敗北令嬢と彼の儚い時間
というわけで正史編です。説明回ですがご容赦ください……。
既に3年の月日がたち、現在正妃となったシエルサと王となったリカルド、そして寵妃となったルエンナはともに21歳となっていた。
王位を継ぎ国主となったのなら、執務は滞りなく行うのが常である。それなのにリカルドはルエンナとともに自室から出てこない日が多い。出てきたとしても、夜会や茶会を開いて国内の貴族と友好を深めるのがほとんど。
その結果、王がやるべき執務の9割をシエルサがこなしていた。残り一割は夜会や茶会の最終決定などだ。
さらにシエルサはサリュメイン公爵としての仕事も行っていた。三年前の件で父ソレイユは公爵位を追われて辺境へ隠居。代わりに公爵となったシエルサの弟が、全ての仕事をシエルサへと流しているのだ。
その作業量は通常の3倍に膨れ上がっていた。シエルサは食事も睡眠も後回しにして三年間仕事に精を出している。それは明らかなオーバーワークで、誰から見ても異常だ。しかしそれを止める側近と言える人は、シエルサにはいなかった。
シエルサの執務を簡単に言い表すなら「軍政、財政、外政、内政」の4つの取り締まりである。軍務大臣、財務大臣、外務大臣、内務大臣からの報告はすべて宰相へ上がり、そこから国王へと必要な報告が上がる。現在宰相となっているのがシエルサの弟、そして国王のかわりを務めているのがシエルサだった。
「……」
シエルサは無言を貫きながら紙に向き合う。この状況をはたして何時間続けているだろうか。魔術を巧みに操り、終わった書類を床に積み上げて、新たな書類を風で持ち上げる。立つ時間すらも惜しい。
そんなとき、財務のトップを務める財務大臣がシエルサの執務室を訪れた。荒々しいノックでシエルサの返答を待たずに室内へ踏み入る。
「マナーがなっていないのでは?」
「シエルサ妃、これ以上はもう保てません」
書類の山の合間を通り、財務大臣を拝命する男はシエルサが陣取る机の前にやってきた。一枚の紙を机に叩きつけて、低い声は不満を口にする。
それにはここ数ヶ月の支出と収入の数字が書かれていた。国王夫妻がいないことで、ルエンナによる支出の歯止めが効かなくなっている。彼らは旅行に出かけており、向こう1年は帰ってこないのだ。
そのせいかシエルサの書類もほとんどが嘆願書だ。
「これ以上保てないと言われてもどうしようもないわ。回せる領収書はすべてチェルシー男爵家に回して極力私の予算は減らしているの。1年分の予算で3年間回してきた私にこれ以上正妃予算を減らせと?」
「正妃予算を減らせと言っているのではありません! あの御二方にどうかお声がけをして頂きたいのです」
「それこそ無駄よ。私が行こうが話なんて聞きやしない。財務大臣であるあなたが向かった方がまだ話を聞いてくれるわ」
リカルドもルエンナも宝石やドレスを買い漁り、財政が圧迫されていることを知らない。いや、知ろうとしない。一度のお茶会でどれほどの金が動くかも知らずに、彼らは遊び呆けてばかりいる。
いっそ一生寝室に籠っていろと思うのだが、国王夫妻が顔を出さないとなると違う意味で問題だ。
「それに。ルエンナ妃に声をかければまず間違いなく税金を増やせと言われるわ。今まで税金を増やさなくても回っていたのだからあの支出さえ止められればなんとかなる」
「でしたらやはり……!」
「これを」
財務大臣との討論に、シエルサはある紙を持ち出した。風によって運ばれてきたその紙はルエンナの──王家の所持品だ。
「好きなものを売りなさい。リストを作ったら持ってきて」
ここ三年間でルエンナが買い漁ったドレスや宝石の数は底知れない。しかしそれはあくまで王家の所持品であり、王の許可なく売ることなど御法度。それをも売らなければこの国は成り立たないのだった。
