敗北令嬢は自由を手にする(9)
※ダーク注意
「はははははっ!!」
狂ったようにジョジアは笑う。彼が魔力を集めれば集めるほど、檻の中からは苦しくもがく声が響いた。血を吐き倒れる子供。檻にしがみつく子供。様々な状態な彼らを使い潰してジョジアは魔力を高めている。
「さぁ、続けようじゃないか! この力で俺は俺を、そして君を救う!!」
その言葉に一番に反応したのはソレイユだった。
「これは話が違うだろう! 騙したのかっ!」
「騙したぁ……? それはお前たちの方だろう!!」
言葉遣いが完全に代わり、目を血走らせてジョジアは叫んだ。
「俺はお前たち貴族に騙されたんだ! 今まで必死に泥水を啜っていた! まともに食べられるのは腐ったパンだけで、生きるために体を売っていた! それなのにお前が! 貴族として絶対的な地位にいるお前が騙したなどと口にするのかっ!!」
「そうだッ!」
ジョジアの本質をむき出しにした言葉に、ソレイユは躊躇うことなく答える。腰の剣を引き抜き地面へ叩きつける。破片が飛び散り、円状のヒビができた。
「私たちは貴族だ! 王から領地を授かり領民を守る。その中でほかの貴族とも騙しあいをする! お前が落ちたのはその騙しあいに負けたからだ! 人のせいになどするなっ!」
それはソレイユの貴族としての矜持だった。王が人でないなら、自らは人として民に尽くそうというただ一つのソレイユの決め事。それを……後継としての自覚を得た時から忘れたことは無い。
もう二度と誰もひもじさに涙することがないように。それを実現するためにソレイユは生きてきた。そしてこれからも、それを掲げて生きていく。
「だからこそ、シエルサにこの契約を結ばせているのだ! 娘を妻を、家族を捨てて! 私は約束を守る──っ!」
ソレイユは貴族であり、その娘であるシエルサもまた貴族。貴族の前に娘があるのではなく、娘の前に貴族がある。ソレイユは剣を抜かずに射抜くようにジョジアを見ていた。
その勢いに気圧されて、ジョジアは足を下げた。そしてシエルサへと体を向けた。父の心の軸を初めて知って呆然としていたシエルサへと。
「なぁ……君は違うよな、シエルサ」
こつん、こつんと近づいてくる。その顔は俯いていてよく分からない。悲鳴が止まない中で、ジョジアは右手を挙げた。
地面から石の壁が生えてくる。
「シエルサッ!」
気づいた時には、ソレイユの姿は見えなくなっていた。そして目の前にジョジアがいる。
「魔法師様……?」
か細い声で問いかけるものの、その裏でシエルサは焦っていた。
(はなしが違う! 父の言葉もそうだけど……ジョジアの力はこんなに強くなかったのに!)
頭の中で危険だと音が鳴る。手を伸ばせば触れられるところでジョジアは立ち止まった。
「ねえ、シエルサ。俺は、君を手に入れたいんだよ」
「手に入れる……ですか?」
禍々しい黒い魔力を纏った右手がシエルサの手を掴んだ。それに呼応してあちらこちらが黒く燃えていく。
「っ、これは……!?」
逃げなければ。ようやく体がその指令に追いついたときには、燃えていないところなど見えなかった。
思わず素が出たところでぐいとジョジアに引き寄せられる。ジョジアの胸に顔が埋まり腰を強く締められる。
(きもちわるい……っ!)
抵抗しようと動いてもジョジアの力にシエルサは歯が立たない。息すらもしたくなくて口を閉じる。
「大丈夫。死にはしないよ」
耳元でジョジアは呟く。その言葉にシエルサは口を噤んだまま少しだけほっとした。
「俺たちはね」
「……え?」
驚いて思わず顔をあげれば、確かに炎は一定の距離で留まっていた。だけど、それならこの外は? 理解するまでもない。操っているのはジョジアなのだ。
「うそ……嘘でしょう!?」
切り揃えられた爪でシエルサはジョジアの首を強く引っ掻いた。
「いっ!?」
腕の拘束が緩んだ拍子に、シエルサは強くジョジアを突き飛ばした。そして震えながらも立ち上がった。
「ふざけないでっ!」
人が死ぬ。死んでしまう。そのことでシエルサの顔からは血の気が引いていた。
子供たちが、父が、そして何より──。
「あなたの、弟子は……?」
フードを被ったあの子供。あの子供を死なせるわけにはいかないのだ。あの子供が死んだらなんのためにこんな無茶をしているのか分からない。震える声で尋ねたシエルサに、心底不思議そうにジョジアは告げた。
「君がいるならあの子供にもう価値はない」
ぞっとした。ジョジアは心の底からそう思っているのだ。それを理解した瞬間、シエルサは炎の中へ駆け出した。
「消えろ! 消えろっ!!」
叫びながら目の前へ土壁に勢いよく魔力をぶつけた。しかし何人分の力を手に入れたのか、ジョジアの作った壁は少し壊れても直ぐに治ってしまう。
「どうしてっ!」
「なにをしてるんだ! 君は俺と来るんだ!」
肩を掴まれてシエルサは体勢を崩した。何も纏わない素肌が割れるように痛い。熱が伝ってきているのだ。それでもシエルサは魔力を練る事をやめない。
「いや! 助けなきゃ!!」
生きるのは苦しい。だけどそれ以上に死んでしまうことが怖いと、シエルサはあの時知った。怒りに隠れた恐怖を知った。だから二度と。
「失うわけにはいかないの!」
「いい加減にしろ!」
「いたっ……!」
ジョジアは掴む手に力を入れてシエルサの注意を自分に向ける。そして怒りに顔を歪めながらシエルサを抱えあげた。
「はなして!」
「うるさいうるさいうるさい! 俺と共に来ればいいんだ!」
「いや!!」
自分の筋力では太刀打ちできず魔力を使ってもビクともしない。このままどうなるのか分からない恐怖がシエルサを襲う。
「……けて」
逃げられない。その感情に思わず言葉が口から飛び出る。
「たすけて……!」
「今更命乞い? 誰も助けになんて来ないさ! なんせ俺が燃やしたからな!」
ジョジアの言葉に応じたかのように、天井が崩れ始めた。
「……っ、だれか」
たすけて。
それが言葉になる前に、その人は雷のように天から落ちてきた。煙が辺りを惑わせる。
「なんっ──!?」
叫ぶジョジアを吹き飛ばしたのは鋼鉄の尾。瞬間宙に浮いたシエルサを抱えた両の手は温かく、光沢のある二つの角が星々の輝きによって光っている。さらりと流れるその髪と同じ白銀のまつ毛が持ち上がれば、現れたのは透き通るような蒼玉だ。
「そういう時は俺の名前を呼べ」
空気を震わすテノールは、今までシエルサの心を乱してきた。
シエルサに向けてそんな呆れたような顔をするのはただ一人。白銀と蒼玉の色彩を持つ、本当の建国神。
現れたのは、竜神ルゼルだった。
安心してください。次で終わります。……たぶん。ごめんほんとわからん。