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敗北令嬢は自由を手にする(10)

※ダーク注意

「もう忘れたのか。名前を呼べば俺はお前の傍に跳べることを」


 絶体絶命というその時に現れたのは竜神ルゼル。彼は呆れた顔でシエルサを見ていた。形のいい眉が中心に寄っている。


「なに、よ……その顔」


 それを見てシエルサはすこし、少しだけ頬を染めて……次の瞬間には「はぁ!?」と叫んだ。


 呆れてはいたものの優しく話しかけたルゼルはどこへ行ったのか。その顔は既に形容しがたい……そう、どことなく「ありえない」といったような顔へ変わっていた。


「別に」

「ちょ、っとそれはどういうことよっ!?」


 あまりにも素っ気ないルゼルに炎でちりぢりになった髪をばたつかせながら、シエルサはルゼルへとつかみかかった。ルゼルは顔を見せないようにシエルサの肩に首を埋める。


「……お前が俺の名を呼べばまだよかった」


 そのままぽつり、と呟いた。今にも叩こうと右手を挙げたシエルサもそっと手を下ろす。


「ルゼル……?」

「どうやら、俺はお前に一目惚れしたらしい」


 なんでもないことのように、ルゼルはそう口にした。シエルサはと言えば顔を赤くして不自然な態勢で固まっている。


「………………え?」

「初めて会った時から惹かれていたらしい。ほかの者に頼らず一人で立つ姿に焦がれて、なぜ頼らないのかと理不尽な嫉妬もした」


 ぎゅうと抱きかかえてルゼルはなおも続ける。


「俺には恋だの愛だのはよく分からん。ようやくお前が欲しいのだと気づいたくらいだ。だがな、シエルサのその目が、俺を見ないことが気に食わないんだ」

「……気に食わない」

「そうだ。初めからずっと気に食わないんだ。お前が俺ではない別のものを見ているのが」


 ルゼルは顔を埋めたままシエルサに思いの丈を述べる。顔を上げて真剣な顔を見せた。心臓の鼓動が高くなる。周りが燃え盛る中で、月明かりを浴びながらルゼルは再び口を開いた。


「復讐がしたいと言ったな。ならば手伝おう。気が済むまで付き合ってやる。だがその代わりに、俺にその全てをよこせ」

「っ、それは」


 頬が染まる。蒼玉の瞳に射抜かれてシエルサは言葉を紡ごうとした。しかし、何も口にできない。シエルサはここまで言われればどんなことを求められているのか理解出来る。恋愛対象として見られていることが、わかってしまう。


 悩み下を向いたそのとき、ガンッと音が鳴る。驚いて音の方を向くと、そこに立っていたのはぼろぼろになったジョジアだった。


「シエルサァ……!!」

「話はあとだな」


 怒りで我を失っているジョジアからは赤黒い煙が立ち上っていた。許容量を越えた魔力だ。目からは正気が失われている。


「なに、あれ……」


 人と呼べるのか分からないその姿に、シエルサは息を飲んだ。ルゼルは淡々と答えを口にする。


「失敗作。成れの果てというやつだ。膨大な魔力に耐えきれず内側から破裂しかけている。他者から力を吸い取った影響だな」

「ヴァァァァォオオオオ!!!」


 獣のような咆哮とともに黒い炎を纏った石が飛んでくる。土属性第一魔法石弾(ストーンバレット)、多弾。

 ルゼルはシエルサを抱いたまま大きく飛び上がった。ルゼルの居た場所を通り抜けて壁へ当たる。


「なるほど、四方全てが射出台か」


 ルゼルによって作られた壁へ石弾(ストーンバレット)が吸い込まれたのだ。作られた壁からも射出出来るというのは想像に容易い。

 ルゼルは地面に下りる。そして手を掲げた。


「敵ではないな」


 空が強く輝いたかと思うと、それはジョジアに向かって降ってきた。天の怒りと称される高威力電気エネルギー砲……つまり雷だ。それを皮切りに、晴れていたはずの空からは大粒の雨が降る。開いた天井の穴からも絶え間なく落ちてきた。


「ヴ、ヴヴ……!」


 言葉すら発せられないジョジアは、それでも尚シエルサを求めている。求めて──さ迷っている。


「なかなか強い。奪った魔力の質か」

「どうするつもりなの。彼は強い。ただ闇雲に攻撃するだけじゃ──


 シエルサの心配をよそに、ルゼルは不敵に笑った。信仰心を女神に取られ神としての格が落ち、シエルサの時間遡行に大幅に力を使ったと言ってもルゼルは神の末席に座るものだ。故に。


「この俺が負ける? そんなわけはない。いくら力が衰えているからと言ってそこまで弱くなった覚えはないぞ」


 シエルサはルゼルとともに、近づいてくるジョジアを見た。その足取りは覚束なく、目も見えていないようだ。そして突然、ジョジアは血を吐いた。


「……っ、わざとだったのね」


 それを見てシエルサは気づいた。崩れ落ちるジョジアの体は破壊と再生が繰り返されている。腕の小さな傷が弾けて再生し、足がちぎれてはくっつこうとする。


「言っただろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と」


 これが一番効率が良かったのだろう。わざと大きな雷……高エネルギー体を当てて、吸収させる。あの程度の消費はルゼルにとっては大したことではないはずだから。


「シ、ェルサァ……」


 少しずつ再生しなくなってきた。もう、消えてしまうというのに未だにジョジアはシエルサに手を伸ばしている。


「しぁ……せ、にぃ……ったい、だぇ……」


 その言葉にシエルサは息を飲む。「幸せになりたいだけ」だと、そう言った。


「……ジョジア、あなたは私を助けようとしてくれたのね」

「ぉ、れ……は、ぃあ……ゎ、」

「それでも、私は彼を死なせたことを……彼の弟を傷つけたことを許せない。許すつもりもない」


 苦しい、悔しい。そんな感情をシエルサも抱いていた。絶対に許さないし……許せない。シエルサとジョジアが違うのはその感情が諦めに変わったか変わっていないかだ。


「これはあなたに対する復讐なんだから。……その虚しさを抱えて、消えてちょうだい」


 聞こえていないかもしれないけれど、シエルサはそう口にする。きっとジョジアとシエルサは似ていたのだろう。貴族にいいように扱われるところが。それを見て、ジョジアは助けようと必死に動いてくれたのだろう。最後の最後でシエルサはそう思えた。

