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そして敗北令嬢は過去へ飛ぶ

「さて、この先に竜神の住処があるわけか」


 シエルサは男装をして、ある森の前に立っていた。その森は王以外立ち入り禁止と言われている。シエルサには詳しいことは分からないが、この森はかなり前から王選定の義に使われていて、王の血族以外が入ることが出来ないらしい。

 それが本当なのかは分からないけどこの時、自分に王の血が一滴でも流れていて良かったと思う。この森の中に竜神が眠っているのだから。


 そもそもどうしてシエルサはその竜神に会いに来たのか。改めて思い返せば正気の沙汰じゃない。シエルサは月がよく見える空を見ながら、抱えた本を離さないよう抱きしめた。


 きっかけは、その本を見つけたことだった。禁書庫で書物をとろうとして倒れてしまった時、落ちてきた本のひとつがこの「建国神話」という題名の、変わった本だった。シエルサは女神サルヴェスタを信仰するこの国の根本を覆すようなその内容にのめり込んでしまったのだ。


 歪な形に歪んだシエルサの心は、支えを必要としていた。その支えとなったのが建国神話に登場する白銀の竜なのだ。満月の夜、身1つで白銀の竜の元へ向かえば、どんな願いも叶えて貰えるらしい。


「……いきますか」


 王以外が森に入ると何かしらの仕掛けが発動するのかと思ったが、どうやらそんなことはないらしい。森の中に入りしばらくしてもシエルサに何か影響があるわけでもなかった。

 月明かりの中、シエルサは手にした建国神話の本を見ながら1歩ずつその場所へと近づいていく。だんだんと道が荒れてきた。


「……王以外が入らないから、王家の庭と言っても荒れだらけか」


 王選定の義では、この森のどこかに存在する継承の証を手に入れたものが王になるらしい。今は王太子のみが森に入り、何かを持って帰ってくるとか。リカルドも剣を手にこの森をでてきた。

 それをシエルサはどう思いながら見てたのか。今となっては、覚えていない。


 何度か休憩を挟みながら2時間近く経った頃、ようやくシエルサは目的地である崖に到着した。足元の手のひらサイズの石ころを試しにゆっくり落としてみる。何かが当たったような音が、遥か下から微かに届いた。

 この崖の下の地下空間に、竜神の住処があるのだと建国神話に書かれている。それを信じてここまで来たはいいものの。


「これを飛び降りるのは……少し辛いものがあるな」


 シエルサは、飛び降りるより「飛び落ちる」だと、手に冷や汗をかいていた。底の見えない深い崖の、近くに寄ることを恐れる人は多いだろう。シエルサも、気付かぬうちに一歩後ろへ下がっていた。しかしそれでも進まなければならない。死んだ心で生きるのは、もうやめたから。ぐっと力を入れた、その時。


「何をする気だ!」


 崖を挟んだ向かい側から、咎める声が轟いた。さすが、名前だけでも王なのか。輝く金をなびかせて、剣の柄に手をかけた紫曈の人が現れた。その後ろには、王の血を持つ6人の騎士がいる。近衛兵だ。実力は足りないが、忠誠と血筋によって選ばれた飾りの騎士だ。

 王家の血筋でなければこの森に入れないため、他には誰も連れてきていないのだろう。シエルサが相手だと見くびったとも思えるが。


「リカルド……」

「様を付けろ」


 リカルドは苦虫を潰したように顔をしかめて、シエルサに吐き捨てる。


「やはりお前など妻にするのではなかった。名目上とはいえ、虫唾が走る」


 この言葉に、抑えていた感情のくすぶりが燃えるように熱くなる。家のため他家に嫁いで後継ぎを育てることは必要だ。それが望まぬ相手でも。女とは血を継ぐために生かされているものだから。

 だからこそ、想うのだ。


「どうして、貴方はルエンナを妃になさったのです?」


 つい口を出た言葉だった。甘くささやかずとも、恋を感じなくとも、信頼してもらえていると思っていたのに。

 リカルドはシエルサの言葉に目を見張り、目を伏せて答えた。


「ルエンナは弱い。とても、他の男に見せられないほど」

「それだけ、ですか?」

「ルエンナはな、俺を、未熟な俺を頼ってくれるのだよ。……お前は1度でも、王太子でない俺を見たか? 俺を頼ろうとしたことはあるか? ないだろうっ! 俺のことなんて王妃の席のついでと思っていたのだろう!」


 いつか嫁ぐその日に、相応しくあれと言われて、人に頼らない強さを覚えた。弱みを見せてはならないと、誰とも親しくなれなかった。

 求められているものが今更違うと言われても、どうしようもない。


 形のいい薄紅のくちびるをふるわせながら、シエルサは1言、口を開く。


「馬鹿みたい」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前作から、序盤をシンプルにまとめて改稿されましたね。変わった点も含めて楽しみに読ませていただきます!
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