の全てを捧げます。どうか、私に復讐の機会をお与えください──!!」
見せられた誠意と裏表のない感情は、相手にもその気持ちを連想させる。そして竜神は口元を歪める。
「いいだろう」
果たして何が悪で何が正義か。無表情なその仮面を外し、竜神はシエルサの頬に手をかける。その手を滑らせて顎を持ち上げると、鼻先がつくほどに顔を近づけた。
「過去も今も未来も全てを貰い受ける。輪廻の先も、すべてを」
長い髪同士が絡まり合い、まるで恋人が紡ぎ合うようなシルエット。囁かれる言葉はひどく重い。重苦しい。引きずり込まれ、決して抜け出せないように絡めとられるのを、ただ黙ってシエルサは受け入れた。
「その代わり決して逃げるな。もしも逃げたらその時は……最も嫌う方法で報復させてもらう」
2人の足元から光が伝う。床へ、壁へ、天井へ。どこまでも遠くへと。
「決して逃げず、復讐を成し遂げると誓います」
「その言葉、しかと受け取った」
その光がいっそう強く輝いて。神である竜の口が動いた。
「竜神ルゼルの名において、蒼薔薇の娘に祝福を──」
次回から舞台が変わります。どうぞこのままお付き合いください。