 だけどシエルサはそれを受け入れるわけにはいかない。事実の裏に何があろうと、シエルサが復讐すると決めたのだから。

 そしてその体は時間をかけて死体へと変わっていった。


 いつの間にか、風に押されて雲が消えていた。少し明るくなってきたところを見ると、どうやら朝が近い。


「……復讐を、したかったんだ」

「ああ」


 シエルサは震えていた。自分のことだけで精一杯で、怒りだけで走っていた。相手の行動が善意で行われていたなんて思いもせず決めつけたせいで、その心には揺らぎがあった。


「でも、二人は私を助けようとしていた」

「ああ」

「これじゃあ、復讐にならない……」

「やめればいい」


 ソレイユへの復讐も、ジョジアへの復讐も。どちらも成功とは言い難い。ジョジアに至っては最悪の形で死なせてしまった。やめればいい、麻薬のようなその言葉に耳を傾けたくなる。


「…………それは、できない。この二人は序の口だから」


 拳をぎゅっと握って強くシエルサは口にする。復讐すると決めてここへ来たその時から、シエルサは何も諦めたくはなかった。どれだけ辛い思いをしようと成し遂げると決めたのだ。こんな風に悲しむことになるのは誤算だったけれども。


「私は、運命に逆らうと決めたから。他人を虐げてでも自分の未来を……自分で決める」

「そうか」


 涙がひとつ、こぼれ落ちる。

 それを拭ってルゼルの腕からシエルサは降りようとした。しかしそれをルゼルが拒んだ。ルゼルの瞳を見て、シエルサは困惑する。


「……あの二人を、助けないと」

「その前に返事を聞かせてくれ」

「へん、じ?」


 向き合ったまま、数秒。シエルサの顔が急に赤く染め上がる。言葉にならない声を口から漏らしながら、シエルサは自分の髪を掴んだ。


「……忘れてたのか」


 両手を使い、髪で顔を隠しながらシエルサは俯く。

 ルゼルはその場へ腰を動かした。ぺしん。不満を表すその音に、思わずシエルサは頭を下げる。


「ご、めん……」


 盛大な告白をしたというのに、忘れていた。そのことにシエルサは酷く動揺する。


(どうしよう……なにも考えてなかった)


 頭の中は既にパンク寸前。それはもちろん忘れていた羞恥が戻ってきたこともあるが、シエルサの中に「なんとなく嫌ではない」という気持ちがあることも理由のひとつ。


「わたしは、恋愛感情が分かりません。今、こうして焦ってはいますが……それは多分、今まで誰も異性として意識したことがないからだと思います」


 たどたどしいものの、必死で言葉を組み合わせる。ルゼルはそれをただ待っている。正面から気持ちを伝えようと、シエルサは無意識に敬語になっていた。

 シエルサの頭の中はまだ荒ぶっているが、それは意味のある言葉としてルゼルへと伝わっていた。


「ルゼルの言葉は、ありがたいし光栄に思います。だけど恋愛感情を持てるかは分からないです」

「それは遠回しな断りの言葉か?」

「いいえ。……分からないなりに、あなたのことを理解したいと、そう思ったんです」


 シエルサはそこで顔をあげた。恥じらいながらも心に決めた言葉を抱えて、体を動かす。

 その唇が、ルゼルの頬へ触れるのに時間はいらなかった。


「私はあのときに、決して逃げずに私の全てを捧げると口にしました。その誓いを違えるつもりはありません」


 震える手を胸元で握りながら目を合わせて紡いだ言葉を、ルゼルは受け止める。目を開きながらシエルサの最後の言葉を聞いた。


「……今は、それでは足りませんか?」


 腕の中の少女が、今自分を見ている。そして自分とのこれからを考えようとしている。それだけで心は安らぐ。

 そんな幸せな時間が続くようにと、ルゼルは顔を落とした。子供のようにその肩へ頭を当てて、首筋へそっとキスをする。


「今は、それでいい」


 そこにいることを確かめ合うように、二人はただ抱きしめあっていた。

これにて序章完結です。このあと7話分のおまけと序章と一章の間の話を二話くらい出来たらいいなぁと思ってます。そしてら一章です! 学院編スタートです〜〜!!


タイトル回収も出来たのでは? って気がしてます。諸々の伏線回収はおまけでって感じかな〜。


面白かった、続きが気になる、パパンについてもっと! とか言う人は是非ブックマーク、評価、レビュー、感想をください!!


感想ほしい!!!

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― 新着の感想 ―
[一言] ソレイユは娘を助けようとしたというより…自らがのし上がる為の駒を助けようとした、という感じですかねー。 民のために尽くし約束を守るという貴族としての志は立派なんですけど、それは必ず娘を王妃に…
[良い点] ルゼル、遂にシエルサに告白しましたか(ニヤリ)。 恋愛初心者同士、これからどうなるか見ものですね(アオハルかよっ)。 イチャコラもいいけど、『復讐』も忘れないように。まぁ、ルゼルがシエルサ…
2020/01/29 21:22 桂木 瑠奈
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