「それと今チェルシー男爵家がどうなっているか知っていて?」
「いえ、それが何か……」
「ルエンナ妃の金の使いすぎで借金まみれよ。ルエンナ妃に嘆願書を出したらしいけどもみ消させたわ」
「ルエンナ様は……」
シエルサは正妃になってからすぐルエンナとチェルシー男爵家の繋がりを絶たせていた。それをするまでもなく、ルエンナは男爵と連絡を取ろうともしなかった。
「どうせルエンナ妃は親のことなんか屁とも思ってないわよ」
「では、代わりの者に領地を与えますか」
「チェルシー男爵家の親戚におさめさせましょう」
「分かりました。では内務大臣に伝えておきます。それと6月後の国王誕生パーティーについて何か決まったことはありますか?」
リカルドの誕生祭は城下も巻き込んだ盛大なものになる予定だ。もちろん外国の重要人物もやってくる。
それだけに、半年も前から必死で案を考えているのだ。そろそろその話し合いを始めなければならない。
「それについては先程各務に使いを出したはずだけど、捕まえた兵士がサボっているのかそれとも行き違いになったかね。昼過ぎにシエルに行かせます」
「では昼食の後お待ちしております」
財務大臣は一礼して部屋を出た。その途端、隠していた動揺が露呈する。一片の隙すら許さない無慈悲な空間から出たことで安堵を感じたのだ。財務大臣は震える声をこぼした。
「なんと……恐ろしい方だ」
そんなシエルサの執務室では財務大臣がいなくなったあと、小さな鐘の音が鳴った。食事の合図だ。
「今日の食事はいったい何かしら……」
シエルサにはメイドや従者がいない。それはひとえにお金が無いからだ。そのため食事も湯浴みも着替えもすべて一人で行っている。
シエルサは重要書類を鍵をかけて仕舞い、隣の続き部屋へ向かう。用意していた従者の服を着て髪を一つにまとめ直すと、その格好で食堂へと向かった。シエルサはこうして正妃直属の従者「シエル」という平民に扮していつも食事を取っているのだった。
サルヴェスタ王国は鐘の音で時間を管理する。朝、昼、夜の3つの区分けをさらに8つに分ける。たとえば食事の時間は昼3の鐘から昼5の鐘まで、などという風に。
「……やけに人が多いな」
食堂に近づくほど人は増えていく。騎士用の食堂に来ているはずが、今日は文官の数がやけに多い。何か不備でもあったのだろうか。
「失礼、少々よろしいか」
ひとまず聞いてみるのが早いだろうと食堂のおばちゃんに声をかける。
「おや、シエルさんじゃあないの! なんだいどうかしたのかい?」
「今日はやけに文官が多いようだけれど、向こうの食堂で何かあったのでしょうか」
「ああ、なんだか文官の1人が料理人たちを怒らせたらしくてねぇ……。ボイコットしたらしいんだよ」
ボイコットさせたという文官は恐らく馬鹿なのだろう。各食堂に「料理人は酷く馬鹿にした態度を取る客がいた場合、食事を提供する義務はない」と明記されているのに。
「早めに料理人に機嫌を直してもらうしかないな。食事のあとで文官用食堂に顔を出してみよう」
文官用だなんだといっても、文官でなければ立ち入り禁止ということはない。それぞれの職場に近いだけである。ちなみに文官用食堂は財務に近い。仕事のついでにおまけの仕事をこなそう、とシエルは軽く考えていた。
「それじゃあ、そろそろ列に並んでくる」
そうしておばちゃんの傍を離れて食事待ちの列に並ぶと、1人の男がシエルに話しかけてきた。
こんな生活続けてたから男言葉になってたわけですよ。一応一章で必要になりそうな知識も入ってます。少しでも分かりやすくなってればいいな……。
それと誤字編集を少しずつ進めていきます。大まかなところは変わってないはず……なので、安心してください!
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