敗北令嬢と彼の儚い時間(2)
「シエル!」
食堂でシエルに対して声をかけてくる相手はおばちゃんたちを除くと一人しか居ない。声の方を向く前に、その男はバシンッと背中を叩いた。
「うぐっ」
「相変わらずちっちぇな!」
君が大きいだけだ、という言葉を口に出せぬまま、シエルはレオンを見上げる。
「レオン、こんな時間に珍しい」
「それはお前もだろ! 見かけたから一緒に食べようと思ってさ~」
シエルと同じく21歳で軍務に所属している魔法騎士。レオンという名前の貴族は多くいるので、果たしてどこの家の者なのかシエルは知らない。けれどその茶色に近い金髪からして男爵家や城伯家あたりなのではと思っている。まだ若い年齢で軍務副大臣補佐として活動していることからもそう判断していた。
レオンとの最初の出会いの場は軍務の活動場所だった。一人の人間同士として会話をしたのは、やはりと言っていいのかその後の食堂なのだけれど。
「そういえばレオン。この後僕が軍務を訪問する話は聞いている?」
「いや、知らんぞ? 来るのか?」
「6月後の話をするためにね。もし軍務大臣が知らないようだったら連絡しておいてほしい。財務とは違って軍務大臣は騎士団長と魔法師長に伝えなくてはならないから」
「任せとけ! 必ず伝えといてやるよ!」
シエルは並を。レオンは大盛りの食事を頼み席へとついた。
「お前少なくねぇか?」
「レオンの食事量がおかしい。このあと追加でまた食べるつもりだろう」
「俺は平民だから食える時に食っとかねぇとな」
シエルはきょとんとして、レオンに尋ねる。
「……平民なのか?」
「そうだよ。弟妹が多くてなぁ」
「驚いた。どこかの下位貴族かと」
「まさか」
口に食べ物を運ぶレオンの手は忙しない。ものの数分で食べ終わり、口を拭くと「そうだ」と声をかけた。
「今度家に来てくれよ」
「家に?」
「そー。俺平民だから魔法使えないんだけどさ、妹がちょっと素質あるみたいで」
シエルは執務に追われ、割いている暇などない。シエルサとしてもシエルとしても城下に出たことなどない。
「いいよ。明後日の昼後だけでいいなら」
それでもシエルが承諾したのは、レオンだけがシエルサの人生を彩ったから。
「まじ!?」
「ただその日しか休みが取れないけど」
「お前良い奴だな〜! 普通お貴族様はそんなことしねぇよ」
「貴族じゃないからね。シエルサ妃のそばに居るには、必要だっただけ」
平然と嘘を述べて心が痛みながらも、この日々は捨てられないと思う。シエルはスープと共に感情を飲み込んで仕事があるからと慌てて逃げだした。
「さて、スケジュールの調整をしないとな」
文官用食堂に向かう途中、不意に気になる匂いがシエルの鼻をついた。つん、とした柑橘系の香水だ。
「男性なのに……あの香りとは」
シエルは少々その香りに不快になりながら、誰がつけていたのだっけと考える。仕事を終わらせて執務室でシエルサとして書類に向かう。そこであの香りを愛用していたのは誰かようやく思い出す。
「そうか。……あれはルエンナ妃の香りか」
それをたいして気にも留めぬまま、書類仕事へシエルサは没頭し始めた。
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