敗北令嬢と彼の儚い時間(3)
約束の日はすぐにやってきた。従者服で食堂に向かえば、レオンはすぐに見つかる。山盛りのパンとスープと肉とを抱えている大男は、1人くらいしかいない。
食事を持ってレオンの前へ向かう。食べるのに夢中で気づいていないようだ。
「レオン。待たせた……わけではないよな」
「おおシエルか! いやいや待ってねぇよ! ちょうど二膳目を食べ始めたところだ!」
「それが二膳分ということなら分かるが……。本当どれだけ食べるんだお前は」
レオンはにぃっと笑う。やけに得意そうなその顔に、シエルはパンをちぎる手を止めた。
「分かってねぇ。分かってねぇなぁレオン」
「何がだよ」
「健全な肉体は健全な食事から!」
「あと睡眠も、だろ」
「知ってんじゃねぇか」
「軍務に行った時に聞いたんだよ。軍務大臣からな」
軍務大臣の格言として、軍務大臣室に飾られていたのをよく覚えている。
「そういえば妹にはどんな魔法の適性があるのかは分かるか?」
「ん、あー。俺が見たのは薪に火をつけるとこだな。だから火属性だと、思う」
火属性は水属性の次に優れているとされる属性だ。平民で火属性魔法を発現するのは、相当珍しい。
「ひとまず全体的に教えてやってくれや! 俺はその間に畑の世話してっからよ」
「レオンは参加しないのか」
「俺は剣1本でいくって決めてっから!」
決まりきったように言うレオンは、きっといつも空き時間に1人で鍛錬しているのだろう。それこそ睡眠を削って。だからこそシエルはレオンにも教えたい。
「レオン。ひとまず参加しろ。僕の言ったことがすぐに分かるはずだから」
どこかとがったように言うシエルに、たじたじになるレオン。無駄なあがきのように見える抵抗も、底冷えするようなシエルの目線ですぐに大人しくなった。
「それじゃあ、行こうか」
レオンは1度シエルが怒鳴ったところを見たことがある。しかし……今日ほどシエルが恐ろしいと思ったことはない。
「ここが俺ん家だ」
ドヤ顔をしながら自宅を紹介するレオン。それは王都の端の方、南門の近くだった。裏手には小さな畑もあるらしい。
(……これが、人の住む家なのか?)
ぼろぼろになった壁。穴の空いた屋根。割れた窓。庭は雑草が生えている。正直シエルサは開いた口が塞がらない。
そんなシエルに気づかないまま、レオンは両手をぶんぶん振りながら家に向かって声をかけた。正確には、その裏の畑に。
「ロセ、アン、トル、セオ、レン!! 帰ってきたぞ!」
足音をたてながら5人のこどもたちが走ってきた。男の子が3人、女の子は2人だ。
「兄ちゃん! 兄ちゃんおかえり!」
「教えてくれるって本当!?」
「俺も見たい魔法!」
「もう寒さに震えなくてもいい!?」
「俺も使えるようになるかな?」
四方からレオンに抱きつく子供たちの勢いに驚き、シエルは後ろへ下がる。子供に会うことも初めてだ。
「おうとも! 兄ちゃんが知り合いを連れてきたぞ!」
ぽかんとしている頭にレオンの声が届く。その言葉で子供たちはぐるりと顔をシエルに向けた。
そして同じようにシエルを囲むと大合唱を始めた。
「兄ちゃんのともだち!?」
「水魔法教えて!」
「髪なげぇ〜〜!!」
「私火がいい!」
「俺も俺も!」
キラキラとした眼差しにシエルは思わず両手をあげる。それを遊んでくれると勘違いしたのかその両手にぶら下がり始めた。
「うっわぁ……! ぶらさがるなよ!?」
「力持ちだ〜!!」
「ずるい! 私も!」
完全に遊ばれている。
「ちょっ、レオン! 笑ってるなよ!?」
「いや面白くてつい」
「ついじゃないっ!?」
きゃーきゃー騒ぎながら、子供たちを連れてレオンとシエルは畑へと向かった。畑と家の間のちょっとした空間に7人で座り込む。
「もうこれだけで疲れたんだが……」
ずんっと座り込んだシエルの上に弟の1人が乗る。抵抗する気力もなく、シエルはそのままにすることにした。しかし。
「じゃあ、紹介するよ。1番背がでかいのがセオ。力仕事が得意だ。その次にでかいのがレン。交渉が得意だ。1番ちいせぇのがトルで細工が得意だ。次に……」
「まてまてまてまて」
なにかおかしなことでも? いや全然? と男3人組がアイコンタクトをする。
「人に説明するのに身長は無いだろ……」
「そうか?」
「「そうよ!」」
ぼけっとしたレオンに返事をしたのはシエルではなく、2人の姉妹だった。
「シエルさんって言いました? 聞いてくださいよ! この人いつも私たちのこと髪の長さで判断するんですよ!」
「前に髪が長いとどっちがどっちか分からないからって切らされたの!」
どうやら姉妹を見分けることも苦手なようだ。ぷんすこ怒っているところを見ると相当屈辱だったんだろうな、と思う。シエルサは髪を切れと言われたら切るけども。
「長いのがロセで短いのがアンだ。覚えやすいだろ」
「さすがに女の子にそれはどうなんだよ……」
呆れ顔を隠せない。きゅぅっと口を閉めて短い髪のアンが涙をこらえ始めた。
「じゃんけんで負けたからって兄ちゃんに髪を切られたんだよ……。可愛くないのに我慢したんだもん」
「レオン、君が悪いよ」
「いやだって髪だぞ……」
「髪は女の命って言葉、知らない?」
笑顔のシエルを見て、レオンは固まる。シエルのめったに見ない笑顔はとにかく怖いのだ。レオンから目線を外し、隣にいたアンにシエルは声をかける。その手にはいつの間にか木の棒があった。
「アンって言うんだよね? ちょっと髪を弄ってもいいかな」
「ん……、いいよ」
「痛かったら言ってね」
シエルは木の棒に髪を巻き付けてあっという間に髪を止めてしまった。かんざしと言われる東方の島国の文化の1つだ。
「はい、もういいよ」
「アンかわいい! 素敵だよアン!」
一瞬の鮮やかな手つきに、ロセは感激したようだ。アンはと言えば後ろで起こった出来事に気づくことなく、ぽかんとしている。
「え、もう終わったの?」
「うん。終わったよ。……ほら男性陣は何か言わないと」
部外者のように除け者になっていた男たちは、一瞬で変わった妹の姿に驚いていた。最初にトリップしていた意識が戻ったのはセオだった。
「アン、かわいい。びっくりした」
その言葉を皮切りに口々にアンを褒める兄弟たち。そういうところはレオンに似ているな、とシエルは羨ましく見ていた。
「すげー! そっちの兄ちゃん今の何!? 魔法!?」
「いや全然。東方の髪留めの文化だよ」
シエルを見る弟妹たちの視線がさらにキラキラしたような気がする。なぜか、レオンも。
「そうだ。まだシエルの紹介してねぇや」
「ああ、魔法を教えに来たんだっけ」
急に現実に戻って来るところも家系なのだろう。分かりやすいほどにそっくりだ。
「こいつはシエル。魔法がすごい」
「見たことも無いくせによく言うな」
「シエル! シエル兄ちゃん!」
再びきゃーきゃー騒ぎ出す男たちを、ロセが抑えようとする構図が始まった。
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