敗北令嬢は情を感じる
実の父親を屈服させて、シエルサは部屋を出た。明日の準備をすると言ったもののシエルサがやることは特にない。
「地下牢に行くぞ。書斎の裏から降りる」
ソレイユから引き出した知識を元に、シエルサはルゼルを連れて地下へ降りる。中からひんやりとした空気が溢れ出る。人の出入りが少ないことが感じられるが、清潔に保たれていた。
ひたすらに螺旋階段を降り、やがてひとつの部屋へ辿り着いた。古びた重厚な扉だ。外から魔法がかけられている。扉にはサリュメイン家の家紋が描かれていた。
「霧散」
取手に手をかけて一声。ホコリを舞わせながら扉が内側へと開いた。少し縦長の部屋に、遥か上の方からあかりが射し込んでいた。用を足す場所がひとつあるのみで、家具などは見受けられない。王都の牢屋よりもひどく辛い環境だ。その状況にシエルサは心を痛める。前世での教育がなければ、おそらく顔に出ていただろう。
その部屋の中心に、少年が一人俯いていた。
「……何しに来たの」
少年は地面に座り込んで、薄いごわごわとした毛布に包まっていた。声はしわがれていて、どうやらろくに食べ物も与えられていないらしい。小枝のような足には鎖が繋がれていた。
しかし、その目は煮えたぎる炎のように怒りを持っている。
シエルサはその場で少年を見下ろした。その姿は記憶にあるより一回り小さく、まるで別人のようだった。
「ロセ、アン、トル、セオ、レオン」
「……っ!」
「知ってるわね? あなたの家族のことだもの」
「何をする気だっ!」
シエルサの言葉に少年は掴みかかるが、足に嵌められた鎖が部屋の外へ出ることを許さなかった。その代わり、ぎらぎらとした瞳がシエルサを射抜く。
「取引をしましょう」
「取引だと?」
「私が見返りに差し上げるのは、家族全員の衣食住の保証と仕事。もちろん学費も出しましょう。その代わり、私の従者になってもらいたいの」
破格の条件だった。あまりに旨みが無さすぎると、少年は警戒を露わにする。
「……ほぼ強制でしょ。危険人物を監視するために」
「分かっているなら承諾してちょうだい。私の首を切るタイミングはいつでもあるのだから」
「殺されてもいいって言うの?」
「少なくとも暫くは殺しはしないでしょう?」
下の妹が学校へ通うまで、シエルサは殺されないだろうという確信があった。なにせ彼は「家族思い」なのだ。シエルサはそのことを、よく知っている。
「僕に何をしろって?」
「そうね、まずは……筋肉をつけてもらおうかしら」
「きん、にく?」
「毎日三食とアフターティーは必須よ。マナーも覚えてもらうわ。それと、明日から学院だからすぐにでも風呂に入って欲しいわ。ルゼル、用意を」
「俺は使用人じゃあないんだが?」
一人ぽかんとあっけに取られる少年をよそに、話はいつの間にか進んでいく。ルゼルによって足を縛っていた枷が解かれると、シエルサは少年に手を差し伸べた。
「さぁ、レン。地獄の果てまで付き合ってもらうわ」
それは美しくどこか背徳的で抗えない誘惑のようだと、レンは感じた。利用するだけ──そう考えながらも、どうしてか絆される気がしてならなかった。
「お嬢様〜!」
屋敷のメイドに満足するまでレンを磨きあげるよう伝えると、反対方向からルイユが走ってきた。
「ルイユ。屋敷内ではもっと大人しくなさい。ここは、王都なのだから。向こうとは違うのよ」
「はい、すみません……。まぁ、ひとまずお叱りは後にして、お連れしてきた方々にお会いしましょう!」
「あなた本当に肝が据わってるわ……」
主人に対してよく「ひとまず」など言えるものだと、シエルサは呆れる。
「俺はそろそろ戻るぞ。また、明日」
「ええ」
ルゼルを置いて、先導するルイユに従いながらシエルサはひとつ疑問に思った。
(どうしてルイユは驚かなかったのかしら)
ルゼルの整った容姿に普通の女性であれば驚くのではないだろうか。そんな疑問は扉をくぐると同時に心の奥へと仕舞われた。
これにてひとまず、番外を終わりとします〜! 明日からは2章です! 学院編です!! また、ルゼルの名前がノベルに変わります! 詳しくは本編で!!!




